09

「Heyジム。すこし手を休めてくれないか」

穴を掘り続けてるジムさんい、実質ここのリーダーなのだろうシェーンさんが話しかける。ジムさんはそれを見て「なんだよ」とすこし乱暴に言った。

「みんな心配してる。何時間も掘り続けてる」
「それが?」
「目的は?地球の裏側に行く気か?」
「迷惑はかけてない」

まぁその通りだ。彼は別に誰にも迷惑をかけていないし、何かに没頭したくなる気持ちもわかるっちゃわかる。だけど、今日はどうやら38度もあるらしい。さすがにこの炎天下の中、こんな重労働をすれば熱中症になってしまう。その心配もして、シェーンさんがスコップを取ろうとしたけど、それに反抗したジムさんがスコップを振り回した。

小さい子もいるわけだから、さすがにそれは危ない。近くにいた仲良くなったソフィアちゃんの肩に腕を回して、キャロルさんごと抱きしめてかばう。

すると、シェーンさんがジムさんの体を押さえつけて、「落ち着け、安心しろ」と何度もなだめるように話しかけた。

何か話していたけど、私には何をいってるのかよくわからなかった。ローリさんが口を抑えて動揺していたから、多分、彼の悲惨な出来事でもいってたのだろう。

シェーンさんがジムさんをキャンプ場近くにある木に、縄を使って縛り付ける。落ち着いたら解放するからという条件付きで。

「アオ、服持ってくるわ」
「あ、ありがとうエイミー」

エイミーが一旦テントに戻って行く姿を見送って、私はジムさんのところになんとなく近寄った。

「...アオ、だったね?」
「はい...」

近くには、簡易机を広げて、ローリさんとキャロルさんが自分の子供の勉強を教えている。こんな時でも、小さい子たちは勉強をしないといけないらしい。かわいそうだ、と思いながら見つめていれば、ジムさんが私にもわかりやすいようにゆっくりと話しかけてくれた。

「すまない。怖かっただろう?」
「いいえ。ジムさんは、きっと日焼けですよ」
「日焼け?」
「あー...日焼けの、病気、あー...」
「あぁ、熱中症?」

それだ。sunburnじゃない、heatstrokeだ。すこし恥ずかしくて顔をうつむかせれば、ジムさんは優しそうに笑いながら目を細めた。

「家族は?アメリカには一人で来たのかい?」
「いいえ。...私、大学院生で。学会でアメリカに来ました。本当は、先生といたんですけど、自分だけ逃げ出してしまったんです」

何度も話してる内容だから、スラスラと英語が出てくる。ここ数週間、スピードランニングみたいなものだったから、お手の物だ。

「先生を探すために、アトランタに行きました。でも、いなくて。彼を探してます」
「そうだったのか...」

縛り付けられているから動くことのできないジムさんは、首を深く縦に振りながら、私を見ていた。

「俺にはもう、家族はいない。ウォーカーに襲われた。俺は...家族が食べられてる間に、逃げ出したんだ」

今まで聞いてきた英語で一番聞き取りやすい英語だった。つまり、その内容を私はきっちりと理解してしまって。なんて言えばいいのかわからない、そんな居心地の悪い感情を抱いた。

「...君の家族はきっと生きてる。無事に国に帰れる」
「...本当ですか?」
「あぁ。きっと、大丈夫だ」

きっと、ジムさんはとても優しいお父さんだったのだろう。自分の父親とはまた違う優しい雰囲気でそう言われて、私は思わず笑みをこぼした。

「日本に戻れたら、あー...お手紙送ります。日本を紹介します」
「あぁ。楽しみにしてるよ」

にこりと笑って、私は立ち上がる。遠くの方でエイミーの、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。ジムさんは私に「行っておいで」と言った。どこまでもお父さんのように優しい。私は彼に頷いて見せて、立ち上がりエイミーのところへと行った。

彼女は手に服を何枚か抱えていて、長袖と半袖を3着ずつくれた。

「ズボンも欲しいわよね?履いてみる?」
「あー...ううん、エイミー細いし、多分入らない」
「あら、何言ってるの?あなたも十分細いじゃない」

エイミーはそう言って笑いながら、タイトスカートをはいた私の太ももをつつーっと撫でた。

「やめてよ」
「いいじゃない。...色白なのね」

そういうエイミーの方こそ色白で、金髪で、とても綺麗だ。私も同じようにエイミーの足を撫でると、彼女は「キャー!!
」と小さく悲鳴をあげて笑いながら小走りして逃げた。それを追いかけるように私も走って、夕食の支度までの時間を10年来の友達かのように、私達は話して話して話して、遊んだ。












「アオlこれを揚げてくれる?」
「はい」

ジャッキーさんの隣に立ちながら、魚を鍋の中にぶちこむ。一人暮らしをしてたから料理ならお任せだけど、揚げ物はさすがにできなかったから、ジャッキーさんに丁寧に教えてもらっていた。

「揚げたてが一番ね」

隣に立つエイミーが、すこしつまんで魚のフライを食べる。それを笑いながら見て、彼女にそれを食べさせてもらった。

「どう?」
「とても美味しいです」

キャロルさんにそう言えば、彼女はとても優しい笑顔で私をみた。まるでお母さんだ。隣にソフィアを立たせて、丁寧に料理を教えてる二人の姿を見て、どんな時でも親子の絆って強いなと感慨深く思った。

