あれから、サラダが俺の前に現れる頻度は増えた。今までも月に数度だったそれが、1週間に1回、2回、3回と、確実に現れる回数は増えていった。それが不思議と、嫌な訳ではなかった。いつ現れるのだろう、むしろそう考えることも増えていた。

「ねぇレオナ」
「なんだ」
「明日からナイトレイブンカレッジに進むんだよね?」
「あぁ」

魔法士育成専門学校。全寮制の男子校に、俺は明日から通う。
もうこの王室にいなくても済む。心が清々しい。俺は、ベッドの上であくびを殺して、サラダの質問に答えた。
俺の腰に腕を回して、肩に頬を置いているサラダがくしゃみをした。気づかぬうちに、自分の尻尾がサラダの腰に巻きついた。

「大丈夫かな、私行けるかな」
「お前学校にも現れるつもりかよ」
「もちろん、呼ばれたら行くよ」
「呼んでねーよいつでも」

来い、とは呼んでない。

あぐらのかいた膝の上に肘をつき、手の上に顎を乗せる。ゆらりと揺れる尻尾が、サラダの腰から離れてはひっついた。意識を寄せてその尻尾を止めれば、やけに力が入ることでピンと立ってしまった。

「レオナが学校に通ってるところなんて想像つかないなぁ」
「...お前は学校に通わないのか」

サラダはいつでも旅に出ていた。
旅商人の子供なのだから仕方ない。サラダの父親はそこそこに有名で、そして貴重なものを扱っている商人だから王室でも、おそらく他国でも重宝されている商人だ。いずれは旅商人の跡を引き継ぐのだろう。学校に通っている場合ではないのは確かだ。

「学校に通ってわかることが、必ずしも商人に必要なわけじゃないからね」

その通りだと思った。

「レオナの部屋に行って、ちょっとだけ学校体験しようかな」

どう?

俺の肩に顎を乗せて、そう聞いてくるサラダを横目に俺は鼻で笑う。

「男子校だぞ」
「知ってるわ」

パシンと背中を叩かれる。
仕方ない。例え来たとしても俺はこいつを拒否できないし、帰れと言えるわけでもない。叩いてきたサラダの手を握り無理やり上に引っ張れば、サラダが倒れるように俺の胸元に飛び込んできた。

「お前みたいな草食動物、野生の男子校に突如現れたら喰われるぞ」

サラダの顎に指をおき、上に上げる。
近づいた俺の顔にサラダは目を見開くと、そのまま笑った。

「喰われる前にちゃんと助けてよね」

長くなったサラダの髪に手を伸ばす。掻き上げるように手を髪の中に突っ込み、そのまま首に腕を回して力を入れた。グイと引き寄せるサラダの顔が、俺の胸元に突っ込む。鼻をぶつけたらしい、ゴンと鳴った鈍いおとに続いて、サラダの「痛い...」という声が聞こえた。

「喰わせるわけねーだろ」

いつからか知らない。それこそ、小さい頃に出会ったあの夜の空の下、茂みの中で話した瞬間から、俺はこいつに惹かれていたのかもしれない。
いつかなんて事はどうでも良い。それでも俺は、サラダの首筋にまた顔を埋めて、牙をだす。

「好きだね、噛むの。やっぱりライオンだから?ネコ科だもんね」
「黙ってろ」

色気も何もあったものじゃない。
一向に赤みの減らないその傷に、また俺は新しく傷を作っていく。髪で隠れたその首に、何度も何度も同じように牙を突き刺す。

商人らしい言葉数の減らないその口を、閉ざしてやる方法があるなら教えて欲しいものだ。俺は何度かその場所を噛み尽くした後、口を外して髪を元に戻してやる。何度か手を通して梳いてやれば、さらりと手が抜けていった。

「満足した?」
「あぁ、満足した」

俺の胸の中で、モゴモゴとしながらそう聞いてくるサラダの頭をポンと叩く。足を開けばサラダが足の中に治るように動いた。サラダは俺の背中に腕を伸ばして、宥めるように背中を撫でてきた。リズムを刻んでいるわけでもないのに心地のいいそれに、俺はサラダの頭に顎を乗せて目をとじた。
サラダの背中に腕を回す。力を入れてより近づけさせれば、サラダが静かに笑った。

「笑ってんじゃねーよ」
「ううん、笑ってないよ」
「笑ってただろ」
「笑ってません」

おかしそうに、未だに笑い続けるサラダの頭を叩いてやる。そうすれば笑うのを止めるくせに、またすぐに笑い声を出すサラダに一つ息を吐いた。ゆらりと揺れる尻尾がサラダの手によって掴まれる。先にある毛を指で触るサラダが、俺の胸に耳をつけた。

「友達できるといいね」
「いらねぇよ」
「私しか友達いないじゃんレオナ」

バカにするかのように俺の顔を見上げるサラダの顔に、尻尾を叩きつけてやった。静かな室内に、空を切る音が響く。サラダがまた笑いながら、俺の胸元に顔をつけた。その笑い声が、なんだか無性に愛らしく思うのは、気のせいか、それとも、本当なのか。

俺はまだ、理解できていなかった。
月見酒
ALICE+