20.


竜馬が無事に、就職活動を終わらせた。気づいたら大学四年生。彼もまた少し成長した顔を見せて、就活終わったわ、なんて結構普通に言ってきた。去年インターンで行った所にそのまま就職させてもらえることになったらしい。

わぁ…本当に政治家に一歩近づいてるじゃん。ちょっとだけカルマ君に報告したい気持ちだ。そんな事を言ったらきっと、竜馬はやめろと言いながら怒ってくるんだろうけど。

「ねぇ、旅行行きたい」
「温泉だろ?」

就活が始まる前に竜馬が言ってくれた言葉。全部終わって落ち着いたら、どっか行くか。あの言葉結構嬉しかったんだよね、竜馬と旅行かぁって。初めて出会ってからもう8年?ぐらい経ってる。私も彼も、随分と大人になってしまった。

「院試は終わったんだろ?」
「うん、無事終了。そのまま進むしね、口頭で研究発表して諮問されて終わり!」

落ちることはないだろう。むしろ私を落とす気なの?そんな自信に溢れてる。大学に進んでから、数学に触れる機会が増えた。今までの比じゃないぐらい沢山沢山問題に触れた。研究室に篭り過ぎて竜馬に怒られることもあったけど、今ならなんとなく父さんの気持ちがわからんでもないのだ。

家に帰るのが億劫。ずっとこの問題と向き合ってないと、もしかしたら二度と答えがわからないかもしれない。

あの恐怖を、一人で抱えていたのなら、父さんはやはり尊敬できる数学者だ。

「温泉私決めても良い?」
「いいけど、どっかもう決めてんのか?」

低いローテーブルの中、足を無理やり詰め込んで竜馬の腰に抱きつく。秘密。そう耳元で言ってやれば、彼は少しだけ頬を赤く染めて、私から距離をとった。






温泉旅行はとても楽しい。人も少ないし、温泉まんじゅうとかめっちゃ食べてしまった。久しぶりの旅行だったから律も連れて行きたかったのに、彼女は彼女でネット内で絶大な人気を築き上げてしまったため、ライブをしてる。たまにはお二人で楽しんでください、とか言っていた。竜馬がそれを聞いて小さくガッツポーズをしてたな。

高校の時は確かに、20時になったら律が出てきて帰りましょう、とかそう言うの言ってたし、若干トラウマでもあんのかな。

「お前まんじゅう食べ過ぎ、夕飯入んのかよ」
「それとこれとは別じゃん?」

呆れてる顔の竜馬に手を引っ張られながら、温泉宿へと戻る。あぁまんじゅう、私の饅頭。しゅんとした顔を見て、竜馬が笑った。

温泉宿は私が決めてあげたのだ。ここのご飯が美味しいから、あとは景色が綺麗で、温泉も美肌になるらしいし。もっとお金があれば少し位の高い部屋にして、部屋の中に露天風呂、とかめっちゃ素敵だったんだろうけどまぁ学生の身分でそれは難しいので、今後にとっておく。

それでも全然良い部屋だ。ドアを開ければ広がる綺麗な山々に、畳のいい匂い。これぞ、ザ・温泉!私のGoogle検索も意外にいい仕事するじゃないかと褒めて欲しいよ。

「温泉入りに行く?」
「おう、浴衣ここにある」

荷物を床に落として、襖を開けたその中に入ってる浴衣を手にした。もっと丁寧におけよと竜馬は言うけど、そこはもう彼の仕事として受け持って欲しい。ワクワクしながら浴衣を手にして、これの前で服を脱いだ。

何回も脱いでるし何回も脱がされてるのに、何故この人は普通の時になるとそんなに赤面するのか。今から温泉に入りますよ〜って雰囲気の時に服を脱いでるだけなのに。

そんな所が好きですけどね。

「お前もうちょい恥じらい持てよ」
「えーエッチの時はあんなにがっつくくせに」
「それはそれだろ」

私だって脱がされる時は恥じらいを持ちます〜。わざとそう言って、下着姿の身体に浴衣を合わせた。竜馬がやれやれと言いながら帯を持って、私の腰にそれを合わせる。近くなる距離。竜馬の鍛え上げられた身体が目の前に広がって、自分たちの部屋じゃない場所で向かい合う。それが少しだけ特別に感じる。

「…緊張すんなよこっちも緊張する」
「え、バレた」

大好きな人の胸元が目の前にあって、どうやったらドキドキしないのか教えて欲しいよ。





「サチ、まだ起きてるか?」
「んー…」

温泉も入って、美味しいご飯も食べて。プチ旅行は最高に楽しかった。明日の朝には帰るけど、大人になってもまたこうやって温泉旅行したいなぁと思うぐらい、竜馬との初めての旅行はいい思い出になりそうだった。

浴衣を着て、布団に入る夜の11時半。灯りの消えた部屋に私と竜馬の吐息が響く畳の和室は、いつもと違う雰囲気があってドキドキした。
隣同士の布団は、片方は使わない。竜馬の布団の中に潜って、窓の方を向いてる私の後ろから、竜馬の腕が伸びてくる。

目を開けて窓を見た。開いたままのそこからは月の光が入っていて。灯りなんかつけなくても明るいのだ。

「…卒業したら、一緒に住もう」

大学に入る時に言われていた言葉。一緒に住まないか?のあれ。四年後の今、彼はまた同じことを言ってくれた。

しかも堂々と。あの時みたいに恥ずかしげにでもなく。私のことを抱きしめながらはっきりと、そう言ってくれた。

「職場と大学の中間で、住もう。生活費は俺の方が働いてるし、7:3で。あんま高い部屋は住めねぇから安いとこだけど、もっと働いて金稼いだら、でかいとこ住もう」

腰に回った腕に力が入る。私を抱きしめて、強く抱きしめて、耳元で囁く竜馬の気持ちが、嬉しい。痛いほど強く伝わって、それがなんだか幸せで。

私は彼の腕の中で、何度も何度も首を縦に振った。一緒に住む。竜馬と同棲する。カタコトの言葉を聞きながら竜馬は笑って、なんでカタコト、って同じように端的に言うのだ。





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