学校に行っても、やはりサラダは何度も現れた。俺が寮長だから一人部屋であることをなしにしても、もしも同室のやつがいたらどうするんだと内心では呆れている。それでもサラダは、音もなく現れて、俺のベッドで同じように夜を超えて、気づけば朝には消えている。そんなことを数年繰り返していた。

もちろん、今まで誰にもバレたことはなかった。



「………って、誰っスかその人……」

その日は、たまたま、バレた。

「あー……知り合いだ」
「女の人ですよね!?なんでここに!?え、どうやって…え!?」

ラギーの声が部屋に響く。

うるせーよと耳をかけば、ラギーはまだ驚いたままの口を開けて呆然としていた。その視線の先にいるのは、女。俺のベッドにちょこんと正座をしながら座って、またあの厄介なユニーク魔法か、と言った面持ちで俺を観ていた。

「お前のそれ、タイミング測れないのかよ」
「私だけのタイミングじゃないんだよこれ」

よいしょ。そう言いながらサラダはゆるりと足を伸ばして、スカートの裾を広げた。肩まである髪を耳にかけて、部屋をぐるりと一周見ている。

「あれ、ここに来るの初めてじゃないけど、あの子初めて見たよレオナ。あの子がラギー君?」

俺はベッドの端に座り、その質問に首を縦に振る事で答えた。ラギーはいまだにこちらを見たまま立っている。女という生物を初めて見たかのような反応だった、面白い。

「こっちってもしかして夜?」
「あぁ」
「うわまじか!時差考えてなかった!」

驚いた女の声に我に帰ったのか、ラギーはやっと正気を取り戻し俺のところにぐいぐいと近寄り、耳に口を寄せて話してきた。

「怪しい人じゃないんスか?俺、1分も出てないっスよこの部屋から!」

そりゃ部屋から出て1分もしない内に違う奴がいたら誰でも驚くか。俺はめんどくせぇなと呟き、頭をガシガシと掻きながら息を吐いた。説明すんのがクソだりい。

「私のこれは、ユニーク魔法なの。ごめんねラギー君急に現れちゃって。実はここにも何回も来てるんだよ」

いつのまに俺の後ろにまわったのか、そいつは背中越しに俺の肩に肘を乗せて、ラギーの顔に顔を近づけながらそう言った。その顔には満面の笑みを載せている。

「そう…なんスね…?」

半信半疑なのも頷ける。昔の俺だってこれを飲み込むのに何日も必要とした。
ラギーは無理やり自分を納得させて、少し頷きながら俺から身体を離した。

「じゃあ、俺は戻るッスよ。来れたら来てくださいよ〜今日はレオナさんの誕生日会なんスから、主役が居ないんじゃたまったもんじゃないスよ」

それじゃあ。ラギーはそういうと、部屋の扉を閉じて出て行った。談話室から漏れ聞こえる喧しい声に、俺ははぁと息をつく。

「もう夜だったんだね。私がいるところまだ朝で、夜になったらレオナの所に会いに行こうと思ってたのに」
「そうか」

俺の肩に肘をつけたまま、ラギーに手を振ったサラダは、そのままその腕を伸ばして俺の腰に腕を回した。背中にピタリとくっつくサラダの頬。
誕生日には毎年現れる。誕生日以外にも、なんでもない日や、何かあった日、とにかくこいつは何度だって俺の前に現れた。

『お誕生日おめでとう』

そう言いながら、こいつは毎年、今いる国の特産品を俺に渡していた。まるで献上品のそれに、毎年嫌々受け取っていた。綺麗な宝石の時もあれば、果物、もしくはアクセサリー。いらねぇと言いながらも、毎年バラエティーに富んだそれを、俺は楽しみにしていた。

「お前がいつ来るかわかんねーから、部屋に居た。談話室で急にお前が現れたら、あいつらが仰天するだろ」

腰に回った手に自分の手を乗せた。細い指に沿ってそれを撫でれば、こいつはクスクスと笑いながら俺から離れる。

「確かに。ラギー君でさえびっくりしてたもんね」

むしろ今まで誰とも遭遇してなかった事の方がすごい事なのかもしれない。

改めて正座しなおしたサラダは、俺に向かってにこりと笑みを浮かべる。出会った頃と変わらない黒い髪にその笑い方。色々な国を旅して来たのだろうその瞳は、昔見たまま輝いていた。

「遅くなってごめんね、レオナ。誕生日おめでとう」

はい、これプレゼント、と。どこに隠していたのかポケットの中から箱を一つ取り出した。

「イラねぇって言ってるだろ」
「いいから、はい」

今年も例年に漏れずアクセサリーをよこしてきた。箱の中にあったのは指輪。豪華絢爛煌びやか、をウリにしてるかのようなキングスカラー家にあるものとは違う、石が一つはめられただけのシンプルなもの。

「私のとおそろい」

そう言って、サラダは左手を見せた。

「…こういうのは女がやるものか?」
「ふふ、女でもいいでしょ?」

プロポーズ紛いのことをしたそいつは、飄々とした風貌で笑いながら、また口を開いた。

「だって20歳でしょ?私も20歳になるし、ね?」

特に何かがあるわけでもない。左手に自分でつけたのだろう指輪を触りながら、サラダはさらに続けた。

「離れていても、私の魔法があるからいつでも会えるけどね」

指輪があれば、ふとした時に私を思い出して安心してくれたら嬉しいな。

サラダはそう言って、にこりとまた微笑んだ。

「あ!今日は早いや。もうそろそろ戻るみたい」
「来るタイミングといい、戻るタイミングといい、お前のそれは不規則すぎるだろ」
「知らないよ、魔法に言って」

薄くなっていくサラダの身体。周りにはキラキラとした真珠のようなものが浮かび上がってきた。手を伸ばして触れれば、まだ微かに残る体温。まだ、こいつはここにいる。

「…泣かないんだよ、王子様」
「はっ、誰が泣くか」
「君はいつも、心で泣いてるじゃない」

その言葉に、初めてサラダに会いたいと願った時を思い出した。
自由もない、しがらみしかない王宮をでたいと思っていた、小さい頃。どうせ第二王子のまま、永久に王子への権利を剥奪されて、俺の生き様はさぞ滑稽だろうと自分自身を卑下していた。

『今回はこんな国に行ってきたんです。私の魔法が終わるまで、お話ししましょうレオナさん』

一度現れたあの時から、サラダは何度も俺の前には現れて、俺の知らない国の話、俺の知らない向こう側の話をしてきた。サラダの話を聞けば、俺も自由になれた気がした。俺も、旅をしてる気分になれた。俺も、何かに触れていける、俺も何かを成し遂げられる、そんな気持ちにさせられた。

「誰が泣くか」

いつもこいつがいれば、心が落ち着いた。騒めく夜、苛立ちが募る日、何かがあった時、こいつはいつも現れた。

もらった指輪を左手にはめる。他のものたちに比べてやけにシンプルなそれは、何故かとても輝いて見えたのだ。俺の瞳と同じ、エメラルド。サラダの瞳と同じ、エメラルド。

泣いてるところなんか見せたことはない。それでもこいつには、見えてるのだろうか。その、厄介なユニーク魔法で、どんな時にでも会いにきてくれるのだから。

「それじゃあまたね」

笑顔を見せて、サラダはまた消えていった。
左手に光るエメラルドの指輪を置いて。
月見酒
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