その日の夜は、皆で火を囲んで温まった。まるでキャンプファイアーのようだ。若干楽観的に見られても仕方ないけど、知らない人だらけだし英語だし、他の人とは違う緊張を持ってるんだからそこらへんは見逃してほしい。
リックさん達家族の隣で、私はTドッグさんとグレンさんと並んで一緒に座っていた。ここには案外知り合い同士とか家族同士とかが多くて、独り身である私達三人は何故か親近感を持っていたのだ。
「ダリルがなんていうか...兄貴が置き去りにされたんだ」
Tドッグさんが途中で口を開いて。ダリーって言ってるから多分弟さんの話だろう。隣に座ってるグレンさんも重々しく口を開く。
「俺が鍵を落とした。...最後までアオは手錠を外そうとしてたのに...俺が無理やり離した」
「俺が手錠をかけた」
「誰から伝えても同じだろうけど、白人から言った方がマシだ」
全員でメルルさんのことをどう伝えるかの話し合いになった。Tドッグさんがかなり辛そうな顔をしている。あの時は逃げるのに必死だったし、彼だけが責任を追う必要はないと私は思うのだけど。
この中で一番年長者の、ある意味でリーダーの様なデールさんが、口を開いた。
「彼が狩りから帰る前にどう言うか考えなければ」
今その人は狩りに出ているらしい。思わず狩り!?とグレンさんに話しかければ、彼は少し驚きながらそうだよ、と首を縦に振った。
その日の夜は、ジャッキーさんのテントで寝かせて貰った。何故かアトランタの屋上で出会ったあの時から、ジャッキーさんはすごく私に親切にしてくれた。もちろん、アンドレアさんもだ。女性を見たら無条件に味方だと思うのは、どこの国の女性も一緒なのだろう。
朝眼が覚めると、隣には誰もいなかった。慌てて寝袋から起き上がってテントから出れば、ジャッキーさんがテントのそばで洗濯物を乾かしていた。
「おはようございます」
「おはよう、アオ。ゆっくり眠れた?」
「はい。すみません、お手伝いします」
「いいのよ」
ジャッキーさんは笑顔でそう言って首を横に振った。そうとはいかないから、寝巻き姿(誰かの家でモーガンさんが調達してくれたメンズのTシャツ姿だ)のまま、ジャッキーさんの手から洗濯物を掴み取り、一緒に干していく。日本では一人暮らしをしていたから、このぐらいお手の物だ。
二人で色々話しながら(カタコトの英語で)洗濯物を干していれば、森の奥で叫び声が聞こえた。穏やかだったキャンプ場が一気に緊張に包まれる。リックさんや他の人たちが走っていけば、森から子供達が逃げて来た。ウォーカーが出たのだろうか。私とジャッキーさんはお互いに身を寄せ合いながら、警戒をする。
「兄貴、出て来いよ。リスをとってきた」
そんな緊張感は束の間、森から出てきたのは、男の人だった。兄貴と言ってるからきっとメルルさんの弟さんだろう。彼は首からリスを下げて、ボーガンを持ちながら声を上げていた。
そのとき、シェーンさんがダリルさんの名前を呼び話しかける。メルルさんのことを言うのだろう。リックさんも同じ様に深刻そうな表情を浮かべて、彼の近くへと寄った。
「メルルは危険だった。だから屋上で手錠をかけた。まだそこに」
リックさんがダリルさんに事の詳細を説明する。その時、薪を拾っていたTドッグさんが戻ってきて、私は彼の近くに寄って薪を貰った。
「理解できねぇ。屋上で手錠をかけて置き去りにした?」
ダリルさんはそう言うと、リックさんに殴りかかる。まさしくデジャヴだ。慌ててTドッグさんも彼らの近くへ走り寄り、声をかけた。
「リックは悪くない。俺が鍵を落とした」
「拾えよ」
「排水溝に落とした」
「理由にならねぇ」
「アオが最後まで手錠を切ろうとしてた。それに、屋上に鍵をかけてきた」
「きっと無事だ」
