17.



ビッチ先生と烏間先生がついに結婚をするらしい。元3E全員に、結婚式の招待状が届いた。海外にいる莉桜もこの日のために一時帰国をするらしいから、久しぶりに全員に会えることになった。内心嬉しい。皆どうなってるんだろう。男子とはあまり会わないから、見た目の変化とかめちゃくちゃ気になる。

「ドレスとかないよ…!買わないと!」
「んな焦んなよ…」
「ビッチ先生の結婚式だよ…!?」

絶対に盛大にやるに決まってる。烏間さんが黙ってなさそうだけど、あのビッチ先生だ絶対に豪華絢爛をテーマにしていそう。

「ドレス!どうしよう!」

パーティードレスなんて一介の大学生にすぎない私に持ってるわけない。男の子はスーツとかあるし良いだろうけど、女子はこういう時大変だ。
私はパーティドレス一覧を律に開いてもらいながら、それを竜馬に見せていた。

コーヒーを優雅に飲みながら、何をそんなに焦っているのやらと言いたげな顔で見てくる竜馬の膝を叩いて、早く見てと急かす。

「なんでも良いだろ…」
「当分友達の結婚式とかはこれ着てでるんだからちゃんと選んで!」

一枚買ったからはいまた一枚、とはいかない。高いやつは高いんだからこれ。

ピンク色とか黄色とか青色とかそういうので良いから、と言えば、竜馬は私をじっと見つめた後に小さく「…青」と、答えた。

「青?」

ちょっと意外。私青のイメージでもあった?と聞けば、そういうわけじゃないと言われる。じゃあなんだよと聞けば、別にそうではないけど、となんとも煮え切らない答え方。

いいからなんで、と何度も質問すれば、竜馬は少しだけ顔を赤くして私の頭を押さえつけながらこう言った。

「下着の色青多いだろ…!」

そういうことか、と勝手に納得する。散々聞いておきながら、あぁ、とすごく塩対応な返しをしてしまった。
竜馬は舌打ちを打って、頬杖をつきながらテレビを見始めた。恥ずかしがり屋め。そういうところは、5年前からずっと変わらない。

「律、青のドレスだけ見せてくれる?」
「かしこまりました、マスター」

律にそう声をかけた私をチラリと見た竜馬に、ん?と聞けば、なんでもないとまたそっぽをむかれてしまった。でもその耳は赤くて、ほんと照れ屋さん、と心の中でほくそ笑んだ。







「ビッチ先生〜!!めっちゃ綺麗!可愛い!」
「あら、サチも来てくれたのね、莉桜も一緒じゃない」

ビッチ先生達の結婚式はすごかった。流石防衛省所属の烏間先生の結婚式。現れた人達の屈強な姿と言ったらすごい。ビッチ先生も流石で、かつての暗殺の仲間とかそういうのもいて、これは一触即発では…?とさえ思ったけど、まあいいのかな。

ビッチ先生は、とても綺麗だった。長い髪の毛をアップにして、そのグラマーな体型をいやらしさ0%で見せつけてくれるウェディングドレス姿なんて完璧としかいえない。岡島の鼻の下が伸びてるのさえ除けば、完璧な姿だ。

「ビッチ先生やば〜めっちゃ幸せオーラ出てる〜」

ニヤニヤ笑いながらそう茶化す莉桜に苦笑いをして、でも本当にそうだなと、頷いた。
ビッチ先生はどこからどう見ても綺麗。幸せな花嫁のオーラが丸出しだった。

「サチ、元気にしてるの?莉桜は海外での話をよく連絡してくれるけど、サチ、あんたは全くして来ないわね?」
「う、恥ずかしいんだよ〜私あれから英会話全く出来なくなっちゃってさ」
「あら、ひどいわね」

ビッチ先生は優雅に、口を手で覆いながら笑ってそう言った。酷いよね、ごめんね〜でも竜馬は英会話できてるよ、と伝える。

後ろの方で3Eの男子たちに囲まれながらシャンパンを飲んでる竜馬をチラリと見て、ピッチ先生はその目をニヤリと細めた。

「それで?二人は順調なの?」
「聞いてよビッチ先生、この二人、最近やっと一線を越えたんだよ」
「へえ〜…15歳から付き合ってるわりには随分と遅いのね」
「それ、今話す事じゃなくない?」

こんなお祝いムード沢山の中で私と竜馬の夜の話とかしなくていいんだよ。なんてニヤニヤしながらビッチ先生に話してるんだこいつは。私は持っていたグラスを傾けて、ヒールのある靴で彼女の足を軽く蹴った。

「順調ね」
「そ、順調順調」
「うるさいよ、二人とも」

今日はビッチ先生の結婚式なんだから。私達のことを話す必要なんてない。グラスに入ったままになっているシャンパンをぐいっと喉に押し込んで、少しだけ赤くなった顔のまま私はビッチ先生を睨んだ。

「とにかく、おめでとうビッチ先生」
「ええ、ありがとう」

にこりと笑ったその笑顔が、なんとも言えないぐらい可愛い姿だった。昔の先生じゃ想像もできないな、と思ったけど。でも、あぁ一回だけ、こんな顔を見た気がする。ビッチ先生が拐われて、皆で助けに行った時。烏間先生が花を一本渡して、誕生日おめでとうって最後に伝えたあの時の顔だ。

