16

リックさん、シェーンさん、グレンさん、Tドッグさんが懐中電灯を持ってバタバタと走っていった。皆もそれを見て、自室に戻るために出ていった。こうなったのには理由がある。

壁に掛けられていた時計が1秒ずつ減っていっていたのをデールさんが尋ねたのだ。どうやらそれは何かの制限時間を意味していて。この制限時間が切れたら、施設ごと何かがされるらしい。
"Decontamination"って?そう尋ねようとした時、ダリルさんが酒を取りに行くといって出ていった。まぁ聞ける人は他にもいるからいいのだけど。それなら入り口近くにいたジャッキーさんに話しかけよう。

「ジャッキーさん」
「アオ、ズボンが必要なのよね」
「あ、はい」

こっちに来なさいというかのように、手招きをする彼女の側に寄り、一緒に廊下を歩いて部屋に入った。
ジャッキーさんは荷物の中から何着かズボンを取り出した。これは入るかしら?なんていいながら。

「ありがとうございます」
「いいのよ。...私にも、貴女みたいな娘がいたらって思うわ」
「...え?」

ジャッキーさんは、私の手をにぎりしめて唐突にそう言った。私の手の中にはジャッキーさんから貰ったズボンがあったけれど、なんだか今、きちんと彼女の手を握り返さないといけないと思った。だからとりあえず、ぎゅっと握って、自分の英語力で言えるだけの英語を口にした。

「ジャッキーさんは、私の第二の母です」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。こんなに賢い娘ができて」

ジャッキーさんは私の手から手を離して、頭をそっと撫でた。"Decontamination"ってどういう事ですか。そう聞ける雰囲気ではないことは確かだった。
その時、不意に部屋の電気が消えた。停電だろうか。先にジーンズを履いて、ジャッキーさんとともに廊下に出れば、同じように不思議に思った皆も部屋から顔をだして廊下を覗いていた。

「一体どういうことだ」
「優先順位がいる」

廊下の電気も消えた。白衣を着たジェンナーさんが廊下の奥から歩いてやってきて、その後に続くように皆が歩き出す。途中、ダリルさんに「忘れんな」と言いながらリュックを渡された。それを背中に背負って、私も一緒に廊下を歩きだす。

「おい、自動停止ってなんだよ!!」

ダリルさんの叫び声が前の方から聞こえる。着いた場所はさっきと同じゾーン5。リックさん達がどこからか戻ってきたのか、息切れをしていた。

「フランスと同じだ」
「何?」
「フランスの研究者はここのみんなが自殺を図る中、最後まで粘って、答えを出そうとした」
「フランスで何が...?」
「今と同じことさ。電力が断たれ、燃料が切れた」

ジェンナーさんはそう言うと、リックさんが大声を上げた。

「みんな、荷物をまとめろ。脱出するぞ、早く!!」

その瞬間、部屋中にサイレンが鳴り響き、赤い光に包まれた。けたたましい音だ。思わず耳を塞ぎ、廊下に出ようとすれば、扉が閉められてしまって外に出れなくなった。

「...閉じたのか...?閉じられた!!」

慌てて振り返れば、ジェンナーさんがどうやら意図的に閉じたようだ。ダリルさんが、彼に襲いかかる。それを男の人達で止めにかかっていった。

「今すぐドアを開けろ」
「無理だ。非常口も封鎖してる」
「さっさと開けろ」
「無理だ。入り口のドアは二度と開かない。最善策だ」

大人たちの言い合いは、流石に怖いものがある。キャロルさんにだきしめられてるソフィアちゃんと、ローリさんに抱きしめられてるカール君を見てとりあえず安心。

「一体...28分後に何が起こるんだ」

リックさんが、そう聞いた。ジェンナーさんは答えようとせずに空虚を見つめるだけ。その態度にしびれを切らしたリックさんが大声を上げた。

「答えろ!!」
「ここをどこだと思ってる!!」

リックさんの叫び声に合わせるように、ジェンナーさんも叫び声を上げた。ここをどこだと思ってる。人々からずっと守ってきたのだ、と。感染も、飢えも、何もかも、人々を。ずっと。

その通りすぎてだからか、切れた人を見て逆に冷静になったからかはわからないけれど、辺りは一気に静かになる。
白衣を正して、椅子に座りなおしたジェンナーさんが静かに口を開いた。

「非常事態に電源が切れた場合は、HITを展開してあらゆる有機媒体を除去する」
「HITとは?」
「...バイ、説明を」
「HITとは、熱圧力を放つ燃料気化爆弾です。ーーー有機体とシス大きなだめーじを与えます」
「つまり...?」