Tドッグさんが私の名前を言ったため、ダリルさんが私の方をちらりと見る。慌てて今の格好が寝巻きのままであることに気づいて、ジャッキーさんの後ろに隠れた。
「場所は?助けに行く」
Tドッグさんから無理やり離れてダリルさんが言ったその言葉に、リックさんが頷いた。
「リックさん」
保安官の服装にきがえたリックさんに声をかける。寝巻き姿からスーツ姿に着替えた私の方を見て、彼は首を傾げた。
「私も行きます」
もしかしたら先生がいるかもしれないし。そう伝えれば、彼は首を横に振って私の肩を強く掴んだ。
「アトランタを見ただろう?あそこは避難場所じゃなかったんだ」
「でも...」
「生存者がいるかの確認もしてくる。君はここで、ローリ達といてくれないか」
ローリさんをちらりと見て、リックさんはもう一度私の目を見た。ローリさんは写真で見た通りに美人さんで、薄く笑顔を浮かべて私を見ていた。
なら今すぐにでもCDCに行きたい。でもそんなワガママな事は言えないし、助けてくれたお礼もしたいから、私は黙って首を縦に振った。
「名前は?」
「名前?」
「あぁ。君の先生の名前だ」
「あ、金剛...先生です」
「分かった。探してくるよ」
リックさんはどこまで優しい人なんだ。私は頭を下げて、リックさんにお礼を言った。
「ありがとうございます。ごめんなさい」
「謝らなくていい。君のおかげで、家族に会えた。次は俺が、君に会わせる番だ」
リックさんはそう言うと、私の頭をやんわりと撫でて、踵を返して車に乗った。
さて、本来ならアトランタに同行するつもりだったためにスーツ姿だ。私は一旦ジャケットを脱ぎ、Yシャツの袖を肘部分までめくり上げて、ローリさんの元へと走りよった。
スニーカーは走りやすくとても良い。ヒールの靴は、モーガンさん達に会った時に捨ててしまった。(本当はゾンビを殺した記念にとっておきたかったけどモーガンさんに必死に止められた)
「えーと、ローリさん。何か、お手伝いできることはありますか?」
高校受験の時にたくさん覚えた文法なんてどこへやら。いざ話そうとすると頭がこんがらがって身振り手振りがひどくなる。
「それじゃあ洗濯物、手伝ってくれる?」
「はい...!!」
知らない人達しかいない場所で何かの役割を与えられるのは結構嬉しいものだ。今の私に尻尾があれば、きっとはち切れんばかりに横に激しく振られてるはずだ。
沢山つめこまれた洗濯物のはいったカゴを持って、森の中を歩く。その時、ローリさんが私にもわかりやすいように話しかけてくれた。
「夫を、助けてくれたって聞いたわ。ありがとう」
「あー...私は何も...」
「それでもリックは、貴方にとても感謝してる。私もよ。夫に、会わせてくれてありがとう」
ローリさんは少し震える声で、そう言った。前を歩く彼女の歩幅に合わせて、後ろを歩く。英語で、ニュアンスでしか受け取れなくて申し訳ないけど、それでもローリさんがとても嬉しそうだったから、よかったと思った。でも本当に私は何もしてないんだけどね。
「アオも、探してる人がいるのよね?」
「あ、はい」
「家族なの?」
「いいえ。先生です」
「先生?」
なんて説明すればいいのかこう言う時困る。一度モーガンさん達に説明したときと同じように、"学会でアメリカにきた"と伝えれば、ローリさんは少し驚いた顔で私を見た。
「学会...?前まで何をしてたの?」
「学生です。大学院生」
そういえば、またもや目を見開いて私を見るローリさん。今度は足をとめてまで私を見た。そこまで驚くことだろうか?
「成人してたのね...何歳?」
「23歳です」
何故か歳を聞かれたから答えれば、さらにローリさんは驚きの声を上げた。
そんな反応されるぐらい童顔だろうか?アジア人はどこにいっても大変だ...と何故か他人事のように思った。