CDCを出て数時間が経っただろうか。実はそんなに経っていないのかもしれないけれど。
最後に手を伸ばしたジャッキーさんの姿が忘れられない。あの場にいたら死ぬ事なんて分かっていたのに。まだ、生きていたのに。
「...おい」
窓際に肘をつきながら、流れていく風景を見つめる。鬱々としているわけでもないが、頭からどうしても離れることのない彼女の最後の姿がどうしても忘れられなくて。じっと外を睨んでいる私をお見兼ねてか、ダリルさんが不意に口を開いた。
彼は前を向いて運転をし続けながら、私の方を一切見ずに続ける。
「お前が気にしても仕方ない。生きたいのなら生きろ。死にたいのなら、死ね」
なんとも単純で、そして最低な言葉ではあるけれど、シンプルだ。
こんな事になる前だって、人生はそうやって単純に動いていたのだから。ゾンビがいなくたって。ウォーカーがいなくたって。
生きたいと思ったかのだから、私は生きていかないといけない。
「...貴女はとても、優しい」
「だまれビッチ」
だけどとても口が悪い。
さっきまでの力はどこにいったのか、気づけば軽くなった肩に私は思わず笑みを浮かべてダリルさんを見つめる。彼は変わらずにずっと前を向いたまま、ハンドルを握っていた。
窓際から肘を外して前を見る。現実逃避をしていたって何も始まらない。きちんと死んでいった人達の事を思って。エイミー、ジャッキーさん達の事を思って生きていかないと。私は生きたいと、願ったのだから。
その時、車が前から順番に止まった。また故障でもしたのかと思って入れば、リックさんがこっちに向かって歩いてくる。ダリルさんが窓を開けて、リックさんと会話をしていた。何を言ってるのかわからないが、リックさんが去っていった後、ダリルさんがこっちを見てこう言った。
「最小の車の数で行く。俺とお前はバイクだ」
あー...バイク。確かにダリルさんの車の荷台にはバイクが一台積まれていた。あれに乗るのか。絶対ヘルメットとかないしダリルさんヘルメット被らないでしょ。一抹の不安が頭をよぎって、思わず乾いた笑いを零した。
「...ヘルメット?ノーヘルメット?」
「ノーヘルメット」
まじかよ!!!!!その叫び声もガン無視するほどにバイクは勢いよく走り出す。何が楽しいんだか不明だが、思わず前に座るダリルさんの腰に抱きついて、バイクから落ちないようにしっかりとしがみついた。
風が髪の毛を吹き付ける。ダリルさんの背中に顔を押し付けて目を閉じる。バイクの後ろには車が二台くっついて走ってきていて、彼と二人乗りしているところを後ろの人達に見られていると思うと恥ずかしかったのだ。
「もう少し力を弱めろ」
「...怖い」
「顔を離せ」
「恥ずかしい」
「あ?あんだけセックスして何言ってんだお前」
誰かこの人に良い言葉遣いを教えてあげて。
ダリルさんのお腹付近にあった両手に力を込めて、お腹をドンっと叩きつける。ダリルさんは少し「...うっ」とうめき声をあげた。してやったり、だ。
とりあえず彼の背中にずっと顔をくっつけるわけにもいかないので、横にずらして息を吸う。ダリルさんの服からは案外変な匂い(偏見か)もしなかったし、香水とかのような匂いもしなかった。普通に普通の匂いだった。
その時、バイクの速さがゆっくりと遅くなっていった。徐々にスピードが落ちて徐行するように慎重に進んで行く。理由は簡単。沢山の車が道路に置き去りにされているからだ。まるで何かから逃げ出したかのように、車の持ち主達は車を置いたままにしてここから消えたらしい。
あ、中には残ったままの人もいる。ウォーカーにおそわれて逃げ遅れたのだろう。一人静かに目を閉じて、黙祷を捧げて置いた。
わずかに残ってる車の通りそうな道をダリルさんがゆっくり走りながら車を先導していく。
「...ほらないった通りだ」
その時、どうやら後ろの車がまた故障をしたようで止まった。デールさんの声が聞こえて、バイクをそこらへんに止めてダリルさんが立ちあがった。私もゆっくりとバイクから降りようとすれば、ダリルさんに腕を伸ばしてもらって、抱えられるようにバイクから降ろされる。
「お前は見てて危なっかしい」
なんて子供のように扱われて少しムカついたから彼のほっぺを小さくぱしんと叩いておいた。