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「三日前の検査で出した数列を言えるかい?」
「はい。左から3.5.6.7青字で描かれた5ひとつ空間を空けて続けて4.8.3.9ーー」

目の前にいる研究員の方に告げていく。今日は月に数度の私の副作用の検査の日だった。毎回思うけど、そんなに私の副作用は珍しいものだろうか。私としては、迅君の未来視の方が珍しく思うんだけどな。


私は、瞬間記憶の副作用を持っている。今起きたことを全て、ずっと覚えることの出来る副作用。同じような人は世界的にも沢山いるんだろうけれど、トリオンと連動しているのは私が初めての症例とのことで、ボーダーの研究員に好きに検査をされるようになった。
痛いことをされるわけではないので構わないけれど、いかんせんこの検査が疲れる。

覚えることができるのは過去の出来事。服装の色やメガネの色、その人の黒子の位置とか。戦闘面で言えば、全員の視覚を自分の視覚と連動して覚えることができたり、とか。

覚えることができるだけで、忘れることはできない。だから、弟や親が死んだ瞬間は忘れられないし、忍田さんとの和解ができた今だってそれは私に襲いかかってくる。

生きにくいことこの上ない。いらない副作用だ。欲しいんだったら私だってこの副作用をあげたい。

「…それじゃあ、去年の3月13日の検査で見せた数列は言えるかい?」

今日の検査はくどかった。今までの総集編か?と呼べるぐらいに長い検査だった。いつもなら1時間で終わるのに、もうすでに3時間は経過してる。

ミーティングをやる予定だったから隊室に皆いるはずなのに。私の検査が遅かったら先に始めて帰って良いとは伝えてるから、多分もう終わってる。今の時間は21時。中学生のユズルと、女子のヒカリは帰っただろう。むしろ帰らせてなかったらカゲとちーちゃんを怒ろう。


ふぅ、と息をついて私は目を瞑った。

去年の3月13日は、金曜日。今目の前にいる研究員の人とは違う女の人が相手だった。ロングの髪、ポニーテールをしていたあの人。その人が見せた数列は。

「……黄色の背景に黒字で1.5.6.9.3…白字で5.3…黒で1……空間を空けて、1.1.1.9ーー」

疲れてきた。
頭がずっとチカチカしている。お腹もすいた。頭も痛い。特に興味のないことを思い出すことほど苦痛なものもなくて。

私は一度深呼吸を挟んで、また口を開いた。いつ終わるんだろうこの検査。座っているのでさえ、なんとなく疲れてきた。

「うん…ごめんね、これで最後だ」
「はい…」

研究員さん達がメモをする。その手は止まることを知らない。何をメモしているんだろう。いつかその内容見せてほしいな、なんていう現実逃避をしながら、私は頷いた。

「4年半前、ボーダーに入隊して初めて行った検査の内容は?」
「写真を覚える検査でした」
「この中からその時の写真を選べるかい?」

別室から現れた研究員の方が、大量に写真が貼られたホワイトボードを三つ取り出してきた。いじめか?こんなに疲れてる時にそれやらせる?
貼られてる写真の種類は、崩壊した家の数々。近界民の種類や、深海魚、はたまた綺麗な街並み風景に、人が写ってる集合写真。本当にいろんな種類の写真の数々だ。

私は目眩がしそうな頭を無理やり持ち上げて椅子から立ち、ホワイトボードの前に立った。四年半前、あの時に見た写真を一枚一枚手に取っていく。あの時見せられた写真は確か23枚。今この場にあるのは20枚。後3枚足りなくて、そのことを伝えれば、研究員の人達が感嘆の息を漏らした。

「どんな写真だったか覚えてるかい?」
「…伝えるのが下手くそだとは思いますが、どっかの国の紛争の写真….子供が三人怯えてる姿があって…こっちを睨んでるやつ…だったと思います。あとは、ケーキの写真。ショートケーキ…一口食べられたやつ…最後が…」

最後が、三門市の街。
ショッピングモール街。人々が歩いてる活気ある姿。かつての、4年半前の第一次大規模侵攻で壊落される前の、あの姿。

「…三門市の、ショッピングモール街…」

弟と、親と。家族と最後に歩いた場所。
あぁダメだ。思い出す。忘れたいのに忘れられないあの出来事。弟が死んだ瞬間が咄嗟に現れる。
頭が痛い。耳鳴りが広がっていて、頭の奥から常に金槌で脳みそを叩かれているようなそんな気分。

全て言い切ったあと、研究員の方は皆顔を見合わせて頷いた。

「……うん、ありがとう。今日の検査はこれで終わりだよ」

やっと、終わった。ふぅ、と息をついて私は肩の力を抜いた。まだ頭は痛いままだ。空腹も続いてる。

「少し休むかい?」
「いや…大丈夫です」

時刻は21時半。明日だって大学があるんださっさと帰りたかった。頭を下げて、私は検査室を出た。こんな時間でも研究員の人たちは普通に仕事をしていて、ボーダーってブラックじゃね?と心の中で愚痴った。私もだけどあの人達も可哀想だ。私の今の検査をまたまとめないといけないんだろうし。今日はなん時に終わるんだろう、今度検査をするときは今日みたいな嫌な顔しないで受け切ってあげたい。


