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リックさんが戻ってきた。ああ良かった、ソフィアちゃんは無事だろうか?ガードレールから立ち上がって彼の元に近寄れば、リックさんはただ一言「ソフィアは?」と聞いてきた。

その言葉に、ただ黙って首を横に振る。あぁ、そんな。それはダメだよリックさん、だったら私が行けば良かったんだ。だってまだ後ろ姿見えてたし、もう少し早く飛び出していれば、彼女の手を握れたかもしれない。

「ダリル、グレンとシェーンを呼んでくれ」

いつのまにが私の後ろに立っていたダリルさんに、リックさんがそう言った。四人で探しに行くんだったら私も行く。なんて言えばいいのかわからなくて、とりあえず彼の、血で汚れた服を握りしめて「私も」と言えば、リックさんはまた私の肩に手を置いて目を合わせるように背中を丸めた。

「ダメだ、アオ、君はここにいてくれ」
「でも…」

言い聞かせるようにゆっくりと。私が癇癪持ちなわけでもないのに、でもそれでもわざとゆっくりと話してくれるのは、私がまだ動揺してるからなんだろう。

目が揺れてる、視界がぼやける。こんな世界になって、涙なんて流す暇もなかったのに、なんで今になってこんなにも泣きたくなるのだろう。

ダリルさんがやってきた。彼の後ろにはグレンさんとシェーンさんがいる。私がリックさんの服を掴んでいるのを、怪訝そうに見ていた。

「ダリルさん、私もいく」
「…ここに居ろって言われたんだろ。なら居ろ」

そんなの嫌だ。はっきりと首を横に振って、NOと言えば、ダリルさんの手が伸びて、リックさんの服を掴んでる私の手を握った。強く握られる。指を無理やり解こうとしてて、私はそれを離したくないからさらに強く握った。

「ダリル、いい。アオ、わかってくれ」
「そうだよ、アオ。君がこのグループの中では一番まともに冷静でいれる女なんだから」

男尊女卑というかなんというか。まぁあんなゾンビ相手にまともに戦えるようになったのは、あの親子と一緒にいたおかげだから、彼女達の事を悪くいうつもりもないし、私はどこか部外者だと思ってるから冷静なのは認めるけど。

でも、だとしても今回のこれに関しては私に非があるだろうに。

テコでも動かない私をみかねて、シェーンさんが大きく息を吐きながら大股に近寄ってきた。

「聞き分けがない。女は黙って言うことを聞け、力もないくせにでしゃばるな」

何を言われたのかは全くわかってない。でもなんとなく言いたい事はわかった。単語を一つ一つ頭の中で分解して解読するに、私はこの人が嫌いだ。

「は?」

日本語で一言、そう返しながらシェーンさんを睨もうとすれば、リックさんが私の手首を引っ張り落ち着けとまた声をかける。一触即発とはまさにこの事。グレンさんとダリルさんが、仲良く同時にため息を吐いて、私を呆れた顔で見ていた。

「……ダリルさん」

私たち、セックスまでした仲でしょ?この雰囲気どうにかしてよ。ダリルさんが良いって言ってくれれば多分私行けるから、時間だってない、早く、お願い。

「ダメだ。お前はここに居ろ」

ダリルさんの足首を蹴って、坂を登ってガードレールを飛び越えてやった。







とりあえず物を集めよう。何かをやっていないと気が散る。キャロルさんは親だから仕方ない。心配したって意味はないけどそれは血縁関係のないものが、心の中だけで言って良い事だから。

ローリさんやアンドレアさんに声をかけて、とにかく物を集めましょうと拙い英語で伝えれば、二人はすぐに頷いて動いてくれた。せっせと動いてくれる二人は嬉しい。きっとこうなる前ではバリバリのキャリアウーマンだったんだろう。

確かアンドレアさんは弁護士だったはず。道理で少しだけ、気難しいわけだ。

「カール君、ローリさんと動く?」
「うん、そうするよ」
「そっか」

小さい子は無条件に守らないといけない。ソフィアちゃんが無事ですように、ただそれだけを考えて無意識にカール君に声をかけた自分に嫌気がさした。

ローリさんに連れてかれたカール君の背中を見送って、私も物を集めようと足を動かした。服が欲しい。生理用品も欲しい。あとは、ボロボロになったリュックの代わりも。

はーぁとため息をついて、自分の身体を鼓舞した。元気出せ、私。研究に勤しんでいた院生時代なんてもっと大変だっただろ。毎日徹夜だってした、なんなら今回の学会に参加するためにどれだけの睡眠時間を削ったと思ってる。これぐらい、なんて事ない。

