5.



キスの仕方なんて知らないし、いや知ってはいるんだけどそんな恋人である寺坂君にするためのキスなんてわからない。分厚いアドバイスブックをパラパラとめぐりながら勉強していれば、不意に「キスの仕方」なんて書かれたページを見つけてしまって、私は夏休みの宿題どころではなくなった。それが昨日。

暗くなってきた外。太陽も落ちて空はようやく夜になってきた。周りの人はまばらだったのに、ぎゅうぎゅう詰めになってきて、お尻に敷いていたビニール袋を引っ張って、私と寺坂君はくっついた。

「あ……」

やけに近い距離、寺坂君は私の腰に腕を回して距離を縮めた。いや、わかる。わかるんだよ今のこの状況では多分それをすることが周りへの配慮になる。わかるけど、昨日見たキスの仕方というものを見てしまった手前頭の中はぐるぐると回る。

どうにか思考を逸らそうとしても結局頭に浮かぶのはキス。莉桜のキスしてよ!なんて茶化してたあの言葉でさえ今は離れない。

あーもうなんて事を言ってくれたんだあの子は。

「どうした?暑いか?」
「ううん、大丈夫だよ」

寺坂君が顔を近づけてそう聞いてきた。もうそろそろ花火が打ち上げられるらしいアナウンスの言葉が響く。耳元に口を寄せてそう答えれば、寺坂君は小さく頷いた。

さて、ここで思い出さなければいけないのはキスの仕方の中に書いてあった、名前を呼ぶ、という行為。いや、別な名前呼ばなくてもいいとは思うんだよ?だけど確かに、私達付き合って半年は経ってるのにまだ名前で呼び合ってない。キス以前の問題では?

「あ、あのね、寺坂君」
「ん?」

寺坂君の胸元に手を置いた。少し近づけた顔、彼は少しだけ仰反って、こめかみを掻いた。
腰に回った腕に力が込められる。人が増えた、余計に寺坂君に近寄ってしまい内心恥ずかしい気持ちもある。寺坂君はそんな事どうも思っていないのか、少し首を傾げて私を見ていた。中学生の頃も庇ってくれてたし、それと同じだと思えばいいのか?いやどうなのそれ。

「新稲、もう少し近寄れるか?人が増えてる」
「あ、うん…」

寺坂君、まじで何も思ってないなこれ。私だけがキスのことばっか考えてる恥ずかしいなこれ。
今日は、去年行けなかった花火大会を見る約束を果たすための日だ。キスばっか考えないで、ちゃんと寺坂君とのこのデートを刻まなければ。よし、と意気込んで顔を見上げる。
何故かじっと私を見つめていた寺坂君と目があって、お互いに顔を離した。

さっきまであんなに近寄って焼きそば食べてただろ。

もしもこの場に前原君とかカルマ君が居たら笑われながらこう言われていただろうな。
違うんだよそれとこれとは別物なんだよ、わかってくれよ!

「あ、花火…」

なんてもやもや考えていたら、花火が上がった。
大きい音を轟かせて夜空を彩る花火。周りの人たちが見上げる。私も一緒になって空を見れば、大きい花火が、降り注いでいた。

「綺麗」
「……だな」

一緒に花火大会行こうね。そう言っていた去年、結局行くことは叶わなかった。来年こそは、なんて思っていたら気づけば恋仲になっていたんだけど。隣に座る寺坂君は、私と同じように花火を見上げて、いつも仏頂面のその顔も心なしか笑顔が浮かんでいた。

お父さんの浴衣を借りたらしい、少し渋めのグレーの浴衣。そんな姿も似合っていて、私も笑顔を浮かべた。

「あのね」
「なんだ?」

大きい花火に負けないように、彼の耳元に口を寄せた。少し屈んで聞き入れる体制をしてくれた寺坂君の肩に手を置いて、言葉を続ける。

「竜馬って、呼んでもいい?」

多分私は今、顔が真っ赤な自信がある。
告白した時より恥ずかしいかもしれない。だけど、なんだろう今なら言える気がしたんだ。

寺坂君は一瞬固まった後、私の耳元に口を近づけた。

「……俺も、サチって呼んでいいか?」

なんだ、寺坂君も顔が真っ赤だ。考えてることは一緒だったのかもしれない。
思わず吹き出した私を見て、彼は焦ったように慌てる。私は寺坂君の、いや、竜馬の手を握って、首を縦に振った。

「うん、サチって呼んで?」

一際でかい花火が打ち上げられる。おおーなんてどよめきの声がそこら中から上がり、私たち2人も空を見上げた。

「今年は花火が見れてよかったな……サチ」
「そうだね、竜馬」

気恥ずかしいそれも、きっといつか慣れてくれるはず。今は顔が真っ赤な竜馬を見て、きっと花火のせいだな、なんて気の利いたことで誤魔化してあげようじゃないか。

そんな私もきっと、花火のせいで顔が赤いんだから。






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