12.



高校生にもなると周りの男子が色めくことも増えていった。彼女が欲しい、あいつは彼女がいるぞ敵だ、通学途中で告白された奴がいるらしい、とか。クラスの連中がこぞってクラスの女子や後輩の女子にうつつを抜かす。そんな状態を見るのも別に面白いとは思わないが、元気だなと思う時はある。

「寺坂は彼女…いるわけねーか!」
「あぁ!?」

クラスの奴がそう言った。堂々と俺には彼女がいると言ったわけでも言うつもりもないが、馬鹿にしたように言われるのは腹が立つ。寺坂に彼女が居たら俺の負けだ、となんの勝負に勝つつもりなのか、クラスの同級生達は口々にそう言う。
残念なことに、もうすでに負けてるよお前たちとは言わない。

「彼女ほし〜卒業するまでには彼女作りてーよー」

俺の肩を掴みながら揺らす男子に舌打ちを打つ。そんなん言うなら、作ればいい。好きなやつはいないのか、と聞けば、いない、と答える。

「いないけど、彼女が欲しい」

それは彼女と言う存在が欲しいだけで、恋がしたいわけではない。らしい。高校生ってのはそんなものなのか、よくわからなかった。







いつものように、サチを迎えに行った。俺とあいつの高校の間にある交差点。この信号を渡って真っ直ぐ歩けば、あいつの高校に着く。少し歩くけど。別に行ったって良い。高校の校門であいつが出てくるのを待ったって良い。ただ、気恥ずかしいだけだった。

俺に彼女が居ると思わない高校の同級生と同じで、俺自身、自分に彼女が居るのが不思議なぐらいだ。中学のメンツがどう思ってるかはわからないが、ガサツの代名詞とも呼べる俺に何故彼女が。そして何故、あいつが俺を好きになったのかさえ、よくわかっていない。

「…おせーな」

嫌に遅く感じた。クラスの奴らに彼女が欲しいだとか言われ過ぎたせいだろうか。お前に彼女なんていねーよな、と断言されたせいか。わからないが、やけに胸がざわついていた。別に、彼女ぐらい居る。

「…だから彼氏いるんだってば」
「どこにいんの、全然居ないじゃん」
「だから、そこで待ってんの!」

サチの声が聞こえた。信号の向こう側に、鞄を持ちながら足速に歩いているサチの姿が目に見える。やけにイライラしてる声色だった。中学生の時の、あの鷹岡の前に立ち塞がった時のような、まだ最初の頃のビッチにイラついてた時のような、あのイラつきの声。どうしたのかと思えば、あいつの後ろには男がいた。

サチと同じ制服の、男。

「しつこいなあ鈴木!彼氏!あれ!私の!彼氏!」

サチが俺を指さして、でかい声で言っている。周りには他の生徒だっていた。なんだなんだと、俺と、サチ、サチの隣の男、3人の顔をジロジロとみられる。居心地が悪い。

「は…?まじで?」
「まじ。中学から付き合ってるの。じゃあね」

サチは颯爽と髪の毛を振り払うように踵を返して、俺のいるところまで走ってきた。信号は赤。車は通ってないにしても信号無視は良くない。

サチは、呆然と立ってる俺のところまで走って、帰ろう、と俺の手をこれ見よがしに繋いできた。そのまま引かれる形で歩き出す。少しだけ歩幅のでかいサチに合わせて、後ろからついていく。

後ろにいた鈴木と呼ばれた男子の姿が見えなくなってから、ようやくサチの歩く速度が遅くなった。そして立ち止まり、俺の方を振り返る。さっきまでのイライラしていた態度はどこへ行ったのか、今は申し訳なさそうな顔で、俺のことを見上げていた。

「…どーした」
「なんか、ごめんね」
「別に」



別に、自分の彼女が他の男子に言い寄られてるのを見た所で、機嫌を悪くするような男ではない、と思いたい。
別の高校に進んだんだ。それぐらいは許容できる、と。中学を卒業して、別の高校に進学するとなった時に、それは覚悟の上でいたんだ、と。

だから毎日、朝は迎えに行って、帰りは学校の近くまで来て、二人で帰っているのだから。

自分が安心したいから。
俺はこいつの彼氏だと、実感したいから。


「…竜馬?怒ってる?」
「…俺は、お前みたいな人間にはなれねーよ」
「え?」

例え自己満足な行動でも、サチは俺の彼女だと、こいつ自身が自覚してくれてると。勝手にそう思っていて欲しいとか、馬鹿みたいなことを考えていた。

ああやって、クラスの男子に好かれてるかもしれない事だってわかっていたのに。そのことを否定して、あまつさえそれを確認したら、嫌な気持ちになって。


クラスの奴らが言っていた。彼女が欲しい。それは好きという感情がなくてもいいのだ、と。


そんな娯楽のような物に、サチを使うなよと、本当は声を大にして、あの男子に言いたかった。

「お前みたいな人間じゃない…俺は、お前には不釣り合いな人間だ。ガサツだし、横暴で、乱暴な時もあるだろ」

俺の手を引っ張ったまま、サチが首を傾げた。不安そうなサチの目を見る。揺れてる瞳に、自信のなさげな俺の顔が写っていた。

「高校もちげーし、いつでも一緒にいれねーし、クラスの奴らにもお前に彼女なんているわけねーって言われるし………お前は、他の男子に言い寄られてるし」

自信がない。
このままこいつと付き合っていけるのか。違う高校のまま、ずっともやもやを抱えたまま、目の前にいないのに守れるか?と。

中学の頃は常にそばにいた。そばにいたから、守ることができた。自分の背中に隠せることができた。こいつが自分の力を発揮できるように、余計な事を考えさせないように、庇うことができたのに。