胸に走る痛みも無視して、自分の責任とかそう言うのもよくわかってないくせに、大丈夫だと晴々してる空を見ながら根拠もなくそう思った。





エマージェンシー アラートシステム
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直訳すると緊急警報?どこかでそんな言葉が聞こえて、頭を上げた。グレンさんとシェーンさんだけが戻ってきて、とにかく物を集めようと急かしたのはつい先ほど。そんなこと言う前に私がもう皆に言ってるわ、と心の中でイラッとしながらシェーンさんに中指を立てたのも、つい先程。

グレンさんが私の名前を呼んで、あっちだと連れて行ってくれた。もう暑くてしんどい、少しだけふらついてる足を奮い立たせて、私も皆が集まってる場所へ近寄った。

シェーンさんがエンジンをかけた車のラジオから聴こえているようだった。

英語で何言ってるかわからない。しまいにはラジオだから少し声がつぶれていて、聞き取りにくい。だけどHelpという言葉だけは聞こえた。

Help is on the way.

助けが来てる?そういうことか。グレンさんと目を合わせて、一緒に肩を同時に上げた。うるさいと言いながらラジオを切ったシェーンさんも、同じように肩を上げる。あんまり意味のないラジオ。もう一度大人達は顔を合わせて、さて、再開しましょうと各々が散っていく。

「ねぇアオ」
「ん?」

グレンさんと歩き始めた時、彼が私の肩に手を置いて名前を呼んだ。

「ダリルと仲が良いの?」

それはどういう意味なんだろう。have funとかめっちゃ隠語っぽいじゃん。スラングか?
首を傾げながら、言ってる意味がよくわからないと伝えればグレンさんは慌てながら首を縦に振って、オーケーと連呼してどこかへ行った。



物を集めてどれぐらいが経っただろう。陽は沈んで、あたりは少し暗くなってきた。
キャロルさんの隣に立って、大丈夫、大丈夫と何度も伝えながら彼女の手を繋いでいれば、森の奥からリックさんたちが歩いてるのが見えた。戻ってきたんだ。


「リックさん達戻って来た!」


声を大きく上げて、皆に知らせる。疲れた表情を浮かべながらこっちに歩いてきてる二人がガードレールまでやってきた。

「いなかったの…?」

泣きそうな声をあげて動揺するキャロルさんの肩に手を回す。リックさんは彼女に言い聞かせるように、目を合わせて足跡が途絶えたと伝えた。

「夜明けに探す」
「森に一晩中一人で居させろっていうの?」
「暗闇の中探せば、俺たちが迷っちまう」

確かに。ダリルさんのいう通りだ。ミイラ取りがミイラになっちゃいけない。

「まだ、12歳よ?何も見つからないの?」
「辛いだろうけど、落ち着いてくれ」

キャロルさんの頬に涙が伝った。泣いてしまった。気丈に親としての強さを見せて居たキャロルさんが、泣いてる。
困った。彼女の肩に回していた私の手も少しだけ動揺していて、ローリさんが私の代わりにキャロルさんを支えてくれた。

ちょっとだけ、自分にも伝播している。後ろにいたTドッグさんのところまで下がって、彼の隣で俯いた。

やっぱりあの時、一緒に車の下に潜っておけば良かった。私は本当に、馬鹿だなぁ。
Tドッグさんの腕が伸びて、トントンと背中を叩かれる。少しだけ痛いけど、慰めてくれてるその手に甘えて、何度か首を縦に振った。


「なぜ、娘を置き去りにしたの?」


キャロルさんの言葉が、この場を走った。
リックさんを責めてるようなその言葉は、私にも突き刺さる。リックさんは悪いことをしたわけじゃない。ウォーカーが二匹いたんだから、引きつけるしかないのもそうだし、なんならウォーカーを引きつけたリックさんの方が危なかった。

それでも、何かのせいにしないとやるせないその気持ちはわかるし、キャロルさんだって責めたくて責めてるわけじゃないのも、わかる。

やってらんない。

いつだか覚えたその言葉が頭の中に走った。リックさんが少し足早に歩いてどこかへと消えていく。その後ろ姿が少しだけ悲しく見えて、夕焼けというのも相まって苦しくなった。

「アオ、行くぞ」

同じようにこっちにきたダリルさんが、私の手を引っ張った。別に一緒に行動してるわけではないのに、何故か私の名前を呼んで歩く彼にTドッグさんが目を見開いて驚いた。

なんなら私も驚いてるけど、きっと彼も心のどこかでやるせない気持ちで一杯なんだろう。見つけてあげられなかった。途中までは追いかけられたのに。結局彼女を、見つけることができなかった。

「…やってらんないですね」

英語でその言葉を発する。ダリルさんの私の手を掴む力が強くなって、そして同じようにその言葉を呟いた。

「やってらんねぇ」

嫌になる、全てが。でも今の自分達には、動くことしか出来ないのだ。

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