9.



「…ぁ……見ちゃった…」

遠くといってもそこまで遠いわけではないけど、人を数人挟んだ距離に、見知った顔の2人が見えていた。中学の頃からずっと付き合ってることは知っていたから、きっとデートなんだろうなと思って見ていたけど、まさか、そんな場面を見てしまうなんて。

「渚……」
「う、うん……」

寺坂君と、新稲さんが、キスをしていた。

僕と茅野は、繋がってる手をお互いに顔を真っ赤にしながら強く握った。見てしまった。いや、付き合ってるんだからそりゃそうだ。なんなら僕と茅野は、助けるためとはいえクラス全員の前でキスしてるし。それも結構なものを…。

「これ絶対にカルマ君には言えないんじゃ…」
「俺がなんだって?」
「カルマ…!」

聞こえた声に後ろを振り向けば、そこにはカルマが立っていた。マフラーをつけて寒そうにしてる。いつのまに彼女でも作ったのか知らないけど、カルマの隣には知らない女子生徒が立っていて、頭を下げられた。

「いや、違、くて…!」

絶対にあの2人を見せたらいけない。僕と茅野は2人でわたわたと両腕を振りながらカルマの視界を遮ると、カルマはうざったそうに僕の腕を握って隠そうとしていた方向を無理やり見た。

「何をそんな……へぇ…」

見たのか。

見たのか!?

カルマはニヤリと笑って口を開いた。

「寺坂と新稲ちゃんじゃん、ビッチ先生に教わったのはなんだったんだって感じだねあれ」

あははと愉快そうに、むしろ悪魔のツノを生やしながら笑ったカルマを見て、僕はため息をつく。ごめんね新稲さん、寺坂君。守れなかったよ。

諦めて僕たちも彼らをチラリと見た。

新稲さんが、寺坂君の肩に手を置いて、嬉しそうに笑っている。小鳥のように啄む程度の、一瞬のキスだったけど、それでもすごく幸せそうに微笑む新稲さんが、なんだか見ていてとても暖かかった。
寺坂君の表情が見えないのが少し残念だけど、多分彼も喜んでるんだろうな。

いつも、寺坂君は新稲さんのことを見ていた。僕がそれに気づいたのは、殺せんせーが3Eにやって来て、暗殺教室が始まってから。周りを見たり色々な情報を揃えるために洞察力を鍛え始めてから、なんとなく気づいていた。

寺坂君がまだクラスに馴染む前から、新稲さんはいつも寺坂君と普通に話していたし、そんな新稲さんの事を、寺坂君はいつも気にかけていた。

優しいな、と僕はその時思っていた。
寺坂君、女子には優しいのかな、程度だったけど。

「見てよ。寺坂のやつ、新稲ちゃんの手をポケットに突っ込んでる。やるね〜あいつ、意外に男らしいところもあんだ」

カルマが面白そうにそう言った。言われた通りに視線を下に下げれば、確かに寺坂君のコートのポケットに、新稲さんの手が入っていた。

「サチ、幸せそう」

茅野のつぶやいた声に、僕も頷いた。
幸せそうに、寺坂君を見上げる新稲さんが、とても綺麗に見えた。ツリーのイルミネーションなんて目じゃないほどに、きらきらしてる。

「うん、なんだか、去年までの新稲さんのイメージと違うね」

僕の中での彼女のイメージは、女の子らしいと言うよりは、数学が大好きなことを除けば普通の女の子、と言うイメージだった。クラスの皆と隔たりなく話すし、気づいたらいつも分厚い参考書を広げて律と楽しそうに計算をしていた。数学者の娘、なんてイメージからは遠く離れた人物だったのは確かだったのだ。

「そ?あの子、結構寺坂にアピってたじゃん」

カルマはそう言うと、ニヤリと笑って僕の腕を離して、それじゃあと手を挙げた。ずっと放置してた女子生徒の手首を引っ張って歩き出す。彼らの後ろ姿を見送って、僕と渚も顔を見合わせた。

「カルマ君、意外に手は繋がないんだ」
「ツンデレだよね」

ふふ、と笑って、僕は繋がった茅野の手を握る。寺坂君みたいなことは出来ないけど、皆それぞれの恋愛をしているんだなと感慨深くそう思った。






後日、3Eの男子限定のグループラインにカルマが爆弾を落とした。

-寺坂、人目のつくところでキスなんて熱いね

そのメッセージが投下されたあとの動きと行ったらすごかった。前原君がそれに乗っかって、写真ないのか見せろとか言うし、寺坂君のブチギレのメッセージに吉田君と村松君が必死に宥めようとしたり。

皆、なんだかんだでこの二人のことをずっと見守っていたいんだな、と、なんとなく思った。
寺坂君に教えてもらったらしい、新稲さんが個人的に僕の方にメッセージを飛ばしてきた。

僕はお風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら、返信をした。

-カルマ君と一緒?
-違うよ、ごめんね新稲さん
-ううん、大丈夫。じゃあ今から、


その後のメッセージを見て僕は青ざめた。流石、数学者の娘。あのマッハ20の計算お化けと共闘していた姿を思い出して、僕は笑ってしまった。



『カルマ君の携帯ハッキングするから、黙っててね』



あぁ、怒ってるなぁ。僕は思わずそうつぶやいて、携帯を置いた。

その後、グループラインがどんどん白熱していって、通知の音が鳴り止まなくなった。ドライヤーを止めてもう一度見たら、通知の数は300。いや、皆凄いな。怒涛だな。男子のグループだけじゃなくて3E全体のグループにまで発展してるよ。皆の熱量すごすぎじゃないか?

開いてみれば、カルマの投稿した写真は寺坂君と新稲さんの写真ではなくて、僕たちの1年間の思い出がたくさん詰まった写真だった。

-ちょっと新稲ちゃん、律通してハッキングするのやめてくれる?
-カルマってばこんなに私達のこと盗撮してたわけ〜?

中村さんのニヤニヤとした顔が思い浮かぶ。
僕と殺せんせーの写真や、カルマが一緒に撮ったのだろう中村さんとの写真、夏休みに皆で一杯勉強しながら暗殺計画を立てた時の写真。沢山沢山、投稿されていた。

懐かしい。そう思いながら順繰りに見ていくと、途中から雲行きがあやしくなった。茅野が暴れた時の写真だ。まだ1枚目。僕が茅野に近づいた時。

-htっとっって!!

慌ててメッセージを打ったから誤字がひどい。待って新稲さんそのままハッキング続けたら!

-ああああああ!!!新稲さん!ストップ!!!!
-サチやめてえええ!!!!

茅野のメッセージも現れた。
ピコンピコンと鳴りながら、写真が出てくる。僕と茅野が、キスしている時の写真。

-いいね、新稲ちゃん
-とんだとばっちりだな渚
-これ私もやろうか?めっちゃあるよ〜
-中村さんやめて!?

何枚か連続で落とされた後、写真の投稿が止まった。落ち着いたか?と肩を上下にしながら息を荒げていれば、新稲さんがメッセージを飛ばしてきた。

-見てたの知ってるんだからね、渚君と茅野っち

えいっ、と書かれたスタンプ付きのそれに、思わず僕は参りました、と呟いた。顔を真っ赤にさせながら。





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