アンドレアさんとデールさんが喧嘩してる。何を言ってるかはよく分からないけど、でもなんとなく、険悪なムードだ。ダリルさんの服を掴んで、どういう事?と翻訳を求めても、しーっと指を唇にやられて、理解は難しい。
こんな朝は最悪だ。日に日に朝が来なきゃいいのにと思うようになっていた。はぁ、と重くため息を吐いて、ぎゅっとダリルさんの服を掴む。
部外者同士、仲良くやってるのはいい事だけどぶっちゃけるなら傷の舐め合いだ。それでも一人でいるよりかはマシだから、気づけば私とダリルさんは隣に立つようになっていた。
なんとか二人の喧嘩が終わったらしい。アンドレアさんの癇癪持ちには少しだけ困りものだけど、まぁ束縛される気持ちも嫌なのはなんとなく分かるからなんとも言えない。
デールさんと怪我をしてるTドッグさん以外の皆で列を作って、森に向かった。
皆でソフィアちゃんを探しに行くことになったからだ。太ももにつけたナイフのホルダーに手をやって、後は車の中で見つけたハンマー的なやつも手に取って。遠距離に長けたものがあればそりゃ越したことはないけど、銃なんて持てない。
アンドレアさんのことも少しはわかるけど、やっぱりそこはお国柄の違いだろうな。銃を持ちたいなんて、やっぱり思わない。
「それ、汚れてるぞ」
「え?」
「汚い」
酷いな。汚いの一言で指を差されるのは本当に腹立つ。ダリルさんの後ろを歩きながら森を回っていたときにそんな事を言われた。ふと自分の服をみれば、研究所でもらったダリルさんの服が破れていることにきづいた。
いつの間に。下にズボンを履いてるからまぁいいけど、ざっくりと横の裾が縦に裂けていた。その際で脇腹とかが見えている。
「誘ってんのか」
「気でも狂ってます?」
are you crazy?初めてそんな言葉を言った。おっと、っと思わず自分の口を押さえてわざと肩を上げてやれば、ダリルさんが小さく笑って前を向いた。
あぁ、ダリルさんなりの気遣いか。ずっと肩を張っていたから。
私のせいだと思っていた。皆はリックさんを責めるけど、違う。一番悪いのは、きっと私なのに。それを誰も責めてくれないから、自分で自分を責めていた。
少しだけ気の抜けた肩を下ろして、ダリルさんの腰を小突く。ありがとう。小さく、日本語でそう呟いた。
結局、ソフィアちゃんは見つからなかった。道中テントも見つけたし、教会だって見つけたのに中にはウォーカーがいるだけ。
無神論者の私にしたら、今一番いらない存在の神様がそこにいる。なんというか、皮肉なものだなと思った。皆して中に入って祈り始めるし、教会の周りに座って、鐘の音でもしかしたらソフィアちゃんが来るかもしれないなんて希望を見出して。
いやいや、そんなわけないじゃん。
私ならそう思うのに、やっぱりキリストの国というのは、厄介だ。
「神を信じてないのか?」
グレンさんと二人で木の下で太陽の光から避けていた。暑いですね、早く移動したほうがいいよね、その通りですね。韓国も日本も変わらない、アジア系という共通のものだけで、私とグレンさんの気持ちは大体一緒だ。
「ダリル、君こそ信じるタマかよ」
「はっ」
私たちのところに来たのはダリルさんだった。私の隣にどかっと座って、木に背中を預ける。鼻で笑ってるって事は、彼もまた無神論者か。それは珍しい。
無神論者ってなんて言うんだろう。わかんないから適当に、信じてないの?なんて聞いたら、意外に通じてしまった。
「お前は」
「私もです」
「この状況で、どうやったら神を信じていいのか疑問だよね」
この中で唯一現実を見てるのは、私と、グレンさんと、ダリルさんの三人だけか。何かに縋りたい気持ちはわかるけど、せめてそれは偶像の神なんて存在じゃなくて、もっと現実のものにしたほうがいい。
「リックともう少しこの辺りを探す」
ローリさんとカール君、皆もやってきて、カール君の頭を撫でながら遊んでいた時、シェーンさんが近くに来た。
「分かれる?平気か?」
「あぁ、大丈夫だ」
リックさんも後ろからやってくる。そうか、ここで一旦分かれるのか。よいしょと言いながら立ち上がって、グレンさんと二人で武器を同時に背負った。
ソフィアちゃんは自分の友達だと言って、残ると言ったカール君を見て少しだけ感動していれば、そんな私の頭をこづいたダリルさんが先にいけと顎を動かす。
キャロルさんの手を引いて歩き出そうとすれば、リックさんがローリさんに銃を手渡した。これを使え。自分の妻だもん心配だよな。それを断ったローリさんに、次はダリルさんが銃を渡した。
それを見て不機嫌になってる人が一人。アンドレアさんだ。
