結婚式、というのは誰かのやつだとしてもこんなにも心にくるものだったのか。別にビッチがどうなろうと知ったことではないし、恩師には変わりないのでお幸せに、という単純な気持ちで終わるだけだと思った。
幸せのお裾分け。そんなもの、欲しいと思ってるわけじゃないのに。
「新稲綺麗になったよな〜寺坂、よくお前あいつと付き合ったな」
「数学者の娘っていう堅物な印象まるっきり無視だったもんなお前」
久しぶりに3Eの奴らが勢揃いした。男子は男子で、女子は女子で集まって話をして。たまに入り乱れることもあれど、大体は中学の時に過ごしてたメンツで固まっていた。
ビッチの結婚式らしい派手な催しにパーティー会場。殆どが防衛省の人間だらけの中、学生で参加してるのは俺たちだけだったせいもあって、壁に寄りながらそんな披露宴を眺めていた。全員が立ってる薄暗い部屋の中。結婚式披露宴というよりは、ただのパーティーだ。
その時に、不意にそんな事を言われた。男子の視線は速水や片岡に釘付けだったのに、気づけばサチに変わっていた。あんまり見るなと言いたかったけど、それを言えばカルマあたりに茶化されそうだから言わなかった。
「垢抜けたな」
「そうそう、イトナが言いたい事言ってくれたわ」
村松がイトナの頭をぐりぐりと撫でなから、ニヤリと笑ってそう言った。20にもなってるんだから、そりゃ垢抜けるだろ。あいつだけじゃなくて他の奴らだって。俺だって、少しは垢抜けてるはずだ。
「お前は全然だな村松」
「ああ!?」
シャンパンの入ったグラスを傾けて、喉に押し込む。グッと熱くなるのを我慢して、グラスを交換してもらおうと歩いた。後ろでは何か騒いでる村松の声と、それを抑えようとしてる吉田達の声が聞こえてるが無視だ。
サチが垢抜けたことなんて俺が一番知ってる。高校も大学も違うけど、それでも一緒にいた時間は長いのだから。
綺麗になったし、可愛くなった。制服を脱ぎ捨ててからはさらに。私服のレパートリーだって増えたし、アクセサリーだってつけるようになった。
アルバイトを始めてからは、今までの我慢なんてなくなったかのように好きなものを買うようになった。着飾ってるあのドレスだって、付けてるネックレスだってイヤリングだって。本当は俺が、買ってやりたかったさ。
「寺坂〜新稲ちゃん人気者じゃん?」
「っせーな」
カルマが俺の肩に腕を回して、そう言った。前髪を上げて、オールバックにしてる顔はいつもの憎ったらしい顔つきとは違くて。それでも、そのニヤケ顔は相変わらずだった。
カルマは俺の手から空いてるグラスを取って、そこをちょうど歩いていたウェイターに渡した。そのままトレイの上から勝手にグラスを二つ拝借する。俺の手に一つを乗せて、カランと鳴り合わせる二つのグラスが揺れた。
「で、二人は順調?」
「お前、随分と俺とあいつのこと気にかけるんだな」
「まぁね、新稲ちゃんの事気になってたし」
「は?」
楽器隊の音、他の奴らの話の声、ビッチと話してる女子たちの笑い声、こっちを丁度見ていたサチの視線。全部が止まって聞こえて、見える。1度目を瞬かせて、隣に立ってるカルマを見れば、こいつはしてやったりと言った表情を浮かべて俺のことを見上げていた。
からかいやがって。
「あっはは、寺坂柄にもなく焦ってんじゃん。誰もお前の恋人取らないって」
中学の二人を見てる奴らなら、誰だってそう思ってるよ。
カルマの言葉に、一度開き掛けた口を閉じた。
高校の頃、滅多にしない喧嘩紛いなことをした事がある。一緒に居ないからこその、同じ高校じゃないからこその、喧嘩。
あいつはいつでも、どこでも冷静なやつで。弱い俺を見透かしてる目で見てて。じゃあお前はどうなんだよって。お前は、弱くないのか、って。
「それに、新稲ちゃん、お前が思ってる以上にお前の事好きだよ、あの子。それを1年間隣で見続けたら、誰も手出そうなんて思わないって」