両手を覆いながら絶望してる人を、家族同士で抱きしめ合う人。何かが起きることはわかったけれど、よくわからなかった私の一言を聞いて、ジェンナーさんが顔をあげて教えてくれた。

「大爆発が、起きる」
















結局助かる手はずだったのにここで死ぬ運命になるとは。痛みも悲しみも後悔もすべてここで消えるのだから一緒だろうとジェンナーさんは言っていたけれど、はたして本当にそうなのか。

床に座り込んで呆然としている人たちの隣で同じように座り込んで頭を動かす。男の人達は力づくで出ようとしているのか、扉に向かってものを投げたりどこから持ってきたのか斧で叩きつけたりしていた。

「...殺してやる」

なかなか開かない扉にイラつきが最大限い達したのか、ダリルさんが斧を振り回しながらジェンナーさんに突進した。それを止めるためにまたTドッグさんがダリルさんの肩に腕を回した、

「望み通りじゃないか?愛する人が、死ぬのも時間の問題だと言ったろ?」
「...希望は捨ててはいない!!」
「希望なんてものはない」
「絶対にある。あんた以外のどこかの誰かが...!!」
「すべて消え去るのよ」

リックさんは、多分すごい正義感を持ってる人だ。いつだって自分は生きていけると思っているんだろう。そのある意味で前向きな態度は光でもあるけれど、今この場合は皆にどう見えてるんだろう。
アンドレアさんが悲痛な声で表情でそう言う。それを右から左にききながしながら、隣で立ち上がったジャッキーさんを見上げた。彼女はうっすらと涙を目にためて、どこかを睨みつけるように見ていた。

「愛する人を胸に抱いて、その時を待つんだ」

死ぬまでの時間をただ待ち続ける今のこの時間は、ただただ虚しいだけな気がするのは私のだけだろうか。ジャッキーさんが何を考えているのからわからなくて、私も一緒になって立ち上がり話しかけようとした時、シェーンさんが銃を持ってジェンナーさんにその先を向けた。

シェーンさんから銃をを手放させるために、リックさんとシェーンさんの取っ組み合いが起きる。もうこんなよくわからない状態で、皆の精神状態だって正気じゃない。

「...嘘をつくな。望みがないなんて、嘘だ」

リックさんが、ジェンナーさんにそう言った。望みががなくても、仲間が逃げたあとも研究を続けたのは?なぜ、きびしい道を選んだのか?リックさんが、そう尋ねる。

「望んだわけじゃない。約束したからだ。...彼女に...俺の、妻に」

"My wiffe"

映像が映っていた画面を指差しながら、ジェンナーさんが言う。奥さんに、研究を続けてくれと言われたからだ、と。

「俺と違って妻の死は世界の損失だ。妻がここのリーダーだった。彼女はこの分野のアインシュタインのようなもので、俺は、ジェンナーというただの男だ。彼女なら何かができた。だけど、俺ではない」

なんだろう、少しだけわかってしまうものがある。私はジェンナーさんや彼の奥さんにのように頭のいい大学にでてせかで活躍できるような研究者になれるわけでもないしなりたいわけでもないけれど。それでもやはり、研究ちうものに携わってる身なら、わかってしまうのだ。

「君の奥さんは、違う選択をとった。でも、俺たちにはまだ選択肢がある。生き残れるチャンスがあるんだ」

リックさんの言葉が聞こえるその通りだ。まだ生きてるのに。自ら死にに行く選択なんて、取りたくない。

隣に立つジャッキーさんの手をぎゅっと握る。私がまだ若いからか。それとも親と子のように年が離れてるからなのか。ジャッキーさんはいつも、私を気にかけてくれた。次は、私が彼女を引っ張っていかないと。

「ジャッキーさん、生きましょう」

文法合ってるかどうかなんて知ったことか。このまま死んで行くなんて、やっぱりダメだ。ジャッキーさんは聞こえたのか、ゆっくりと伏せていた顔をあげて、私を見た。

「...正面玄関の鍵は開かない」

ジェンナーさんはリックさんにそう言うと、ゆっくりと歩いて、カードキーを機械に触れさせた。ギュイーンと鳴って開いた扉に、ずっと斧を叩きつけていたダリルさんが「行くぞ!!」と皆に声をかける。荷物を持って、橋っていうグレンさんの後をおうように、Tドッグさんも走って行った。

