優しい親子に拾われて何日が経っただろうか。最早日付とかあんまり関係ないぐらいにはなってるんだけど、それでも結構な日数は一緒に過ごしてるはずだ。
毎日、物資の調達のためにいろんな空き家に入っては缶詰やスナック菓子を盗んで、夜になればウォーカーに襲われない様に部屋を真っ暗にして。デュエイン君のお母さん、つまりはモーガンさんの奥さんが転化したウォーカーがたまに襲ってくるたびに、デュエイン君が泣き出しそうになるのを抱きしめながら静かに過ごした。
モーガンさんは戦い方も教えてくれた。台所にある包丁を手にして、私はウォーカーの脳を確実に刺す技術を覚えた。そんな技術必要ないし包丁は魚や肉や野菜を切るためにあるものです、と思ったけどね。本当はモーガンさんは、銃の使い方も教えてくれたのだけど、なんだかそれは違うと思って教わらなかった。
私はホルスターのような物を太ももに巻きつけて、常にそこにナイフを忍ばせる事を心がけるようにしていた。
「デュエイン君、おいで」
「アオ」
デュエイン君はまだまだ子供だ。小さい男の子。急にお母さんがゾンビになんかなっちゃえばストレスだって抱えるし、急に涙が止まらなくなる情緒不安定にもなるってもんだ。
彼は時々、体の震えが止まらなくなって泣き出しそうになる。大きい声をあげればウォーカーが迫ってくるから、いつも声をださないように我慢をするのだ。本当によくできた子だ。
そんな時、私は小さい声で彼を呼びつけて、胸に抱きしめながらモーガンさんの後ろを歩いて、ウォーカーを退治していた。
「もうそろそろ日暮れだ。家に戻ろう」
「はい。...デュエイン君、歩ける?」
「うん...」
胸の中で頷く彼をそっと地面に降ろして、私達はゆっくりと慎重に歩き出す。寝床としてる家へ向かう道を歩いて入れば、知らない家の近くにふらふらと歩いている人がいた。ウォーカーか?人間か?それはわからない。だけど病院服を着て居るその男性は、ゆっくりと腰を落ち着かせて地面に座った。
私の手を離してデュエイン君が走り出す。手にはスコップだ。慌てて追いかけようとすれば、彼の近くにウォーカーがいて。モーガンさんがそっちを片付けるからデュエインを任せたと私の肩に手を置いて走っていく。
太ももにある包丁を抜き取って手に握り締めて、デュエイン君の近くに行けば、彼は思いっきりスコップを振り上げてその男性の顔めがけて叩きつけた。
「...パパ!!アオ!!」
走り寄り、スコップを握ってるデュエイン君を後ろから抱きしめる。モーガンさんが、ウォーカーの頭めがけて銃を撃ち、慌ててこっちに近づいてきた。
「何か話してただろ?」
「カールって...!!」
「奴らは話さない!!おい、その包帯はなんだ?」
スコップで叩きつけられたのだ、鼻血をながして倒れてるその人に銃を向けて、モーガンさんが言う。デュエイン君を庇いながら、私も固唾をのんで見守れば、その男性は気絶したかの様にこくりと目をゆっくりと閉じた。
モーガンさんの背中に男の人をおぶらせて、私達の寝床にしてる家へと入れる。ゆっくりと二階に上がってベッドに降ろして、起きた時に暴れ出さない様にとベッドの柵に彼の手首をくくりつけた。
「アオ、傷を見てくれるか」
「はい」
水を組んでくると言ってモーガンさんが下に降りる。デュエイン君にバットを握らせて見張っててと話しかけ、私は男の人のシャツをはだけさせてガーゼを確認した。噛まれた様な傷ではないけど、私には何の傷かわからなかった。だけどまだ治っていないのか、ガーゼはうっすらと血が滲んでいて、このままだと膿んでしまうと思ったからガーゼをかえてあげた。
「この人、銀行強盗...?」
"Bank robber?"