「俺は、お前には見合ってない」

ずっと思っていた。誰とでも話せて明るくて、数学の天才のサチと、何も持っていない俺じゃあ。


不釣り合いすぎると。


「私、ちゃんと言った」

サチは、俺の手を強く握った。力のないサチにしては少し痛いと思うぐらいの強さで。

「私、中学の頃にちゃんと言ったよ」

俺の顔を見上げて、そういったサチの声が、少しだけ震えている。目には涙が浮かんでいた。

「竜馬に持ってないことを私は持ってるかもしれない。でも、私に持ってないことを、竜馬は持ってる」
「あるわけないだろ」
「あるんだよ」
「じゃあなんだよ!」

お前にないものを俺が持ってるなんて、なんでそんな事が言えるんだ。

大きい声が出た。サチが少しだけ肩を揺らして、近づく。その目から一つ、涙が溢れた。

「力があるし、優しいよ。ぶっきらぼうだけど、いつも周りに合わせてくれる。率先して前を歩いてくれる。曲がったことが嫌いで、ちゃんと主張できる人。私はそんな竜馬が、好きなのに」



竜馬は私の事が、好きじゃないの?



声が震えていた。小さくなる声。唇を震わせて、それを抑えるために下唇を噛んで、顔を俯かせたサチの手を引っ張った。


俺はただの馬鹿だ。


「好きだよ」


顔を肩付近につけて、そっと頭を叩く。涙が流れて、俺の服を濡らした。震えている肩が落ち着くように、優しくさすってやれば、サチの手が伸びて俺の服を掴んだ。

「…別れる雰囲気だった」
「悪い……自信がなかったんだよ」

悲しませたかったわけじゃない。泣かせたかったわけでもない。ただ、他の男に言い寄られてるのを見て、不安になった。それを伝えれば良いだけだったのに、どうしてこうも俺は不器用なのか。

「自信なんて私もないよ…竜馬と高校違うからいつも不安だよ。毎日朝と夕方しか会えないし…」

あぁ、俺だけじゃなかったのか。
俺だけが不安に思っていたわけじゃなかった。行きと帰りしか会えなくても、付き合っていると実感するためにやっていた事が、サチにとっても同じものだった。

「別に俺は…」
「私が好きなんだから他の人だって好きになるでしょ!?」
「…なんだ、それ」
「そりゃそうでしょ!私が好きなんだよ!?」

さっきまでの小さい声はどこへいったのか。
涙を止めて俺を見上げたサチはその目を釣り上げて何かに怒っていた。

「私の知らないクラスの人に告白されてたらとか、好かれてたらとか、思うよ…!」

そんなこと、あるわけないのに。

それでもなんの根拠もなく、そんなわけないだろと言える程こいつを安心させられていたか?

多分、不安だったんだ俺も、こいつも。

「…悪かった」

頭を叩く。触れるぐらいの力で何度か上下に動かして、優しくポンポンとリズムを刻むように。
サチは、俺を睨んでいた表情を和らげて、そのまま頬を緩めた。

「帰ろ?」
「ん」
「今日は寄り道しよ」
「寄り道?」
「マック行かない?」

俺の手を握り直して引っ張るように歩くサチについて行く。いつもよりゆっくりな、小さい歩幅に合わせて、俺は足を動かした。

「おう」
「竜馬の奢りね」
「は?」
「私を泣かせたバツってことで」

そんな笑いながら言われれば、仕方ないというしかない。それに、泣かせたことは事実だった。

「もう、不安はない?」
「ない、とは言い切れない」
「あはは、うん、私もだ」

サチは前を向きながら笑った。
正直にいう、まだ不安だ。さっきみたいに他の男子に言い寄られることもあると思うと、どうしたって黒いモヤが心の中にかかっていく。

「その度に、今日みたいに話してね」

いつのまにか隣りにきていたサチが、俺のことを見上げてそう言った。話せばきっとわかるはずだから、と。

「私も言うから、ね」

あぁ、こいつはやっぱり違う人間だ。俺とも、多分他のやつとも。それでも、この独特な考えとか、芯のある強さに、俺は惚れたんだ。

繋いでる手に力を込めた。それに気づいたサチが少しだけ笑って俺を見上げる。何笑ってんだ、と小突けば、声を出して笑い声を上げた。





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