大学受験は、あんなに勉強する期間が長いというのに終わるのは結構あっという間だ。合格発表の当日は、パソコンの前に二人で座って、竜馬の受験番号を探した。これが案外どきどきとするもので。多分自分の合格発表よりも緊張したと思う。私の場合は高校で終わってるけど。
「…あった!あったよ、竜馬!」
「おお…あった」
「おめでとおおお!!!」
竜馬の受験番号を画面に見つけた時の嬉しさは、多分何者にも変え難いほどの気持ちが詰まっていたと思う。隣に座ってる竜馬の肩をバシバシ叩いて、本人でもない私がやけに嬉しそうに立ち上がった。
そんな私をみて、呆れたように竜馬が笑っていた。第一志望だよ。普通にもっと喜べばいいのにと言えば、竜馬は私の手を引っ張って、お前が喜んでるからそれでいい、なんて言っていた。
多分、本当はすごく喜んでたんだろうな。
「莉桜〜あっち行っても連絡はちゃんとしてね〜?」
「はいはい、分かってる分かってる何回言うんだよ」
中学を卒業しても、私たちの女子会は定期的に開かれた。カラオケで大人数で収容可能な部屋に通されて、3E女子全員がここに集まってる。テーブルの真ん中に私のスマホを置いて、その画面には律が嬉しそうに笑っていた。
隣に座った莉桜に絡むようにそんな事を言えば、莉桜が笑って私の頭をパシパシ叩いてくる。
「でも流石よね、莉桜が海外に行くのは」
「ね?てか全員第一志望受かったのも流石」
「中学の時のが効いてるよね〜」
第二の刃を磨いてこそ、一流の暗殺者。あの教えは、多分私たちの一生の教えになってる。ひなのの言葉にうんうん、と首を縦に振って皆がしみじみとしていた。
「てか茅野っち、渚君とはどう?」
そう言えば、と思って聞いてみた。急に自分に話しかけられると思っていなかったのか、烏龍茶を飲んでいた茅野っちがびっくりしたように目を丸くする。髪を黒く染めた茅野っちは、今じゃ人気の女優だ。テレビで見ない日なんてない。
それでも、彼女は変わらず私たちの元クラスメイトだった。
「え!?渚!?」
「あーんなに熱いキスを交わしたんだもんね〜?」
ニヤニヤと笑って、茅野っちのことを弄り始める莉桜を、皆が引いたように笑った。昔の悪魔が目覚めたり。正に、その言葉を体言してるかのように彼女の頭にはツノが生えていた。
「な、渚とは…別に、あの…」
顔が真っ赤だ。とても可愛らしい。一度だけ、二人が手を繋いで歩いてるのを見たことがあった。その時のグループラインはやばいぐらい皆が白熱してたっけ。思い出しては、つい笑ってしまう。
「私たちのことより!サチだよ!」
「あ、ついに結婚するんだ!」
「なんで?」
ひなたが笑いながらそう言った。相変わらずショートヘア美人の彼女の右手の小指には、前原君とのペアリングなのか、可愛らしいピンキーリングがついていた。いいな、お揃いの指輪。ちょっと重いかなと思って私は竜馬にお揃いの物が欲しいと言えてないけど、流石前原君って感じ。
ゲラゲラ笑ってるひなたの隣では、メグがふぅと息を吐いて、そんなわけないでしょ、と言ってくれている。
「この中で一番長いもんね〜ずーっと仲良しなんでしょ〜?」
えいえい、とひなのが私の頬を突いてくる。
「高校3年間は毎日一緒に登下校していらしたんですよね?」
「ラブラブよね〜」
愛美と原ちゃんが、ニコニコ笑いながらそう言った。私の事をいじる気満々らしい。彼女たち二人だけではなく、他の人たちまでもが何故か私の事をギラリと飢えに飢えた獣のように眼光を光らせて見ていた。
「大学は?」
「あ、受かってるよ。竜馬は一人暮らしするんだってさ」
「マジで!?」
竜馬は一人暮らしをするらしい。電車は使うけど、家から通える距離に大学があるという理由で。私は一人暮らしはしないけど。家を出ると言ったら父さんが少し寂しがりそうだから。
「ついにか〜サチ達も一歩前進?」
「は?どゆこと」
「またまた〜かわい子ぶっちゃって」
莉桜が私の肩に腕を回した。そして耳に口元を寄せて、多分全員に聞こえるようにわざとこう言った。
「オタクら、まだヤッてないんでしょ?」
その言葉に、皆が皆一様の反応を示した。詳しく説明しろと興奮してるのはひなのやひなた。意外にもメグとか不破さんまで興味津々の顔をしている。
何をそんな聞きたいことがあるのか、ゲスい話が好きな莉桜の頭をパシッと叩いて、私はジンジャーエールを喉に通す。
「3年も付き合ってるのに、まだなんだね…」
「あ、茅野っち今馬鹿にした!」
「ええ!?してない、してないよ!」
多分この中に恋人がいる人いた事がある人達は全員終わらせてるんだろうか。高校生としてどうなのそれ、早くない?やるの早くない?