カルマの揶揄ってる言葉に、少しだけ赤面する。好きだと自覚したのは俺の方が遅かったし、多分あいつは早くから俺のことを見てくれてた。それはもちろん、わかってた。
カルマの腕が肩から外れる。俺の方が背も高いし、ガタイもいい。鍛えてるおかげで筋肉だってついてる。細くてひょろ長いカルマよりはがっしりしてるし、頼りがいのある男だろ。
それでも、元々備わってるその、先天的なカリスマ性というのはどれだけ生きていても養われるものではなくて。カルマは俺の顔を見上げながら、グラスを少しだけ傾けて腕を組んだ。
「幸せにしてやりなよ。お前だから、あの1年間皆してお前ら二人を、守ってたんだろ」
結婚式というのは、人を変えさせるらしい。幸せのお裾分けなんて、求めても居ないし必要なものでもない。未来への希望とか、明るい将来を一緒に、とか。そんなの他人に頼るものでもない。
でも。旧知の仲であるこいつに言われると。嫌いだったし何なら今だっていけすかない奴だと思ってるカルマに言われたら。
幸せにしてやるに決まってるだろ、と。啖呵を切りそうになった。
「なぁ、話あんだけど」
「お?どした?」
結婚式からはや数ヶ月。大学3年にもなれば、就活やら何やらを考え始める学生が増えてくる。そんな中、俺だって考えないわけがない。
俺のテーブルの半分を占拠して、パソコンを開いて何やらむずかしい数列をタイピングしてるサチに声をかけた。俺のパソコンの画面には、メールの一文。それをぼーっと眺めながら、サチがパソコンを閉じるのを待った。
「どうしたの?」
メガネを掛け直しながらそう聞いてきたサチを見て、俺は一度頬をかいた。
改めて言うのも、恥ずかしい。俺の太ももに手を合わせて、身体を乗り上げてきたサチの腰に手を回して、持ち上げて太ももの上に乗らせた。ほら、パソコンを見ろ、と指をさせば。
そこに書かれているのは、議員インターシップの合格の知らせ。
「…!?竜馬やったじゃん…!」
「おう…」
振り返ったサチの顔が近い。何回だってキスもしてるのに、未だにこの急激な近距離には慣れない。少しだけ顔を離して、目を輝かせてるサチの頭を撫でた。
政治家になりたいわけじゃない。カルマの言ってた内閣総理大臣なんてものになれるほど、自分の能力に自惚れてるわけじゃない。
でも、目の前のこの女が心配せずに俺に気を取られずに、ずっと計算できるように。大好きな数学で生きていけるように。自由に、その頭を使えるように、俺も一人前にならないといけないだろ。こいつを守るために、俺がそばで見守っていないといけないだろ。
「…とりあえず、行ってみる。クソ面倒だけどな」
「夏休み全部潰れるんだっけ?」
「おー…」
「わかった、その間の洗濯やら何やらやっておくよ」
「お前だって、バイトとかあんだろ」
「それはそれでしょ。父さんに言わなきゃな〜めっちゃ喜ぶよあの人!」
俺より勝手に舞い上がってるサチに、笑みが溢れた。勝手に暴走するのも、勝手に自己完結するのも、こいつの癖だ。全部自分の中で計算して進んでいく。俺はいつもそれを追いかけて、一歩先で待ってるサチの手を引っ張っるために、走ってきた。
やっと、追いつける。
やっと、堂々と胸を張れる。
やっと、守れる。
携帯を握りながら早速父親に電話をしてるサチを、後ろに手をつきながら眺めた。いい加減俺の上からどいてくれよと思いつつも、まぁいっか、って心の中で思いながら。
俺だってまだ自分の親にも言ってないのに。俺のことのように嬉しそうに話してるサチの笑顔を見れば、そんな不満も全部消えていった。
タコ野郎。やっと一歩進んだぞ。自分の恩師にも、見せつけてやりたい気分だ。
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