16.


付き合って5年が経った今日、俺の一人暮らしをしている部屋にサチが来る予定だった。

大学生になってから一人暮らしをしたが、学生らしい小さい部屋には俺のものは少なくて、最早大学に居座り続けて家に帰るのが面倒になった時に逃げてくる場所として使われているせいで、あいつの物の方が増えていた。

2年生にもなれば、最初は服や下着だけだった物も、アクセサリー、本、鞄とそのレパートリーも増えて行く。

たまに昔のクラスメイトや学科のやつが遊びにくると、笑われる。彼女のためにこの部屋借りてるのかと言われるほどだ。

「竜馬、ごめんまった?」
「いや?」

夜の7時。バイト終わりに行くと連絡来てから半日が経ち、やっと俺の部屋にサチがやってきた。
いや?とか言っておきながら、かなり待ったのは言わない。今日はバイトもなかったし、俺だけが一人で部屋で待っていたせいで、早くバイトおわんねーのかなと思い過ぎたことも、言わない。

サチは部屋に入りながらコートとマフラーを取り、それをハンガーにかけた。こたつに入りながらその光景をじっと見ていれば、何?と笑いながら言われる。

「やっぱり結構待った?」
「待ってねーよ」
「あはは、ごめんね、バイト長引いちゃって」

付き合った記念日、というのは女にとって大事なものの一つらしい。毎年何かしらやっているから、ちゃんと満足をさせてるかはさて置き、取り敢えず俺はその記念日を大切にしてる方の男だった。

「付き合って5年、おめでとー」
「毎回思うんだけどよ、それおめでとうでいいのか?」
「じゃあ、これからもよろしくね」
「…おう」

年越しかよ。
ニコニコ笑いながら、あー寒いと言いながらこたつに入ってくるのを眺めて、俺は隣にずれた。
一人分の隙間は作れなくてもそこに無理矢理入ってくるのが、こいつだ。

「5年も付き合ってるの、すごく無い?」
「まぁ…」
「お互い初めて同士なのにね。今中3の子教えてるんだけど、皆ませてるよ〜」

腕を伸ばして、こたつの机の上に顔を俯かせるサチの頭を、そっと撫でた。
記念日というものは今までそんなに大した事をしてきたわけじゃなかった。高校の時までは金もなかったし、イルミネーションを見に行ったり、去年はまだバイトも始めたばかりだったせいで、とりあえずケーキバイキング行きたいというから連れて行った。

今年は、まぁ。

バイト代を貯めた金で買った、プレゼントを一つだけ。気にいるかどうかは知らない。でも、中学3年からこいつの隣で見続けたからわかる。

こいつは多分、俺がやった物は喜ぶ人間だろう、と。

「ほら」

頭を撫でていた手を下に下げて、腰に回す。右隣に隠していたプレゼントの箱を取り出して、こたつの机の上に置いた。

「え…私もサプライズで買った…!」

考えてることは一緒かよ、と思った。思わず笑い声を出して肩を震わせれば、サチが恐る恐るその箱に手を伸ばして、俺を見てくる。開けても良いか?きっとそう聞きたいのだろう。首を縦に振って、顎で開けろと指示すれば、サチはいそいそと包装紙を破った。

中にあるのは小さい箱。さらにその中には、気にいるかはわからないけど、俺なりに選んだ物。

「かっわいいネックレス…!いいの…!?」
「バイト代貯めて買った」
「うっわ…めっちゃ可愛い…」

サチはあまり、アクセサリーを持ってない。父子家庭だったからあまり父親に甘えたりもしていなかったせいで、大学に入るまでは物を買う習慣がそれこそ、数学の参考書ぐらいだった。高校生の時に、欲しい物を買ってやると言えればよかったが、そうもいかないから。なんならアクセサリーよりその専門書の方が何倍も高い時はあったし。

「ありがとう、竜馬」

サチは笑顔を浮かべて、そのネックレスを首にかけた。大学生になって、バイトで買ったアクセサリー達も、最近は増えてきたようで嬉しそうにしてるのを見ていたから。

だから、似合ってるその姿を見れて少しだけ心が暖かくなった。

「竜馬にもあるよ、はいこれ」

サチがカバンから取り出したのは茶色の袋に包まれたもの。ラッピングされてる赤いリボンを外して中身を確認すれば、皮でできたキーケースが入っていた。

「いつも鍵探すの大変そうにしてるから、使って?」
「さんきゅ」

もらったそれを手の中に収めて触る。はじめて、物を貰った。いつもはケーキとかおかしとか、食べたら消える物の渡し合いだったから。初めて、形に残る物をもらったし、渡した。

思いの外嬉しいもので。アクセサリー何て選んで渡してる自分が気恥ずかしいし、重いと思われないか、とか、何が好みなんだろう、とか。

店員に「彼女さんにですか?」と言われた時の返答の仕方に困ったり。

だけど、別に誰かが見てるわけでもないのに。はっきりと首を縦に振って、恋人への、プレゼントですと、答えた自分に拍手を送りたい。

「ってわけで記念日のケーキたべよ!」
「結局ケーキ買うのな」
「当たり前じゃん、ほらほら、ショートケーキ二つね」

ずっと大事そうに持ってた袋の中入っていたのは白い箱。ぱかっと口で言いながらやけに嬉しそうに開いたそこには、サチの言う通りショートケーキが2つと、プリンが2つ。

「そんな食べんのか」
「5年目だから奮発したよ」
「5年って節目か?」
「キリいいでしょ」

そこで数学科みたいな考えを出さなくてもいいのに。
思わず笑いながら、腰に回した手に力を入れた。こたつは小さくて狭い。二人で入るのもギリギリだ。もっと詰めて、近寄って、距離を近づけて。顎の下に頭がくるように、体を自分のところに引き寄せた。

「10年目はホールケーキにしよっか」

そんな事を笑いながら顔を見上げてきたサチに、笑い返す。

「それもいいな」

お前が食べたいなら、付き合うよワンホールでも何ピースでも。






ALICE+