夜になり、薪に火をつけて暖をとる。夏だと言っても、さすがに夜の野宿というのは冷え込むもので。皆座りながら、夜ご飯を食べていた。隣に座るジャッキーさんから魚を受け取って、隣のジムさんに渡す。一口食べたジムさんが「美味しいよ」と言ってくれた。「よかったわね」ジャッキーさんが耳に口元を寄せて、言った。

その時、モラレスさんがデールさんに向かって声をかけた。

「どうも気になって仕方ない」
「何が?」
「腕時計さ」
「これが?」
「毎日かかさずに、同じ時間にミサを行うみたいにねじを巻いてる」

世界が終わったように見えるのに、いつも時間を揃えるのは何故?そう聞いたのは誰だろう。デールさんは、私達若者に諭すように言葉を紡いだ。

"時間を気にするためでなく忘れるために与える"

聞き取れたところはそれだけだったけど、ほぼほぼ何を言ってるのかわからない。それでも経験値の多い人生の先輩だ。話を聞きながら、魚を食べた。美味しい。

「どこに行くの?」

その時、エイミーが立ち上がった。アンドレアさんがエイミーに、どこにいくのかと声をかけた。エイミーは「おしっこよ、皆には内緒にしてね」と、茶化すようにいってトイレに行く。その言葉に皆で笑って、魚をつついた。私は随分といい人達に恵まれたようだ。モーガンさんに助けられた時から思っていたけれど、母親譲りの強運はこんな時でもご健在だ。

だからこそ、リックさんが戻ってきたら、先生がアトランタにいたかいないかだけを聞いて、皆にお礼を言ってここを出よう。こうやっていい人達に囲まれて、私だけが無事でい続けるのは申し訳ない。あの時怖がらずに、皆の行く方と同じように走って大学の中に入っていれば。

後悔しても遅いけれど。とにかく、一学生でもある私は先生を見つけて日本に戻る必要があるし、家族にも会わないといけないのだから。

「キャアアアア!!!!!」

魚をつつくのをやめて、隣に座るジムさんと話をしている時、後ろから悲鳴が聞こえた。驚いて後ろを振り向けば、トイレの扉を開けて立っているエイミーの腕に、ウォーカーがかじりついていた。

「エイミー!!」

アンドレアさんが叫ぶと同時に立ち上がる。そこら中にウォーカーがいる。街から山にやってきたのだろう。生きた人間を求めて。

「ローリ、伏せろ!!」

シェーンさんが立ち上がり、ショットガンを放った。悲鳴に混じりながら銃声が響く。ソフィアちゃんを抱きしめながらうずくまっているキャロルさんを助けるために、私は太ももにあるホルスターからナイフを抜き取り、彼女たちに近づくウォーカーの頭にナイフを刺した。

「キャロルさん、あっち!!」
「あ、あ、ありがとう、アオ...!!」

シェーンさんが銃を持ってる。彼の近くに寄れば大丈夫だろう。とにかくキャロルさんの背中を押して、私はナイフを握ったまま周りにいるウォーカーを睨みながら、どうするか考えた。

「モラレス、アオ!!来い!!キャンピングカーを目指せ!!」

名前を呼ばれてる気がする。けど、どうしようもない。ジムさんも遠くのほうでバットを振り回してるし、モラレスさんも自分の家族を守るのに必死だ。

数週間モーガンさんと一緒に戦ってきたことを思い出せ。震える手に叱咤をしてナイフを強く握り、目の前に襲いかかってきてるウォーカーの頭に、またナイフを突き刺した。

その時、別の方向から銃の音が聞こえて、リックさんの「カール!!」と叫んでいる声が聞こえた。彼らが戻ってきたのだろう。安心するのも束の間、少し油断を見せたその瞬間に、私の上を覆いかぶさるように巨体のウォーカーが迫ってきていて。身長の低い私では頭に腕が届きそうになかった。

「...やばい」

思わずでる日本語に、だれも気には止めないだろう。

自分は死なないと思っていた。どこか少し、楽観視していたのだ。ここはアメリカだから、日本人の私には関係ないと。きっと日本に戻れる。戻れたら、この話を友達にして、先生と大変でしたね、なんてきっと話すんだって。

今、私はやっと現実を生きていると思った。

迫ってくるウォーカーにめがけて精一杯腕を振り上げる。その時、ウォーカー越しに血だらけになったエイミーが見えた。アンドレアさんがエイミーに抱きつきながら泣き叫んでいて、早く彼女のもとにいかないと、心の中ではそう思っていた。

「...立て、死にたいのか」

振り上げたナイフは頭には到着せず、空中に止まっていた。ウォーカーの頭には矢が刺さっていて、ゆったりと、酷い音をたてて"それ"は地面に倒れる。

後ろから聞こえた声にゆっくりと振り返る。気づかない間に私は尻餅をついて倒れ込んでいたようで、ボウガンを片手に立っていたその人が、大股に歩いて、私の近くにきた。上から見下ろすように私を見るその人が手を差し伸ばした。ゆっくりと、その手に触れる。

急に持ち上げられる感覚に一瞬ふらりと頭が揺れて、そしてやっと地面に足がついてしっかりと立ち上がれた時。

その場の惨状に目を見開いた。

血だらけになって倒れてる人達。ウォーカーに噛みちぎられて血を流し続けてるエイミー。そして、エイミーに抱きついてるアンドレアさん。

私は、今。やっとわかった。

特別なんかじゃない。強運なんかじゃない。生き抜くために動いていたから、生きていたんだ。

私は、もしかしたら今まで勘違いをし続けていたのかもしれないと。

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