そんなに銃が欲しいか?むしろこだわりすぎてる気がするから、銃から目を離せるように彼女の手も引っ張ってあげた。
帰り道を歩いた。女性陣の中で一番若いのは私だから、率先して前を歩いている時、キャロルさんが地面に座り込む。戻ったらそれで終わりなの?その言葉に、ダリルさんが続いた。
「人が消えてく一方だ」
ダリルさんの言葉に、アンドレアさんが頷いた。ナイフしかないしね、その言葉は棘があって、ローリさんを睨んでる。
「あなたは銃があるものね」
どんだけ銃が欲しいんだよ。少しだけ、ほんの少しだけイラッとする。だけどここで暴れるわけにもいかないしイライラするのもだめだから、日本人らしい穏便に済ませようとするストレスを溜め込む癖がここで発揮されて、木に寄りかかりながら誰にも聞こえないようにため息をついた。
「欲しいの?いいわよ、あげる」
ローリさんの瞳孔が開いてる。彼女もイライラしてるんだ。ダリルさんにさっきもらった銃を、アンドレアさんに手渡した。
「その顔、うんざりなの」
グレンさんが不味そうな顔をして私を見た。女の言い合いって、どの国でもネチネチしてるね。私も同じような顔をして、彼の顔を見つめ返した。
「ねぇキャロル、いい加減リックを責めるのはよして。あの人迷わずソフィアを追いかけた、あなたなら出来た?」
他に選択肢があるなら教えて。
ローリさんの早口の言葉に、何も言えない。理解するのに時間がかかるからだ。皆がリックさんを責めるから、彼の妻であるローリさんだってイライラする。
「アオは最初に追いかけた、貴女も自分を責める必要はない。リックが貴女を止めたのも、貴女を守る為なのよ」
ローリさんの鋭い視線が次に私に移った。名前を呼ばれた事以外あまり理解はできなかったけど、ダリルさんやキャロルさん、アンドレアさんまでもが首を何度か縦に振ったから、責められてるわけではない事だけが分かった。
「リックを頼ってるくせに責めるのはやめて。嫌ならここを出ればいい、誰も止めたりはしないわ」
ローリさんの言葉に、アンドレアさんが銃を返した。仲直り、とまではいかないにしても。少しだけアンドレアさんの怖い顔が、緩まった。
やっぱり女は強い。少しだけ、私も気が楽になった。
途中。銃の音が聞こえた。足を止めたローリさんの名前を呼べば、聞こえたわよねと声をかけられる。
こくりと首を縦に振って、同じように足を止めた。
「なんで一発だけ?」
「ウォーカーがいたんだろ」
「ふざけないで。リックは、一匹だけなら銃は使わないわ静かに殺すわよ。シェーンもね」
ついでとばかりに言ったシェーンさんの名前に、ちょっとだけ笑いそうになった。銃声が聞こえたとして、どうしようもない。とにかく歩いて道路に出ようと皆で歩き出した。
あと何メートルだろう。少しだけ疲れてきた足をチラリと見れば、ジーパンは所々破れて、汚れていた。昔からどこにぶつけたのかわからないぐらいアザを作る天才だったからな。どこか現実逃避をしながら、足を進めた。
その時だった。
アンドレアさんの叫び声が聞こえた。ウォーカーに襲われたのだろうか、太ももに入っているナイフを持って彼女のところに走り寄る。なんであの人だけ一人遠いところにいるんだよ、ぬかるんでる道じゃ走るのも大変だ。
「アンドレアさん!」
ウォーカーから逃げるように地面に横たわって後退りをしている彼女を見つけた。彼女の名前を呼んで、ナイフを振りかぶってウォーカーの頭に刺そうとした時、森の奥の方から馬の走る音が聞こえてきた。
馬…?そう思った時にはすでに、私の視界には馬に乗った女の人が、斧を振りかぶってウォーカーを殺していた。
「ローリ!ローリ・グリムズ!」
ローリさんの名前を呼んでいる。後ろからやってきたローリさんが手を挙げて、私よと答えれば、その女の人がローリさんを見下ろして、リックさんの名前を口にした。
「カールが撃たれたの!生きてるけど、早くきて!リックが貴女を待ってる!」
彼女の言葉に、呆然としながらもローリさんがリュックを下ろして私にそれを手渡した。
「おい知らない女だぞ!馬に乗るな!」
ダリルさんの言葉も無視して、ローリさんは馬に乗る。
「道路が塞がってるとか?道を引き返して、グリーン農場にいるわ!」
早口すぎてぜんっぜんわかんなかった。グレンさんが頷いたのを見届けて、その人はまた馬を走らせる。ローリさんを乗せて消えていったその後ろ姿を呆然と眺めた。
まるで嵐がさって行ったかのようなこの場。シーンとしながらも、とりあえずアンドレアさんを起こそうと手を伸ばしたら、アンドレアさんは私の手を掴まずに大丈夫と一言告げて立ち上がった。