多分無理だけど。


隊室に置いてある荷物を取って帰ろうと、私は歩いた。もう夜も遅いしボーダーにはほとんど人はいない。学生の多いこの場所だから仕方ないけど。頭痛が響いて、ズキズキしている。やっぱり休ませてもらったほうがよかったかなと思いながら、私は歩みを進めた。あぁこのままだと倒れるかも。壁に手をつけて、一度歩くのをやめる。

あ、目眩する。
そう思った時にはもう遅くて、力がふいに抜けて前のめりに倒れそうになった。


それが途中で止まったのは、誰かが私の体を支えてくれたから。ぽよん、とふくよかな体に受け止められて、訪れるはずの衝撃が吸収される。

「大丈夫、真琴ちゃん…!」

この声は、ちーちゃんだ。

ちーちゃんは私を抱きしめて受け止めてくれていた。彼の隣にはカゲも立っている。ちーちゃんに抱きしめてられている私を見下ろしていた。

「ちーちゃんとカゲ…まだ、帰ってなかったの?」
「お前の検査が遅いから来たんだよ」
「真琴ちゃんの荷物持ってきたよ」
「ヒカリとユズルは?」
「大丈夫、20時前には帰らせたよ」
「そっか…」

良かった。夜遅くまで残らせるのはダメだからちゃんと帰ってくれてた。いつも私が怒るの知ってるもんね。さすがは隊長とちーちゃん。

ちーちゃんは私の背中を優しく撫でながら、顔を覗き込んでくる。大丈夫?と聞いてくるその顔は、心配の色が浮かんでいた。

「お前、顔色わりーぞ」
「本当だ…今日の検査、長すぎじゃない…?」
「なんか変なことされたのか」

私が在籍してる隊の人たちは優しい。カゲでさえ、私がやってる検査について心配をしてくれるのだ。彼も副作用持ちだからってのもあるんだろうけど。同じ副作用持ちなのにカゲは検査とかしないのに、私はよくやってるから、多分それで気になるんだろう。

「大丈夫、されてないよ何も」
「にしても顔色がわりぃ…足元もふらふらしてんぞ」
「心配だよ真琴ちゃん〜…やっぱり検査、減らしてもらったら…?」
「んー、そうも言ってられないからなぁ」

減らしてもらえるものなら減らしてもらいたい。けど、私しかこの副作用は持っていないし調べたいものらしいから。協力せざるを得ないのである。格好いいこと言ってはみたけど、単に性格上断れないってだけなんだけど。

「お腹すいちゃった」
「チョコは?ある?」
「うん、カバンにあるよ」
「カゲ出してあげて〜」

ちーちゃんが持っていた私のカバンをカゲが受け取った。中をごそごそといじられる。ちょっと恥ずかしいな。別に変なものを入れてるわけではないけど。

カゲは小さいポーチを取り出して、中に入ってる個装されたチョコを一つ取り出した。それを剥き出して、口を開けろと言われて放り投げられる。過保護だなぁ。そんなところも、彼らは可愛いのだけど。

「歩ける?」
「うん、大丈夫。ちーちゃん、ありがとうね」
「ううん…ゾエさん心配なんだよ真琴ちゃんのことが。カゲも、ヒカリちゃんもユズルも心配してるよ」
「カゲもなんだ?」
「うるせー、刺すな」

わざと、ちーちゃんの腕の中からカゲのことを見れば、カゲは舌打ちをうちながら私から視線を逸らした。可愛い奴め。
ちーちゃんの腕をそっと握って離れようと動けば、ちーちゃんは私の頭を撫でてそっと腕を取った。まだ少しふらふらする。大丈夫かと、ちーちゃんはまだ心配そうな顔で私のことを見つめてくる。

「歩ける?お腹すいたんなら、カゲのとこでお好み焼きでも食べてく?」
「え、いいの?」
「別に」
「君達明日も学校でしょ?」
「真琴ちゃん一人になんてできないよ〜!」

明日も高校があるというのに。大学生としてこの二人に夜遅くまで付き合わせていいのだろうか。葛藤と戦っていれば、カゲが舌打ちを打って、私の手首を引っ張った。彼の手には私のカバン。無造作にチョコの入ってるポーチが入れられて、ポーチの一部がチャックから出ている。

「カゲ、ちゃんと、優しくしないと!」

ちーちゃんが怒りながらついてくる。ちょっとだけ早い歩幅に、頑張ってついていこうと足を動かせばカゲはこちらを振り向かずに、行くなら早く行ったほうがいい時間の無駄だと言った。

照れ隠しだな、ただの。マスクに手をかけて口元にあげている。そんな後ろ姿を見ながら、ちーちゃんを振り返ってニヤッと笑えばちーちゃんも私を見て、わらっていた。

私の隊の人たちは、優しい人が多い。それは本当に思う。もう21時半を超えてるのにこうやって私のことを心配してくれるんだもん。カゲの家着いたらお母さんに謝らないと。いつもお世話になってますーって。

私の手首を握るカゲの手の力が弱まった。少しだけ優しくそれは、それでも私の手を離そうとせずに、出口に向かって足を進める。

本当に、私の隊の人達は、優しくて、可愛い人達だ。


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