18


全員が車から出てきた。ダリルさんにバイクから降ろしてもらって二人で歩く。ほぼほぼ車の中にいるのは死体で、放置されてると言っても過言ではない車の中身達。これもらってもいいんじゃね?と思っていたのは私だけではなかったらしい。

ダリルさんは皆に何も言おうとせずに勝手に車の中から物を拝借していた。私も服とか下着とかあったらラッキーかなと思って、拝借したい。けど、さすがは日本人なのか何なのか、ちょっとだけ申し訳ない気持ちがあったからダリルさんの隣にたちながら、ソワソワしていた。

「ものを集めよう」
「水も」
「食べ物もね」
「まるで墓場ね」

ダリルさんの行為を見て、皆もものを集めようと動き出した時。ローリさんの墓場発言に全員が一度止まった。確かに、車の墓場ともいえる。私たちは墓荒らし、か。罰当たりだな。

まぁ、それでも必要なものは必要だもんね。私たちのリーダーのような存在のリックさんが、ものを集めようと言ったために全員が動き出した。

「俺はガソリンを探す」
「はい」

ダリルさんが私の肩をポンと叩いて、歩き出した。私も服とか欲しいな。ジャッキーさんにもらったズボンだけしかないし、上の服なんてダリルさんのダボっとした服だけだ。心許なさすぎる。もうそろそろちゃんとした服が欲しい。

後、女子にとって大事なものがもう一つあった。

月に一度訪れるだろう、あれ。もうこんなストレスマッハ状態で定期的にくるとは到底思えないけど、わからない。今月はまだきてないし、もうそろそろきてもおかしくないのだ。後なんとなく本当に何となく何だけど、この前ダリルさんとセックスをしたせいで女性ホルモンが放出されている気がする。

理系の大学院生としてめちゃくちゃにふわふわした理由での予想だった。

「あの、キャロルさん…」
「アオ、どうかしたの?」
「生理用品、見ませんでしたか?」

サニタリーであってたっけ。生理用パンツってサニタリーショーツっていうもんな、あってるよな。
ほんと受験英語しかやってこなかったから毎秒ごとにドキドキする。生理なんて女性にとったら大事なことだし。ピルとか飲んでる人たちどうすんだろ、処方されないよね、もう。

「見てないわね…確かに必要なものだわ。一緒に探しましょう」

キャロルさんが優しい人で良かった。ソフィアちゃんが私の手を握って、一緒に歩いてくれる。あのテントで子供達と仲良くなれて良かったのかもしれない。お姉さんと思ってくれていたら嬉しいな。

「ソフィアちゃんは何欲しい?」
「服欲しいの。もうこの服ずっときてるし…」

そうだよねぇ〜〜〜。
洗濯してはいるけど、結局同じ服ばっかきてるし洗濯機で洗ってる訳じゃないから汚れは完璧になんて落ちないし。パンツとかほんと嫌だよね。決めた、服より下着を多めにもらおう。ブラはいらない、できればあったら嬉しいけどパンツが何よりも必要だ。ソフィアちゃんの手を引っ張って、車の中を確認していく。
モーガンさん達と一緒に過ごしていた時なんて家も荒らしてたしお手の物だ。

車の中を開けてものを漁る。下着とソフィアちゃんが着れそうな服、キャロルさんが着そうな服を拾い集めて、そこらへんにあった大きめの鞄に詰め込んでいった。結構集まったかなと思った時、後ろにいたキャロルさんとローリさんに名前を呼ばれた。

「アオ!ウォーカーよ!」

え?
後ろを振り向いた。私の目ではウォーカーは見えなかったけど皆が車の下に隠れていくから、多分ずいぶん後ろから来ているんだろう。私はソフィアちゃんを無理やり車の下に押し込んだ。

