私には、好きな人がいる。

小さい頃に王宮のパーティーに父親の仕事関係で参加した。商人の子供というのも大変で、一つの場所に居座る事はなく、転々と色々な国を移動する。滞在先のお偉いさんたちに選ばれたり、求められれば、父親は商人魂を燃やしてこれでもかというぐらいに商品を売った。そのためには、偉い人たちが参加するパーティーに参加するのは必須だった。


年頃の少女が、貴族でもなんでもない少女が、豪華絢爛きらびやかなパーティーに参加して何を思うだろう。とにかく、帰りたいとしか思わない。友達だっていない知り合いだっていない、大人ばかりのその場所で、たとえ同い年の子供がいたとしてもそれは立場の異なる人たち。言ってしまえば世界だって違う。

価値観の異なる人たちと話して、どうなるというんだ。


だけど私はそのパーティーで、好きな人と出会うことになった。







「首筋にキスをするのは、執着の証明だよ、レオナ?」
「黙ってろ」

そんな甘いものじゃねぇ。

そうくぐもった声を出したのは、レオナ・キングスカラー。
夕焼けの草原という国の王家の人間。獣人属である点で私とは異なるけれど、そもそも家系も立場も何もかもが異なる人である。
彼とは、小さい頃に参加したパーティーで知り合った。満月の光る夜空の下、父親や大人たちから逃げて一人で寝転がっていたところに、レオナも現れた。王子様が外に来るなんて、と最初は驚いたけれど。レオナは私の話をそれはそれは大層喜んでくれて。話をせがんできた。

その時に、我が家系に継がれているユニーク魔法が発動した。

“祝福のシャワー”
自分より立場が上で自分にとってこの先も良い顧客になり得る人物が自身を求める時、どんな状態でも目の前に現れる魔法。

その魔法が発動したせいかおかげか、私は齢6ぐらいの頃から10年以上、レオナに呼ばれればどんな状況でも現れる体質へと変わった。

「レオナのせいで髪を縛ることができないんだけど」
「俺の知ったことじゃねぇな」

レオナは、私の話を聞くのが大好きだった。
話をすれば、同じエメラルドに光る瞳の奥が輝いているのがわかった。父と一緒に旅をした国の話、どんな商品を扱ったか、現れたお客の話に、彼はとても食いついた。

レオナが私の髪を掻き上げて何度も何度も首筋を噛んだ。いつだったか。何かの味を占めたのか、レオナは私が現れるたびに首を噛んだ。何かの証をつけるかのように、何かを確かめるかのように。レオナはいつだって、私をその胸元に引き寄せる。


バカみたいだと思った。レオナが、じゃない。

自分が、だ。

「レオナは、首が好きなの?」

レオナが学校に通うようになっても、この関係は変わらなかった。王室の部屋とは違う、寮の部屋は少し狭くて、物も少なかった。ただ、大きいベッドなのは変わらなくて、部屋から見える外の風景が、どの国で見た夜空よりも大きく綺麗に見えている。

彼の胸元に顔を埋めて、されるがままに髪を撫でられ首筋を噛まれる。その間に、話をしろと言われれば話をする。何も言われなければ、レオナが満足するまで私は人形のように腕の中でおとなしくするしかない。

彼が満足をする時まで、商人である私は帰れないのだから仕方ない。

「好きなわけじゃない」
「変だね」
「お前もな」

文句も言わずに噛まれている私も、確かに十分に変だった。
好意を伝えることも、伝えようとしたこともない。レオナが私をなんと思っていようと思っていまいと、呼ばれている時点で私は彼のものなのだから。

だから、別に良い。レオナ・キングスカラーは夕焼けの草原の第二王子で、絶対的な立場の人間で、そして、いずれはその国を統べる王の弟としてその政治に携わる天才。

彼が満足をしてくれるまでのつなぎでしか、私はその存在を彼に教える事はできないのだ。








マジフト大会というものにレオナが出ると聞いたから、私は父親にせがんでナイトレイブンカレッジ付近へと滞在していた。
レオナに黙ってきたから、びっくりさせようと思っていたのだ。それなのに、会場は急にざわめき始めて。ある一つの場所で大きな砂嵐が起き上がっていた。私はそれを遠目に見て、逃げ惑う人たちとは反対方向に走り出した。急がないと。自分の体が透明になっていく。輪郭に沿って真珠のように、キラキラとオーラが散りばめられる。



呼ばれている。



もう何十回もこの感覚を味わっていた。レオナが私を必要とすれば、いついかなる時でも私は彼の元へと現れる。お風呂に入っていようと寝ていようと商売をしていようと構わず、私はいつだってレオナが求めれば現れる。だから私は、手を伸ばした。思いにそのまま乗っかって、レオナの元へと現れた。



レオナは、オーバーブロットを引き起こしていた。
感情が激しく拒否反応を示していた。揺さぶられるかのような激情。いつものようにレオナの首に腕を回して、そっと抱きしめる。長い彼の髪の毛ごと、ぎゅっと力を込めて自分の胸の中へと引き寄せた。

「涙を砂に変えるの、君は昔から、変わんないんだね」

頭をそっと撫でてあげた。落ち着かせるように、優しくゆっくりと。レオナは私の背中に腕を回して、力を込めて抱きしめた。

「離れるな」

その言葉に、私は笑みを見せた。わかっているよと。自分と、レオナの左手に光る指輪がきらりと輝く。どんな時だって、私は君の元へと現れてあげる。だから、いずれは別の人にとられてしまうだろうこの場所を、今だけは私のためにとっておいて欲しいとあげた指輪。レオナはそれを、大事につけてくれていたから、だから安心して私はレオナのそばで笑ってあげられるのだ。





あのあと、彼は何事もなかったかのように大会へと出て行った。私の体を離して、学園長さんと学生さんにひょいと私を渡すと特に何も言わずに本当にそのまま。満足したのか知らないけれど、何か言ってくれればいいのに、と。私はほっぺを膨らました。

「あ、あの時の...!」
「ん?....あ!君、ラギーくん!」

私をレオナからそのまま受け取ったのは、この前レオナの部屋で出会ったラギーくんだった。学園長さんが知り合いですか?と聞く。その言葉に、首を縦に一回振って肯定すると、私をそのままラギーくんに預けてしまった。

「今日もいきなり来たんスか?」
「仕方ないよ、レオナが私を求めているんだから」

私のその言葉に、間違いはないはずだけれど何かを勘違いしたのかラギーくんだけではなく、彼の周りにいた顔にペイントマークをつけていた子達や、狼の耳をもつ背の高い子、さらに猫のようなモンスターまでもが「求めている...!?」と驚いた。
間違ってはいない。うん。だって本当に、レオナが私を求めているんだ。

「あ!それレオナさんとお揃いの指輪っスか!?」

目敏いな。思わず心の中でそう溢して、ラギーくんに見えるように自分の左手を上げてみた。レオナがつけている指輪と同じ色に光るその指輪。左手の、薬指。それだけで意味深だけど、レオナも同じところにつけている時点で、同罪だ。

「レオナの恋人かぁ!?」

モンスターがそういった。思わずその言葉に吹き出しそうになりながら、結局我慢することができなくて、私はお腹を抱えて笑った。

「そんな甘いものじゃないよ」

私のその言葉に、その場にいた人が皆、首を傾げた。

レオナの言葉を借りるなら、そんな甘いものじゃない。私たちの関係は、恋人なんてものじゃ語れない。
月見酒
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