目がさめたら世界は終わっていた?そう言われて誰が納得するだろうか。だとしても、納得せざるを得ない状況に俺は今いるということだけがわかった。命の恩人でもあるモーガン親子と、日本人だというアオに、俺は救われた。
ウォーカーという死者が出歩く様になって1ヶ月。俺はどうやらずっと、 病院で寝ていたらしい。ラッキーだと言われても仕方ないほどに、昏睡状態に陥っていたことを心の底から感謝した。
日本人のアオという子は、俺と同じようにモーガン親子に救われたらしい。デュエインを抱きしめながら寝ているアオを見つめる。まるで子供のようなその寝顔に思わず笑顔を零せば、モーガン曰く彼女は23才だそうだ。アジア人は童顔に見えるとはよく聞くが、まさか成人しているとは思わなくて、驚いた。
「大学院生で、学会でアメリカに来ていたらしい。英語は不慣れだと言っていたが、ここ何週間か一緒に過ごしてわかった。彼女は英語を聞き取ることはできるようだ」
「優秀なんだな」
「彼女は謙遜するがね」
寝息をたてながらデュエインをきつく抱きしめているアオを、優しい表情で見つめるモーガン。デュエインの頭をそっと撫でながら、彼は続けた。
「デュエインの姉のような存在だ。デュエインも、とても彼女を慕ってる。良い子だよ」
「見てればわかる。...どうして、彼女を仲間に?」
二人を見ながらモーガンに聞けば、彼は少し眉を顰めて口を開いた。
「...数週間前に、ギャングに襲われそうになっていた所を助けたんだ。こんな事態になっても、心が腐ってる輩はいるらしい」
思わず目を見開く。ウォーカーが沢山いて、生きていくのでさえ手一杯(彼らを見ればわかる)だというのに。だが、ここまでの無法地帯にもなれば法律なんてあってないようなものだ。なんて怖い目にあったのかと、心底、彼女に同情した。
「幸い怪我もなかったし一人で異国の地にいるのは心細いだろうと思って、一緒に過ごすようになった。...彼女は、先生を探してる」
「先生?」
「あぁ、彼女と同伴してアメリカに来た彼女のボスらしい。自分の事で手一杯で、置いてけぼりにして逃げ出したことを後悔しているんだ」
モーガンは、デュエインの頭を撫でた手をアオの頭においた。優しく撫でるそれは、まるで我が子をなだめているようで。国は違えど、必死に生き抜いて来た者同士だ。もはや家族同然なのだろうと思えた。
次の日の朝、もう一度自分の家に戻ることにした。病み上がりな俺を心配して、三人も一緒について来てくれた。きっと、ローリとカールは生きてるはずなんだ。服も無くなってるし、家族写真のアルバムもない。
それを言えば、アトランタに大規模な避難場所があるということを教えてもらった。また、CDCがこの問題解決にあたっているということも。そうと聞けば、ローリ達を探すためにもアトランタへ向かうしかない。
三人を引き連れて、警察署の屯所へ向かう。きっと武器が沢山あるはずだ。命を助けてもらった三人のためにも、なにかできることを返したかった。
「...お湯が出る」
ひとまずシャワー室に入って、お湯がでるかを確かめれば、電力が残っていたようでお湯が出た。全員で顔を見合わせて笑顔が溢れる。ずっと、水で体や髪を洗っていたらしい三人には、これでもかというぐらいの笑顔が溢れてた。
「アオ、お湯だ!!一緒に入ろう!!」
「そうだね」
デュエインがそう言って、服を脱ぎ出す。それを笑顔で見つめながらアオも同じように服を脱ぎ出し、俺は思わず彼女に「ストップ!!」と声をかけた。
不思議そうな顔でこっちを見上げるアオとデュエインに、俺が変なのか?と思わずモーガンを見れば。彼も少しだけ困ったようなそんな様子の苦笑を浮かべていた。
「二人はいつも一緒にシャワーを浴びているんだ」
そう言ったモーガンにデュエインが力強く首を縦に振る。あわててアオも首を縦に振って、俺を見上げた。
いつもスーツ姿のアオは、既にワイシャツのボタンを大体開けていて、少しずれれば下着姿が見えそうになっている。モーガンはもう慣れているのか肩をすくませながら、これは仕方のない事だ、と言ったような顔をしていて。
俺は思わず顔を片手で覆った。
