15.


大学のサークルに数学サークルってものがあった。塾の講師のバイトをして数学を教えながら、サークルでも数学を解いて、そして自分の学科でも数学を解く。数学しかない私にとってこれほどまでに幸せなことはないのだけど、たまにどうしようもなく不安になる。

私数学しかできなくね?と。

「今更過ぎねえかそれ」

竜馬の一人暮らしの部屋は、シンプルだった。あまり物を置かない彼らしい部屋は、大学が近いという理由で私がよく寝泊まりしてるせいで、私の物に侵食されている。

壁際に置かれたプラスチックのケースには私の服とか下着が入っていて、パジャマを着ながら私は竜馬に後ろから抱きついていた。

「数学三昧すぎてなんか怖くなってきた…」
「サチと言えば数学なんだから仕方ねえだろ。寧ろそこまで数学を好きでいられる方が珍しい」
「数学しかないもん私」

数学以外はめっきりダメ。英語は論文が読めればそれで良いやと思ってるから話せはしないし。ビッチ先生がいなくなって仕舞えば、私は英語なんて全然できなくなっちゃう人間だった。

その反面、竜馬はすごい。文系の大学に進んでも英語は未だにできるし話せる。理系の科目だってそこそこに忘れずに知識として蓄えてるし、さすが未来の総理大臣、だなんて心の中で思っていた。

竜馬は私に抱きつかれながら机の上で広げているパソコンと睨めっこをしている。レポートの提出が近いそうだ。頑張れ〜と小さく応援して離れた。

明日は一限からあるし、私はもう先に寝ようかなとあくびをして、彼の1人用のベッドに潜った。

「先寝んの」
「うん、寝る。電気消さなくてもいいよ」
「わかった」

竜馬は私をチラリと見た後、手をひらひら振っておやすみと言った。それに返して、布団をかぶる。枕の近くに携帯をおいで充電コードを挿す。明日は早く出ないとなぁ〜あと、家に帰るから洗濯した服を畳んで、朝ご飯買ってくるの忘れたしコーヒー入れて勝手に飲んじゃお、そう言えばこの前買い物行って買ったマグカップで……


そこまで考えて、気づいたら意識が飛んでいた。


次に目を開けたのは夜中の1時半。はた、と目が覚めて開けたら、私の頭の上に腕を伸ばして、ぎゅっと抱きしめながら寝てる竜馬が隣にいた。

レポート終わったんだ。私を胸板に押し付けるようにして寝てる竜馬の手が、何やら怪しい。そわそわ動いて、パジャマの中に入ろうとしている。

「…起きてる」
「……んだよ…」

わざと声を出して言えば、残念そうに竜馬の舌打ちが頭の上から聞こえた。

「私が寝てる時いつもこうなの?」
「ちげーよ、変な言いがかりはやめろ」

なんだそれ。

「寝込みを襲うとは良い度胸、カルマ君に言っちゃお」
「やめろ…あいつの名前を出すなここで…」

呆れたようにそう小さく嘆く竜馬に笑っていれば、竜馬は大人しくその手を諦めて、腰をぎゅっと抱きしめるように体制を変えた。
本当は服の中に入れたかったのだろう。背中をさすってる手も少しだけいやらしかったし。

何も初めてというわけではないのだから、そんな変に緊張みたいなことしなくて良いのに。

「うぶだねぇ」
「うっせーよ、早く寝ろ。明日1限からだろお前」

自分に不利な時ほど彼は早口で饒舌になる。それは中学の頃から変わらなくて、大学生になった今もそうだった。

思わず肩を振るわせて笑えば、竜馬がコツンと顎を頭にのせて、ゴリゴリと押し付けてくる。痛い痛い。顎の骨が頭にあたってる。

「ったく…」

今顔を見たら多分赤くなってるんだろうな。いつだか、照れた竜馬を見てカルマ君が気持ち悪いって言っていたあの顔か。私から見たら全くもって気持ち悪くはないけれど、いかついイメージの大きい竜馬が照れて顔を赤くしていたら、それはそれで怖いかもしれない。

「…明日帰ろうと思ってたけどやめよっか」

明日は5限まであって学校が終わるのは遅い。そのまま自分の家に帰ろうと思っていたけど、父さんも今は論文で忙しい時期だし帰ったとしても居ない。

竜馬の手が、腰から背中に伸びて力が込められた。

「…ん」

小さく聞こえた声に、思わず笑う。そうかそうか、居て欲しいか。明日が終われば土曜日が待ってるもんね。休みの前日ぐらいは居てあげよう。仕方ない。

トクントクンと鳴っている竜馬の心臓の音に耳を預けて、もう一度目を閉じた。次目を開けるときは朝になってるはずだ。早めに起きて洗濯物を畳もうとしてたけど、また戻ってくるなら夜やろう。

ちょっとゆっくりできそうだな。
この前買ったお揃いのマグカップでコーヒーでも飲んで、1限から5限まである地獄のような1日を終わらせよう。そしたら、また竜馬の部屋で、竜馬と会う。


今夜の続きを、またするんだ。






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