恋をする乙女の顔は、今も昔も変わらないらしい。







「最高に楽しい結婚式だったね〜ちょっと飲み過ぎた」
「あぶねぇな、ヒール折れんぞ」

結婚式とその後の披露宴、二次会も終えて私と竜馬は帰路についていた。夜の帳が下りた暗い道を二人で歩く。このまま家に帰るか、それとも竜馬の部屋に戻るか、まだ決めていない。

「ビッチ先生綺麗だったなー」

白いウェディングドレス、女の子なら一度は憧れるあれを、あぁも幸せオーラ満杯で見せられたらこっちまで幸せになってしまう。
竜馬の腕にしがみつきながら、ゆっくりと歩いて彼の顔を見上げた。竜馬はお酒が強いわけでも弱いわけでもない。少し赤くなってる顔で、私のことを支えながら歩いてくれていた。

「んだよ、こっちみんな」
「うわ、ひど!」

そうやって言う時は大概照れてる証拠なのだ。
彼に肩にかけてもらったジャケットの裾を掴んで、ヒールを履いてもまだ埋められない身長差を誤魔化すように、少しだけわざと踵を上げる。

竜馬は私の手を引っ張って、何やってんだ、と呆れたように笑った。

「背高いよね、ずっと伸び続けてる」
「お前は縮んだよな」
「これでも伸びてるからね!?」

酷いな全く。
ふぅ、と息を吐いて足を止める。竜馬のアパートの前に着いた。このまま真っ直ぐ歩いていけば私の家に着く。どうしようかな。お酒の回った頭は外気に触れながら歩いたことで少し冷めてきた。ヒールは高いけどまぁなんとか歩けるし。

自分の家の方に帰ろうかなと、竜馬の顔ちらりと見る。彼はやけに熱のこもった目で私を見つめていた。

「……私、ほろ酔いだよ?」
「俺も。明日の朝、送ってく」
「それは構わないんだけど…」

ドレス、ちゃんとクリーニングに出したい。竜馬の部屋には自分の服もあるし明日それ着て帰る分には良いんだけど、ちゃんと丁寧に脱がせてくれるかな。

引っ張られるままにカツカツと階段を鳴らしながら竜馬の部屋へと入った。バタンと閉じられる玄関の扉。人感センサー付きでは無いそこは、スイッチを押さない限り暗いままで。竜馬は珍しい程に少し乱暴な力で私の肩を握って、玄関の扉に私の背中を押しつけた。

「…どーしたの」
「ドレス姿が…いつもと違うから」
「違うから?」
「綺麗だな、って思った」

言葉を知らない外国人みたいにカタコトで話してくる竜馬。こう言う時、だいたいこの人は照れている。可愛いとか綺麗とかあまり褒める言葉を言わないのに、それでも私がいつも嬉しいと思うのはこうやって態度に出してくれるから。

あはは、何その顔、お酒のせいじゃないよね、その赤さ。

「ベッドがいいな」
「ん…一回キスさせろ」
「なんて横暴な…」

外にいたせいで冷たい唇が、私を覆う。背中に回った手が、ジーッとドレスのチャックをゆっくりと下に下げていって。
外気に触れた背中をやんわりと触られた。冷たい癖に、手だけはやけに熱い。

一度だけ触れたそれが離れて、やけに紅潮した頬のまま竜馬が私を見下ろした。
そのまま両脇に手を突っ込んで俵担ぎされる。足をバタバタさせてヒールを落として、肩にかけたままだったジャケットも落ちて。

「ねえねえ竜馬さん」
「なんだ」
「随分と余裕ないんですね」
「あぁ…」

リビングに入って、ベッドにそのまま放り投げられる。だからドレスに皺つけたく無いこんな乱暴に扱われたら汚れちゃう。少しだけ睨んで、ネクタイを解きながらベッドに片膝をついた竜馬を見上げた。

竜馬はそんな私を見下ろしている。

「なんか言われたの?」

男子たちに囲まれていた竜馬を思い出す。皆に色々茶化されてるなぁとは思ったけど。一体何を言われたのか。カルマくんのニヤニヤしてる顔とか、他の男子のニヤケ顔とか、多分ろくなことじゃ無いだろうあれを思い出して、首を傾げた。

竜馬はベッドに乗っかって、両手を私の顔の横につけた。近くなる顔。お互いにお酒の匂いが少しだけする。見た目はドレスとスーツ姿でちょっと大人っぽいのに、心や中身はやっぱり昔から変わらなくて。

カーテンの閉じて無い真っ暗な部屋に、月と星の光だけが入り込んだ。たまに車が通って、ライトが着く。そんな光の隙間から見える竜馬の顔は、照れてる様子も無い結構真剣な顔だった。

「…別に」

竜馬はただ一言だけそうこぼすと、グッと顔を近づけて私にキスを落としてきた。
まぁ、嫌なことを言われた訳ではなさそうだ。昔から強面のくせにイジられキャラだったもんね、仕方ないか。

そんなことを頭で考えながら、降り注いでくるキスと、サワサワと私を触ってくるいやらしい手つきの彼の動きに身を委ねた。

私と竜馬も、もうこんなことをする歳になったんだ。いつまでも、茶化されるような関係じゃいけないでしょ?ちゃんと、大人になったって事わかってもらわないと。

別に、見せつけるものでは無いんだけどね。





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