私
レオナ・キングスカラーには許嫁がいた。
王にはなれない第二王子にも結婚というものは否が応でも付いてくるものだ。キングスカラーと繋がりたい名家は沢山いる。王政にいいように使われる事も至極めんどくさい物だが、拒否する事も叶わない。何故ならそれが、国を統べる王族というものだからだ。
「兄貴、話がある」
ホリデーは珍しく実家に戻った。先日サラダに貰った指輪を指にはめながら、俺は1人兄貴のいる執務室へ足を向けた。
「レオナ…どうかしたか?」
兄貴は机にかじりつくようにしていた姿勢を正し、俺を見上げる。俺とは似ても似つかない姿だが、改めてじっくり見れば、確かに兄弟だ。似ているところもあるっちゃある。例えば、目の色。
「…婚約を、破談にしてくれないか」
「破談…?」
昔から繋がってい婚約だった。政治も関わってる。たかが俺1人の婚姻でどこまで動くかなんて知らないが、まぁ迷惑はかけるだろう。兄貴の従者が何を言うか想像に難く無い。
「理由を聞いても良いか?」
それでも兄貴は、ペンを机に置き俺の目を見つめた。紛う事なき王の目だ。そらそうと思えば反らせた。しかし俺はその目から目を離さずに、口を開く。
幼い頃から、いつのまにかやってきていつのまにか帰るあの女は、気づけば俺の中心にいた。次はいつ会えるのか。その魔法の期限は、回復する時間は、発動するタイミングは、何も知らずともあいつは現れる。ただ俺は、あいつを待つことしかできなかった。それでも。待つだけの身でいることには、疲れたのだ。
「好いてる奴がいる」
あいつを野放しにしたまま俺が結婚するわけにはいかねぇだろ。曲がりなりにも夕焼けの草原の男は女を大事にするものだ。あいつは獣人ではないにしても、女であることは確実。レディーファーストの精神を持つ俺が、女にプロポーズされたとなっちゃ笑える話だ。
「俺の女にしたい奴がいる」
ただ待つだけでいれば、いずれ会えなくなることなんて明白だ。いつかあいつは来なくなる。俺の前に現れなくなる。そうなる前に動きたかった。
しかし、
俺の一大決心の告白は、失敗に終わった。
「実力があったって努力したってどうしようもねぇことがこの世の中にはあんだよ」
どうやろうと抗えない事実や運命というものはある。俺が何を意見しようと、何ができようと、俺が第二王子である限りそれは無効に終わる。
生まれた順番がなんだ。後から生まれれば、どれだけ力があろうと俺の意見は見向きもされないのか。
「俺は生まれた時から忌み嫌われ、居場所も未来もなく生きてきた」
ただ、あいつだけはどこからともなく現れた。俺がいる場所に、あいつは必ず現れてくれた。俺が望めば、望まずとも、あいつは一人でにやってきて俺の心に潤いをもたらす。
サラダと生きたいと願っただけだった。
自由になりたいと願っただけだった。
側にいて欲しいと。俺の心に、安寧を寄せてくれと。
ただ、一つの願いでさえ俺は叶えることもできやしない。
宙に浮かぶ砂埃。触れるもの全てを砂に変えるこの呪いの様な魔法のせいで、俺は幾度苦しみを味わえばいい。
能天気にこちらを見ている奴等も、王の姿勢を説いてくる奴等も、何も知らないお前らも、全て全て壊れればいい。
「その苦痛が、絶望が……」
お前らにわかってたまるものか。
全てが弾け飛んだ気がした。
周りの奴らの焦った顔や動きが見えるのに、俺の心はやけにゆっくりと動いていた。自分の身体なのに、自分ではない何かがそこにいる。
無音だった。何も聞こえない白黒の世界で、精神だけの俺はそこに漂っている。まるでそんな感覚だった。
「レオナ」
そんな時だった。俺の身体を優しく包み込む様に抱きしめて、サラダはまた現れた。周りの奴らの驚いた顔がやけにはっきりと見える。
「……こんな時にも、お前は現れるのか」
無の世界で、サラダの声だけが聞こえた。俺の言葉に答えるように、胸元に埋めていた顔を上げて、俺の目にその目を合わせてきた。
「涙を砂に変えるの、君は昔から、変わんないんだね」
俺の目元に手を伸ばしたその指には、俺が持っている物と同じ色を放つ石が刻まれていた。あぁ、同じだ。俺とお前は、同じ色なんだ。
伸びてきた腕がそのまま俺の首に巻きつく。同時に力が抜けた気がした。砂になった物がどさりと地面に落ちて、俺はサラダに身を任せるように項垂れた。
「レオナさん!大丈夫っスか…!?」
ラギーの声が聞こえる。それに対して首を縦に振り、俺はゆっくりと顔を上げた。にこりと、サラダは笑みを浮かべながら地面に座り込み、俺の身体を支えていた。
「…俺は……」
「キングスカラー君」
学園長の声が聞こえた。
「貴方はブロットの負のエネルギーに取り込まれて暴走し、オーバーブロットしてしまったのです。……そこの彼女が、自分の命をも恐れずに貴方を抑えてくれたんですよ」
覚えていませんか?
その言葉に、ゆっくりと自分の背中に回っている細い腕を見た。
初めて出会った時と同じ。
折角の召し物に砂や土がついた、見るも無残な汚れた服を着ながら、サラダは俺に微笑んでいた。
「お前はちっとも、変わらないんだな」
背中に腕を回した。きつく抱きしめた。
俺が、求めているとなんでわかった。俺が、お前に会いたいとなんでわかった。俺が、お前に会いたいとなんでわかった。
そんなの、火を見るより明らかだった。
「俺がお前を、呼んでたのか」
「ふふ、王子様はプライドが高い様ですので、黙ってたんだよ」
「うるせえ」
周りの奴らが驚いた様に俺を見ていた。オーバーブロット化した奴が様ぁないのはわかるが、今はその空気を読まずにいさせて欲しい。
回した腕に力を込めた。離すまいと、思いを込めた。
左手に光る指輪がきらりと、輝いた。
「離れるな」
「わかってるよ、ちゃんと」
サラダも、俺の背中に回した腕に力を込めた。あぁ、ここにいるのか、お前は。もう消えるなと、小さい声に乗せて紡ぐ。髪ごと強くサラダを抱きしめレバ、周りのどよめく声が耳に届いた。あぁ、今は周囲に人がいる。加害者である俺が今、女を抱きしめている場合ではない事は百も承知だが、それでも構わない。
今はただ、サラダの存在が、俺に安寧を寄せてくれているのだから。