05

「ハイウェイ85号でアトランタへ向かっている。誰か聞こえないか。応答してくれ」

モーガンさん達と別れて、私とリックさんはパトカーに乗り込みアトランタへと向かっていた。パトカーにある無線機に何度も声をかけるリックさんを横目に、私は外にウォーカーがいないか目配せしていた。

途中で車が止まる。何事かとリックさんに尋ねれば、ガソリン切れだそうだ。リックさんは、運転席から家族写真を取り出し、それを胸ポケットに入れて、鞄やその他諸々を手にして車を出ようと言った。私も自分の全財産かつ全所持品の入ったリュックを背負い、彼の後に続く。

「不運でしたね」
「こんな時に全くだ...誰かいないか!!」

途中で見つけた家に近寄り、リックさんがノックをして中を確認している。
多分誰もいないだろうなと思ったから、私は家の周りをゆっくりと歩いて何かないか確認した。モーガンさん達と過ごしていた時の私の役目が、これだったからだ。

「...リックさん!!」
「なんだ!?」

移動手段のなくなった私たちに残っている選択肢は徒歩、もしくは自転車だと思っていたけど、これもありなのでは?
私は、家の窓付近から立ち去るリックさんの背中に声をかけて指をさした。

「...馬か」
「乗れますか?」
「昔経験したことがある。俺が前に乗ろう、アオ、後ろへ」
「はい」

言ってることの半分はわからなかったけど、多分後ろに乗れってことだろう。私はリックさんから銃の入った鞄をもらい、自分のリュックの上にかぶせるようにそれを背負った。















途中、馬がゆっくりとした速度になったけど、無事にアトランタへと着きそうだった。周りは、人々が乗り捨てたのだろう廃車が道路を塞いでいて。

街の中、ゆっくりと馬に乗り走って入れば、空に飛んでいるヘリコプターを見つけた。

「リックさん、ヘリコプター」

指をさして彼に伝えれば、リックさんは勢いよく馬を蹴り上げて、走り出す。道路の角を曲がり。そのまま走り抜けようとすれば、道路にはいたるところにウォーカーがいた。

「...!!」

声にならない悲鳴を二人であげて、慌てて来た方向を帰ろうとすれば、大量のウォーカーがやって来て、私たちを馬から引き摺り下ろす。とにかく逃げるしかないため、私とリックさんは二人で這い蹲りながら道路に放置されていた戦車の下に潜った。

ウォーカーも同じように潜ってくる。リックさんが慌てふためきながら銃を連射するため、その音を聞きつけて周りにウォーカーが来てしまう恐れを抱いた私は、慌ててリックさんの腕を握る。

「リックさんだめ!!銃だめ!!上、上!!」

戦車の構造はよく知らないけど、見上げれば出口のようなものが見えた。それを押し上げて、リックさんを中に入れる。

もうだめだと彼は思ってるのだろう。銃を片手に壁によりかかり、どこか虚ろげだ。そりゃ目覚めて一日でこんな事態に陥ったら誰でもそうなる。私の場合は本当に突然の出来事だったから、もうどうしようもなかったんだけど。

リックさんの隣にいた死体が、ウォーカーに目覚めて彼に襲いかかろうとした。彼は銃でそのウォーカーを撃とうとしていたが、こんな狭い部屋で撃ったらただ事じゃない。私は太ももに巻きつけているホルスターからナイフを取り出して、ウォーカーの頭めがけて振りかざした。

「考えましょう。逃げ方を」
「でも...どうしたら...」

今までだって生きてこれたのだ。こんな事態に歳は関係ないだろう。この世界になってからは経験値的にも私の方が先輩なのだから、どうにか彼を安心させてあげたい。二人して頭を抱えて入れば、不意に戦車にある無線機から声が聞こえた。リックさんが慌てて前に行き、無線機を取る。途中で頭をぶつけてて痛そうだなと思うぐらいには、私は冷静を取り戻していた。

無線機の相手とリックさんはやけに早い英語で畳み掛けるように話していた。やっぱり私にはさっぱりで、どうしようかとリックさんの背中を眺めて入れば、急に彼がこっちを振り向き、私にもわかりやすいように「武器を探してくれ」と言った。

武器と言われても、ほとんどみつからない。ウォーカーとなってしまった男の頭からナイフを抜いてホルスターに入れなおし、ウォーカーの上をまたいで探す。すると、手榴弾みたいな丸いものが見つかって、それをリックさんにとりあえず渡しておいた。複雑な顔をしているけど、私も確かに複雑です。

「拳銃が一丁。銃弾が15発」
「50ヤード先の路地で待ってる」

人が慌てるとこんなにも早口で話せるのだなと若干感慨深く思って入れば、リックさんが私の手を引き、戦車の上の入り口を押し出した。二人で慌てて戦車から降り立ち、追いかけてくるウォーカーから逃げるように走り出す。
途中、リックさんが銃を撃ったため、私はもう一度「だめ!!」と言ったけど、リックさんには大きな銃声で聞こえないようだ。