「ジャッキーさん、行きましょう!!逃げないと!!」
「いいの」

彼女の手を握った。結構強い力で握ったのに、ジャッキーさんは私の手を突き放した。

「...なんで...」

涙を流してるのに、笑みを浮かべて私を見るジャッキーさん。

「ここに残るわ」
「ダメです!!」

だめだ。そんなのダメだ。ジャッキーさんの細い腰に腕を回して、無理やり扉の所に近づく。「早く来い!!」だれかの叫び声が聞こえた。

「やっと、正気になったの...!!感染したくない...!!」

残り4分。

彼女越しに見える赤く光る時計が、タイムリミットがすぐそこまで来ていることかを示していた。

「...アオ」

Tドッグさんの太い腕が私の腰に回った。無理やりそこから動かそうと、彼の強い力が伝わる。

「...やだ...!!やだ!!」

なんで私は英語が話せないんだ...!!こんな子供のようなことしか言えないなんて。もっと、言いたいことがあるのに。

「私と、生きて、ください!!お願いします!!」

まだまだ、一緒にいたい。こんな数日だけ一緒にいて。それでもその数日が、とても濃い数日で。お互いに怖いから一緒にいただけなのかもしれないけど、それでも、お母さんのように優しいぬくもりに包まれながら寝た3日間は、私の心をとても落ち着かせてくれた。まだ、お礼も言えてない。ありがとうって。

どこの馬の骨とも知れない私を、同じテントに入れて、一緒に隣で寝てくれて。

夜ご飯も一緒に作って。揚げ物の作り方を教えてくれて。

「アオ、貴女は大丈夫。きっと先生を見つけて、日本に帰れるわ」

ゆっくりと、私にもわかりやすいようにそう言ってくれるジャッキーさんに、私は何もいうことができなかった。

「...行きなさい」

Tドッグさんに担がれたかのように足が宙に浮かんだ。伸ばした手は、ジャッキーさんに触れられずに中を切り、歪んだ視界の中のジャッキーさんも、涙を流して手を伸ばしていた。














鍵で閉めらたままの正面玄関に着き、どうやってここを抜け出るか斧やいろんなもので窓を叩き割ろうとしてる男達を呆然と見る。どうしよう。どうしよう。頭の中はそれでいっぱいで、背中に背負ったリュックの紐を握りしめて、その場に立ち尽くした。

シェーンさんが銃を撃ち放つ。それでも扉は開けられそうになくて、一様に皆焦りだした。元々焦っているけれど。

何か爆発できるものがあればあの窓ガラスを破ることができるのではないだろうか。考えを巡らせているリックさんを眺めてた時、ふとあることを思い出した。

「リックさん!!」
「どうした、アオ!!」

手榴弾って英語でなんていうんですか!!そう心の中で叫びながら、手で小さい丸を作りながら教えて入れば、これに気づいてくれたのはリックさんではなくてキャロルさん。よく伝わったなと内心関心しながら、キャロルさんによって渡った手榴弾を見る。

「皆、下がれ!!」

リックさんは手榴弾のトリガーを引き抜いて、それを窓に投げつける。すぐにみみを塞ぎたくなるぐらいの大きい爆発音が響いて、その割れた窓から慌てて皆で走ってCDCを出た。

すぐそばにつけてある車まではしっていき、車のそばで私を見て手を伸ばしていたダリルさんの手に腕を精一杯伸ばして、車の中に無理やり引き込まれる。

その時、窓の方からよろよろと出てくるデールさんとアンドレアさんがいて。その二人の後にジャッキーさんが続いてくるかと思ったけれど、でもそんな事なくて。

「伏せろ!!」

すぐ耳元で響いたダリルさんの声が聞こえた瞬間、CDCが大きな炎に包まれた。

それを呆然と、ダリルさんの胸にだかれながら見届ける。崩れ落ちるCDCの建物の中に、ジャッキーさんが。ジェンナーさんが。

死ぬと分かっていたのに無理やりにでも引っ張ってこなかった私は、罪に問われることはないのだろうか。

ジャッキーさんを殺したのは、私であるも同然なのでは。

「...座れ。出るぞ」

建物が崩れ落ちる。時期に炎が広まってしまうだろう。そうなる前に、ここをでないといけない。ダリルさんに言われた通り、私は助手席に座りなおした。

動き出す前の車に合わせて、ダリルさんがアクセルを踏む。


炎はどこまでも高く燃え広がって、時期にその赤い灯も、見えなくなって行った。




ALICE+