ひなたやメグ、茅野っちがわざとらしく私のジト目から目を逸らした。絶対そうじゃん。
「高校の内は手を出さないって断言されちゃったからな〜私」
「マスターの家にいるのも、20時までと決めていたので」
「律いるからか〜」
律の言葉に全員がうんうんと頷いた。親みたいなところあるもんな、律。マスターを守りますみたいなこと言ってきそうだし。
「でもまっ!寺坂とサチがいまだに続いてると、安心するよね」
「わかる!」
「寺坂を扱えるのなんて新稲ぐらいよ」
狭間さんの言葉に照れてしまう。別に扱ってなんていないし、多分どちらかと言うと竜馬が私を扱ってるんだと思うけどな。
でも嬉しいものではあるから、そこは素直にありがとう、と伝えておいた。
「どーすんの?サチも一緒に暮らさないの?」
「竜馬と?んー、一緒に住むかって言われたけど、私はまだ実家にいようかなって。父さん一人になっちゃうし」
「そっか」
一緒に住まないかと言われた時は嬉しかった。もちろん住みたいと答えたかったけど、せめて学部を卒業するまでは父さんの近くにいてあげたかったから、ごめんねと言った。
竜馬は特に残念がる様子もなく、わかったって言ってくれた。それが何だか嬉しかったんだよな。学部以降は一緒に住もうなと言ってくれてる感じがして。
「てかさ、ビッチ先生達どうなったか知ってる?」
矢田っちが、ピーチ烏龍茶なるものを飲みながらそう聞いてきた。持ってるものが可愛らしい。中学からずっとモテ女前線を走ってきたのだろうか。
「知らなーい」
「え、ついに結婚?」
一人一人の困惑の声がカラオケルームに轟いた。ついに結婚?と誰かが言った瞬間の騒ぎ方なんて、さすが女子。私も思わず口を手で覆って肩を上げてしまった。
「それがまさかまさかの…」
矢田っちの声が聞こえるように全員が押し黙った。殺気ごと消すかのようなその鋭さはいらないのに、やっぱり癖は消えなくて、皆の気配がそこにいるのに消えた感覚に陥る。
矢田っちはそんな私たちを苦笑してみた後、人差し指を立てて、ずばり、とこう言った。
「結婚するみたいでーーす!!」
その時の黄色い歓声といったら凄かった。ついにビッチ先生が烏間先生と結婚。あの人が、ついに。
「やっば、マジで!?」
「ビッチ先生やるなぁ〜」
「あーん、取られちゃったよ〜」
えーんと泣きながら(冗談だけど)そんな事を言ったひなのの頭をよしよし、と撫でてあげる。そっかービッチ先生ついに結婚するんだ。何だろう、心が急にぽかぽかしてきた。
「結婚式は私たちが20歳超えたらやるらしいよ。お酒飲めるようにだってさ」
「なにその気遣い!さすがじゃん!」
ビッチ先生とかめっちゃお酒飲みそうだもんな。烏間先生どうやってプロポーズしたんだろう、ちょっと気になる。氷のなくなったジンジャーエールに刺しているストローを口に含んで飲んだ。
全然味がしなくてちょっと笑ってしまう。
「次はビッチ先生も含めてまた集まりたいね」
神崎さんが、そんな事を言った。その言葉に皆が笑顔を浮かべてる。本当にね。あぁビッチ先生に会いたいな。高校に入ってから一回も会えてないや。烏間先生にも会いたい。
恩師に、会いたい。
「…会いたいね、殺せんせーにも」
思わず出てしまった言葉に、この部屋が静まる。大好きだった殺せんせー。皆の恩師。心に刻まれた言葉の数々とか、思い出とか、全部詰まってる胸の中には、どうやってもあの人の存在無しでは語ることの出来ないものがたくさんあった。
「アドバイスブックどこまで読んだ?」
しんみりするのは、性に合わない。笑顔を浮かべて、もう一度話をした。
0を1にも10にもできる。それが数学者という道。それを私に教えてくれたのは殺せんせーだ。
だからこそ私達は。いつまでも色褪せることのない殺せんせーとの思い出を、アドバイスブックという残った思い出を、大切に共有していかないといけないのだ。
「あれ全部見れるわけないじゃん〜」
「あの中にさ、結婚する人がいたら読めってページあったんだけど私だけ?」
「私もあったそれ!」
「ビッチ先生かな?」
「でもあれ生徒用でしょ?」
自分の部屋にあるアドバイスブックを思い出して、確かにそんなページがあったなぁと思い出す。3000ページ以上もあるあれをどうやったら読み進めていけばいいのか分からないけど、いつか読む時が来るなら誰が結婚をした時なんだろう。
渚君達かな、それともひなた達かな。
もし、私と竜馬が結婚したら。
それを読む時が来るのかな。
皆がチラリと私をみた。首を傾げて、何?と聞けば、全員がその顔にニヤリと笑みを浮かべて。
「なんでもない」
と、言ったのだ。
≪ ≫
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