元々第二王子だということは理解していた。別に王を継げるわけじゃない。例え能力に恵まれていても、例え知識に恵まれていても、生まれた順番でそれは確立される。

生まれた瞬間から、望まれない人間だとわかっていた。それでも、幼いのだから望んでしまうだろうまだ生きて数年だ。求めてしまうものだろう。俺を必要としろと、俺を求めてくれと。

俺が求めているのだから、手を差し伸ばしてくれと。


「第1王子の誕生だ!!!」
「チェカ様、万歳!!」

甥が生まれた。ありがたいことに、これで俺の王位継承権は永久に剥奪されることになる。民の声が騒がしい。衛兵の鼓動が煩わしい。楽器隊の音色がまとわりつく。

いなくなれと願った。全て砂に変えてやりたかった。俺の居場所はどこにある、俺はどこにいればいい。
不安と苛立ちが渦巻いて、俺の胸の中を堂々と巡っていく。邪魔だ。邪魔でしかないそれに、俺は頭を掻き毟った。

苦しいと。ここから逃げ出したいと。

王の弟である俺は、甥の生誕のお祝いに出なければいけない。しかし、今俺がそこにいけば、全てが終わると思った。自分の価値と、自分自身の意思が、全て砂になると思った。

「...一層のこと、自分を砂にできればいい」


残念なことに、自分にその魔法を使うことはできないのだが。


「レオナ」

そいつはまた、現れた。

初めて出会ったあの時とはもう違う。小さい少女だったあいつが、俺と同じように成長した。背も高くなった、髪は長いままだった。それでも、俺と同じエメラルドの瞳が、変わらずにそこにあった。

「...また来たのか、お前」
「また来てあげたよ、王子様」

部屋の窓から見える民の騒ぎに、堂々と自分の子供を見せしめる兄貴の姿を、俺は目を尖らせてみた。床に座り込み、片膝を立てたその上においた手が、強く拳を作る。

悔しい。悔しい。悔しい。

俺が一番目に生まれていれば、こんな気持ちにはならなかったというのに。

「泣かないで」
「泣いてねぇ」
「泣いてるよ」
「泣いてねぇ...!」

サラダが、俺の肩に手を置いて座った。優しくなでるように動くその手。
心地良いのは確かだった。心が落ち着くのもわかっていた。

それでも、認めたくないと。誰よりも王に近いのは、俺ではないのかと、そう自分に投げかける。


「泣かないで、王子様」
「泣いてないと言ってるだろ...!!」

俺は王子じゃない!!!!

肩にあるサラダの手を、思い切り腕を振るうことで外した。パシンとなる乾いた音。空中に浮かんだサラダの手が、少し震えているのが目の端に見えた。

叫んだ声が室内に響く。無音の部屋でのそれは、やけに響いて聞こえた。

「...レオナ」
「俺は王子じゃない。今、この瞬間、永久に剥奪された...!俺はなんのためにいる?能力も、知識も、王になれるべくして持っているだろう!なのに何故、俺が二番目に生まれたせいで、不必要だと見捨てられなければいけない!」

第二王子でも、やるべきことはある。王政に携わることも、国の整備だって、第二王子でもやることができる。だけれど、それを求めているのは誰だ?求めている人はいるか?たかが二番目に生まれた分際でと、俺に言っているのは誰だ。

「レオナ」

サラダの手がのびた。びくりと震える俺の頭に、サラダの手が優しく動く。同じだ。あの頃と何もかわっちゃいない。

「旅の話をしてあげる。一緒にお話し、しよう?」

腕がまた伸びた。俺の首に回った腕が、優しく頭を包み込む。
近づくサラダの肩に、俺は顔を埋める。サラダの匂いがほのかにした。

「よしよし、良い子良い子」
「子供扱いすんじゃねぇ...」

頭を撫でられる。不意にでたそれが、サラダの肩を濡らした。
ふふ、と小さい笑い声が聞こえる。笑うなと言いたいが、俺は口を開けずに、黙って腕を背中に回した。

「...サラダ」
「ん?」



「離れるな」




キツく腕に力を入れる。近づくサラダに、俺はさらに力をこめた。

小さい頃に出会った旅商人の少女。俺はこいつの話が好きだった。言ったことも見たこともない話に、心が躍った。素直にそんなことを言うことはなかったが、サラダは俺の目を見てわかっていたのだと思う。
だから、何かがあれば、何かが起きれば、サラダは俺に旅の話を聞かせた。まるで母親が読む昔話のように。

「...大丈夫、離れたりなんて、しないよ」
「サラダ」
「ん?」
「...サラダ」
「はいはい、レオナ」

狂ったように何かの枷が外れたかのように俺はサラダの名前を呼び続けた。何度も何度も言葉にすれば、俺のものになると思ったのだ。必要だと。お前が俺には必要なのだと。知らしめるように、何度も言葉にした。

背中に回った手で、キツくサラダの服を握りしめる。クシャりとシワになったそれを、肩越しから見つめて、俺はサラダの首元に口を寄せた。ガブリとかぶりつく。獅子としての牙が、サラダの白い首筋に突き刺さった。

「いっ...た」

まるで、執着だった。
自由に飛び回るサラダに、自由に飛び回ることのできない自分を重ねているようだった。羨ましい。俺も自由になりたい。俺も連れて行ってくれと。

何度も、何度も、俺は。

「レオナ...痛い...んだけど」
「黙っとけ」

痛いと嘆くサラダの声を無視して、俺はかぶりつくのを止めなかった。

「仕方ないなぁ...」


髪をかきあげる。何度も、首筋に噛み付いて。赤くなったその後にまたさらに傷を重ねた。いつだったか、首筋へのキスは、執着のキスだと学んだ。
笑わせてくれる。こんなのは、そんな甘いものじゃない。
月見酒
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