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新稲が父親と和解したらしいあの日から、なんとなく一人だけ疎外感を味わっていた。俺の前でだけ泣いていたはずなのに。俺の前でだけ弱音を吐いていたはずなのに。俺だけがあいつを慰めていたはずなのに。

そんなどこか子供のようなことを思いながら、ここ数日は過ごしていた。実際にまだ15歳なわけだから、子供であることには変わらないけれど。おもちゃをとられた幼い頃の自分の心の様に、どこかぽっかりと心が空いていた。

もう、俺を頼る事はないのだろうか。もう、俺だけに見せる顔はないのだろうか。

机に頬杖をつきながら、カルマ達に数学を教えている新稲を見る。机をくっつき合わせながら教えあっているあいつらの様子を見て、一人そう心の中で愚痴った。一瞬新稲と目が合い慌てて背けたが、バレているだろう。ニヤリと笑っている新稲の顔を思い浮かべて、その顔を消す様に首を横に振った。

期末試験が近い。例外なく全員が教室に残り勉強をしていた。A組との勝負は今回の試験で最後だ。全員が50位以内に入ることを目標と掲げているために、俺一人が足を引っ張るわけにはいかなかったから、もちろん俺だって全力で今と目の前に広がってる教科書と戦ってる。

まさか俺が、ここまで集中して勉強するようになるとは思わなかった。

それもこれもすべて、新稲のせいだ。あいつがどこかれ構わず俺の領域に土足で踏み込んできて、無理やり引っ張り出しやがったから。


そのくせ急に弱音を見せて、そして勝手に俺の手を手放して。わがままな女だと毒づきたいと何度思っても。


それでもやっぱり、あいつの頭の良さや、誰の雰囲気も柔らかくさせる笑顔。集中したら周りを気にせずに目の前の問題しか見えなくなる危なっかしい所が思い浮かぶ。

あげればキリがない。数学に関しては天才的な頭を持つあいつと俺じゃ何も釣り合わない。そう思っているからこそ、勝手に離れた(と思い込んでる)あいつを引き戻せる自信が、俺にはなかった。


「寺坂君」
「...なんだ」
「今、時間ある?」
「見たらわかるだろ、勉強してんだよ」
「その割には全然解けてないじゃん。かれこれ30分」
「暇かよお前」
「見てちゃだめ?」


寺坂君と話がしたいから、見てたんだけど。

さて、今俺が誰と話しているかって?聞かなくてもわかるだろ。新稲だ。
新稲は椅子に座ってる俺の近くに寄って、机に手を着いてしゃがんだ。教科書を覗き込んでる俺の顔を覗き込むように、新稲の顔が近くなった。


「...んだよ」
「休憩しよ。ちょっと来て」


勉強してるなんてただの言い訳だ。実際何も解けてはいない。鉛筆を手から離して机の上に転がす。教室から出ていった新稲の背中を見やった時、カルマのやつに肩を叩かれた。


「いい加減さ、素直になろうよ寺坂」
「何の話だよ」


振り返れば、カルマだけではなく全員が俺を見ていることに気づいた。苦笑を浮かべたりカルマのようにニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべてるやつと様々だったが。


「お前のいい所教えてやろうか?」
「あぁ?」


カルマは俺の肩から手を離すと、腕を組み高慢な態度で俺を見下ろした。すこし苛立った。


「後先考えないで動く行動力と、ねばっちこい根性がお前の持ついい所だろ。それを新稲ちゃんにも見せないと。

新稲ちゃんが、可哀想だ」


すこし見上げたカルマの顔は、さっきまでの笑みは消えて、どこか真面目な顔に見えた。


「ようはお前は単純バカなんだから、難しい事は考えないでぶつかってくればいいって事」
「あぁ!?」


腕を掴まれて無理やり立たされる。俺よりも背の低いカルマを今度は自分が見下ろしてやりたかったのに、どこまでも爽やかな笑顔をなぜか向けられて反応に困った。

それでも、どうするのか頭の中ではわかっていて。意味もなく机に置いてる教科書を閉じて、教室の扉に手をやれば、なぜか拍手の音と口笛の音が鳴り響いた。


「頑張ってこいよ寺坂!!」
「結果待ってんぞー!!」


何の応援だよ。そう思いながらも、やっと心のどこかのあいた穴がうまりそうで、足はゆっくりと新稲の元に向かっていった。




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