「アオすごいよ、お湯なんて久しぶりだ」
「うん、幸せだね〜...。デュエイン君、頭洗うから目閉じて」
「わかった!!」
できるだけ横を見ないように、ヒゲを剃りながらシャワーをあびる。会話だけ聞いていれば、確かにふたりは姉弟のようだ。今までもずっと、そうやって過ごしていたのだろう。デュエインの、心の底から信頼しているその声は、聞いていて微笑ましいものだった。
シャワーも浴び終えて、タオルでからだを拭く。そんな時でさえ、デュエイン優先に身体や頭を吹いている彼女の姿は、タオル一枚で。モーガンの心配そうな顔も納得のものだった。
屯所の奥にある武器庫に向かい、銃を鞄に詰め込む。誰かが持って行ったのだろう。いくらか少なくはなっていたが、弾倉も銃も申し分ないほどにはあった。それを山分けして、外に出る。デュエインと一緒に鞄を持ちながら車に向かうアオを見て、モーガンが俺の肩に手をおいた。
「...リック、アオを、連れて行ってあげてくれないか」
「アオを?」
「あぁ。彼女は一刻も早くアトランタに向かいたかったんだ。そんなあの子を、一緒にここに住まわせていたのは、彼女を一人アトランタに向かわせるわけにはいかないと思っていたからだ。だけど、保安官だった君がいるなら安心だ」
「俺は構わないが、彼女は...?」
モーガン達と切磋琢磨しあって過ごして来たのだ。英語が苦手だとしても、簡単なコミュニケーションもできるし、(デュエインへの接し方を見れば分かる事だが)助け合いの精神を持ってる彼女が側にいれば、俺も心強い。こんな意味のわからない世界になってしまった今、一人はきっと心細いだろう。
俺にとってはむしろありがたい話だったが、アオはどうなのだろう。あれほどまでにデュエインと仲が良くて、まるで本当の家族のような三人を、引き離してもいいのだろうか。
「アオ」
「はい...?」
車のトランクに鞄を置いて、デュエインを後ろから抱きしめながら周りに警戒をしているアオが振り返る。
「君も、リックとともにアトランタに向かうんだ」
「え...」
「俺たちはまだ数日はここにいる。アオは早くアトランタに向かいたかっただろう?元保安官だったリックもいる。きっと、大丈夫さ」
「でも...」
「俺達も後でアトランタへ向かう。その時に、合流しよう」
モーガンは、優しくアオに、ゆっくりと話しかけて抱きしめる。
決してアオが邪魔になったわけじゃない。アオのためにも、できる限り助けてあげたいと思ったのだろう。
アオもそれが分かっていて、泣きそうな顔をしていた。
ずっと家族同然で過ごしていたんだ。寂しい顔をしているのは、デュエインもだった。
モーガンの背中に腕を回して、力を込めて抱きしめるアオに「君は娘も同然だ。あとで、必ず会おう」と、アオにもわかりやすいように一言一言区切ってそう言った。
それが本当に出会えるのかはわからない。それでも、何かの約束でもしない限り、すがれるものはなかった。デュエインが泣きながらアオの腰元に抱きつく。アオはしゃがみ、デュエインをきつく、きつく抱きしめて、何度も頬や頭にキスを落としていた。
「モーガン、これを」
俺は、パトカーの中にあった無線機を取り出し、モーガンに渡す。お互いが無事であることをたしかめるためにも、これが本当に使えるのかは分からなくても、繋がっているものがあれば安心だ。モーガンはそれを受け取り、笑顔を見せると口を開いた。
「アオは少し、無防備な所がある。そこは気遣ってやってくれないか」
さっきのシャワー室での出来事を思えば納得だ。俺は苦笑を浮かべて首を縦に振りわかった、と言う。デュエインと手を繋いでこっちに近づいたアオは、俺の目に目をあわせて微笑んだ。
「きっと、奥さんたちはみつかる」
「あぁ。...デュエイン、お父さんを頼むぞ」
「イエッサー。アオをよろしくね」
「あぁ、君のお姉ちゃんは俺がきちんと守るさ」
涙を浮かべているデュエインを、同じように涙を浮かべて見つめているアオの肩に手を起き、一緒にパトカーに乗り込む。最後にクラクションを一つ鳴らして去っていったモーガン達に、サイレンを短く鳴らして、俺とアオはアトランタへと向かった。