走った先には、アジア人が待っていた。さっき無線機から聞こえた声と全く同じで、きっとこの人が助けてくれたのだろうと思った。安心してる場合ではないので、慌ててバリケードの中に入り壁際に備え付けられてるハシゴを渡る。途中にある踊り場のようなところで三人で息を整えれば、リックさんがその人に自己紹介をした。

「リックだ、ありがとう。この子はアオ。日本人で、英語が苦手だ」
「アオです。ありがとうございます」
「グレンだ。どういたしまして」

日本人だと言っても日本語で話しかけてこないということは、日本人じゃないのだろう。少し残念に思って、リックさんと同じように彼と握手をする。下を向くと、ウォーカーがどんどんこっちに向かって登ろうとしていて、私たちは慌ててハシゴを渡り屋上へ向かった。屋上を忍者のように走りながら、とにかく逃げる。

「何故俺たちを助けた?」
「期待したんだよ。助けてくれるとおもってさ」

屋上から下へ降りれる通路の扉を開けて、グレンさんがリュックをそこになげこみハシゴに足をかける。リックさんが私に先に行かせて、最後の殿を務めるように扉を閉じた。

「ごめん、さっきも今もスカートの中見えてないから、安心して」

下にいるグレンさんが何かを言ったけど、あいにく私には理解できなかった。










「冗談じゃないわ。貴方達のせいで死ぬのよ」

グレンさんの仲間なのだろう人達がビルの中に入れてくれて、安心したのも束の間、ブロンドの女性が銃をリックさんに突きつけた。

「アンドレア、銃を下ろせ」

アンドレアというらしいその方の近くにより、説得をしてくれる男の人が近寄る。
私はリックさんの腕をぎゅっと握り、彼らが何を言ってるのかをどうにか理解しようと耳を尖らせていた。

リックさんは未だによくわかっていないようで、私は彼に「銃、音、ウォーカー来る」とカタコトで説明すれば、他の人がこくこくと首を縦に振って同意を示してくれた。

そんな彼の過ちを見せるかのように正面玄関に連れられれば、そこにはウォーカーが沢山押し寄せていて、今にでも扉が割れそうなほどだった。
全員が何か言ってるけど、早口すぎて聞き取れない。聞いているふりをして、じっと正面玄関を睨んで入れば、不意に銃声が響いた。

「メルルだわ」
「さぁ、行くぞ」

「メルル、誰?」なんて言わせないぐらいの慌て具合で、私とリックさんは屋上へと連れて行かれた。
屋上には、さっきアンドレアさんが言っていたメルルって人(だろう)が銃を思いっきりぶっ放していて、この人死にたいんだろうか?と失礼なことを思ってしまった。

「メルル正気か!?」
「銃を持つ人間に敬意を払え。常識だろ?」

そう飄々として言ったメルルさんに、他の人はブチ切れている。そりゃそうだろうな。
すると、一番恰幅のいい黒人の方がメルルさんに面と向かって怒鳴り出す。二人は何か言い合いをしているようだったけど、途中でメルルさんが"ニガー"と言った言葉に相手の人が切れて、メルルさんと殴り合いを始めた。

あまりに激しい喧嘩に、ドン引きする。周りの人も止めようとはするけど、自分も殴られたくはないのだろう、どこか消極的だ。リックさんが警察官(保安官だけど日本人の私からしたらお巡りさんだ)らしく間に入ろうとすると、メルルさんに殴られてぶっとんだ。

「ちょ、ちょ、ストップ、ストップ!!」

言って仕舞えば彼は相棒でもあるわけで、慌てて私も間に入って止めようとすれば、メルルさんが一旦動きを止めて、私をじとりと睨んだ後に卑猥な笑みを浮かべた。

「誰だ?この中に猿なんかを入れたのは。どいてな、ジャップ」

そう言って、メルルさんは私の肩を押し出す。あまりに強い力だったので踏ん張れなくて、尻餅をついた。

「大丈夫...!?」
「大丈夫です...」

アンドレアさんがゆっくりと私の手を引き、立ち上がらせる。同時に、殴られていた黒人の方を助け出して、私は彼の肩を何度かさすった。

「よし、いいだろう。ちょっと話し合おうじゃないか。ボスを決めるんだ。俺は自分に投票する。民主主義にのっとり挙手で決めるぞ。賛成のやつは?」

メルルさんがそう言いながら手を挙げる。なんだこの横暴なやり方と思っていれば、周りの人が嫌々手を挙げる。確かに逆らったら何されるかわかったもんじゃない。

「他には?」

メルルさんがそう言った時、後ろで銃を構えたリックさんが、手の中にあるそれを思い切り振りかぶってメルルさんをぶん殴った。そして倒れたメルルさんの手首に手錠をかけて、パイプにつなげる。とても鮮やかだった。

「いいか?状況は変わったんだ。黒人なんていない。馬鹿で最低な白人もいないし、ジャップもいない。協力して生き残るんだ」
「くたばれ」
「話が通じないようだな」
「2度くたばれ」
「銃を持つ人間に敬意を払え。常識だろ?」

リックさんはそう言うと、メルルさんの頭に銃を突きつける。流石警察官だなと感心して、私は小さく拍手を送った。


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