「アオ…!一緒にいて…!」

一緒にいてあげたいのは山々だった。でも流石に、その車の下に私も一緒に入るには狭すぎる。

「ごめんね、私、そこにいるから…!」

とっさに出てくる英語なんてこんなもの。単語だけを口にして、指を差した方に走って車の下に入る。やっぱり狭い。ソフィアちゃんは大丈夫だろうか。何とか声を発さずに口を押さえながら体を丸めてくれているけど、きっととても怖がっているはずだ。
今からでも遅くない。走って彼女を引っ張って下に潜り込もうかな。どうしようかと悩んでいたら、もうウォーカーはそこまで来ていた。

車の足元に訪れる影。ウォーカーの足。今出たら確実に襲われる。太腿につけていたナイフホルダーからナイフを取り出して、いつ襲われても大丈夫なように構えた。下を潜り込むなんていう動きはしないだろうけど、用心するに越したことはない。

もうあらかた消えただろうか。全員が黙った車の下に潜り込んで黙っていた。呼吸をするのも抑え気味にしていたため、ウォーカーの気配がある程度いなくなったと思ったと同時に、深く息を吸って、吐いた。

その時。

「きゃーー!!やだ!やだ!!!」

ソフィアちゃんの叫び声が聞こえた。まだ数体ウォーカーがいる。一体がソフィアちゃんのいる車の下に潜り込んで、彼女に襲いかかっていた。ソフィアちゃんが逃げるように車の下から出て、ガードレールも潜り抜けて森の中に走っていく。
それはダメだ。ウォーカーが追いかける。今あの子は何も武器がないのに。

私も慌てて車から這いずってガードレールを飛び越えた。その時、腕を後ろに引っ張られて、足が止まってしまった。リックさんだった。

「アオ、君はダメだ!ここにいろ!」
「でも…!」
「ソフィア…!!」

走り寄ってきたのは私とリックさんだけじゃない。他の皆もだ。特に彼女の母親であるキャロルさんは泣きそうな顔をして、足を震わせていた。ローリさんが彼女を抱きしめて行かせないように力を入れていた。

「キャロルのそばにいてくれ、女の中で一番君が冷静だ、いいか?」

早口すぎて何を言ったのかわからなかったけど、いいか?だけはわかったからとりあえず首を縦に振ってイエスと答えた。リックさんが崖を転がるようにくだってソフィアちゃんを追いかける。大丈夫、きっとリックさんなら大丈夫。この中でのリーダーみたいな人だし、正義感ある人だし、私のことも何度も助けてくれた人だから、きっと。

私は一度ガードレールを乗り越えて、倒れ込むように泣いてしまったキャロルさんに近寄った。ローリさんがキャロルさんの肩を何度もさすりながら私のことを見つめる。

「リックさんが行ってくれました」

小さい声でそう言う。まだウォーカーがいるかもしれないから声を大きくは出せれない。ローリさんは私に向かって、首を縦に振った後、キャロルさんを宥めるように声をかけた。

息を吐く。やっぱりあの時、一緒に入ってあげるべきだった。まだ子供なのに。一人にしちゃいけなかった。女の子だ。すぐそばに皆がいるってわかってても怖いのなんて当たり前なのに。

後悔をしている。こんな状況で、後悔をしない選択なんてあるわけないのに。それでもやっぱり、後悔をしてしまっていた。

一人、人の輪から外れてガードレールに腰をかけた。リックさんが帰ってくるのを待ちながら森の中を眺めていれば、肩を叩かれる。私と同じように、人の輪から外れたダリルさんの手だった。

「しょぼくれんな」

え?なんて言ったの?知らない単語が聞こえてしまって少しだけ眉をしかめて彼を見上げた。ため息をつきながら、ダリルさんが隣に座ってくる。

「真っ先に向かったのはお前だ。別に、責められたりはしない」

責められるんじゃないかと思っているわけではないけど。でも、彼なりの励ましだと思えば少しだけ心が楽になる。
ソフィアちゃんが戻ってきてくれるように祈るしかないけど、きっと大丈夫だろう。リックさんが行ってくれてるんだ。ダリルさんの隣に座りながら、私は空を見上げた。太陽が照りつけている。

お天道様、今回ばかりは貴方の存在を信じますよ、と。無神論者の日本人が宗教の国でそんなことを思っていた。

ALICE+