デュエインくんのその単語はよくわからなかったけど、とりあえず首をかしげるだけにとどめておいた。
彼のガーゼをかえて、洗面器に水を入れて上がって来たモーガンさんの隣に立ち、布切れを一緒に濡らして男性の体を拭いていく。拭き終えてその布を二人で洗って入れば、デュエインくんが不意に私とモーガンさんのことを呼んだ。
振り返ると、ベッドに寝て居る男の人が目を冷ました様で。私はモーガンさんの服を引っ張り、彼が起きたことを教えた。
「汚れてたからガーゼを替えた。その子がな」
モーガンさんは、彼の近くに寄って話しかける。私の方をちらりと見たから、ガーゼのことを言ってるのだろうか?私は曖昧に笑いながら、モーガンさんの隣を離れてデュエイン君を後ろから抱きしめる。彼が安心できる人かどうかはまだ、わからなかったから。
「何の傷だ?」
「...撃たれた」
「銃で?他に何があった?」
「銃撃じゃ不満か?」
「質問されたら答えろ。それが礼儀だ。そうだろ?」
モーガンさんは厳しい声音でベッドに腰掛け、彼の顔を覗き込む。
「噛まれてはいないか?」
「噛まれた...?」
モーガンさんと同じ言葉を繰り返す男の人。
この人、もしかして何もわかってないんじゃないだろうかと勘ぐって入れば、モーガンさんは彼の額に手を伸ばして触れる。
「...熱はない」
私の顔を見て、頷きながらそう言った彼に私もうなずきかえす。
とりあえず下に降りて夕ご飯の準備をしようと、デュエイン君の肩に手を置いて、私とデュエイン君は下に降りた。
夕ご飯の準備をしていれば、男の人が上から降りてきた。毛布を体にまきつけて、ゆっくりと歩いて居るその人。夕方にモーガンさんは銃を撃ったからその音を聞きつけて沢山のウォーカーが来てるのだ。カーテンをめくろうとしてるその人に、静かにと制止の声をかけて、椅子に座らせるモーガンさん。私は彼の分のお皿にご飯を装って、デュエイン君の隣に腰を下ろした。
「あんたは人を撃った」
「人?」
やっぱり、この人は何もわかっていない。
私はモーガンさんを責める様に見てるその人に「あれはウォーカーです」と言った。何言ってんだこいつみたいな目でみてくるその人に、モーガンさんがとりあえず座れと再度促す。
ゆっくりと椅子に座り、一緒にご飯を食べる。モーガンさんが食べながら口を開き、何もわかっていないその人に、今の事態を丁寧に説明していた。
いつものゆっくりとしたものではなく、早い英語で話してるから何言ってるかはわからない。途中でデュエイン君も泣きそうな顔で口を開いたから、私は彼の頭をそっと撫でて、落ち着かせた。
夜になり、ウォーカーが大勢が来て居るからという理由で、今日は皆で一緒にリビングで寝ることにした。あ、ウォーカーと寝るんじゃなくて、モーガンさん、デュエイン君、その男の人とね。
いつも私は上のベッドで寝てるから、モーガンさんが上から二人分のマットを持ってきて敷いてくれた。私はデュエイン君の隣に寝転び、彼をうしろから抱きしめる。デュエイン君の手が私の手に重なって、きつく握った。
「君たちは...家族か?」
すごい不思議そうに見てくるその人に、モーガンさんは笑いながら首を横に振った。
「デュエインは俺の息子だが、アオは違う」
「モーガンさんは、私を助けてくれました」
「日本人の女の子だ。英語は不慣れだからゆっくりと話してあげてくれ」
モーガンさんがそういうと、男性はコクリと頷き、私の目に目を合わせた。
「ガーゼを替えてくれてありがとう」
「...?」
上半身を起こして、ありがとう部分だけ聞き取って首をかしげる。何にありがとう?と思って入れば、男性はもう一度、単語を区切りながら、自分のお腹にあるガーゼを指差して言った。
「どういたしまして」
そう笑顔で言えば、彼もやっと、落ち着いた笑顔を見せてくれた。