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「かんぱーーい!!」

ジョッキのぶつかる音が響き渡る。居酒屋の個室に入り切る人数分の乾杯の音頭と、ごくごくと飲む喉の音が聞こえた。

「っはぁ〜!任務終わりのビール最高!」
「諏訪さんめっちゃおっさんくせぇ〜」
「うっせーよ太刀川!」
「東さん、サラダ取り分けますよ」
「あぁ、すまん加古。頼む」
「ふふ、いいんですよ。風間さんもいる?」
「あぁ、お願いする」
「後の男達は自分でやってね」

のんの女王様気質の言葉を聞きながら思わず笑う。隣に座っている二宮君がピクリと反応したのを見て、のんの笑顔に不穏な色が宿った。

まだ始まったばっかなんだから何もここでも喧嘩なんてしなくてもいいのに。私は自分より遠いところにあるお皿を全部渡してもらい、のんが取り分けてあげなかった男の人の分のサラダを分けてあげることにした。

「真琴は優しいんだから」
「レイジさんと二宮君と堤君だけね」
「おい、俺にも寄越せよ二宮と同い年だぞ」
「自分でやれ馬鹿」

とは言いつつも、結局全員にあげる私はやっぱり優しい。レイジさんには特盛にしておいた。あまり表情を崩さないレイジさんにしては、少しだけ嬉しそうに口の端を上げてくれた気がする。

「ったく、お前の引っ越し手伝ってやっただろ」

諏訪さんに渡した時に、そう言われた。確かに諏訪さんは車も出してくれたから、もっと入れてあげてもよかったかもしれない。豆腐食べます?と聞けば、いらねぇと言われた。

鍋がやってきて、グツグツと湯気が上がっていく。目の前に座っていた堤君が率先してお玉を取り、かき混ぜてくれた。優しい。さすが皆のお母さんだな、とそれを見つめていれば堤君が私の目を見てにこりと微笑んだ。

「赤坂さん、荷解きは終わった?」
「終わったよ」
「隣は太刀川の部屋なんだろう、大丈夫か」
「風間さん大丈夫ってなんだよ、俺が隣だとなんか問題あんの」
「大アリね」
「大アリだな」

のんと二宮君の言葉がかぶる。
思わず笑えば、太刀川が私の頭を叩いてきた。

「まぁでも、こんな微妙な時期に引っ越すってなった時に部屋教えてくれたし感謝してるよ」
「もっとしろよお前。4年間の俺の気遣いもついでに」
「何が気遣いだよ」

馬鹿じゃないの。机の下で足を蹴ってやった。

「何もないならいいんだけど。ほら、太刀川君って節操ないし」
「はぁ?せっ…なに?」

そういうとこだよ、太刀川。と全員の視線がこいつに突き刺さった。
持っていたレモンサワーを飲み込み、堤くんがとりわけてくれた鍋のお皿をもらって、一口食べる。
美味しい。あったかくていいなぁと思っていれば、もう早速一杯を飲み干して酔っ払ってきた風間さんが、顔を赤くしながら私の名前を呼んだ。

「はい?」
「お前酔いすぎ、まだ一杯目だろ」

諏訪さんの呆れた声が聞こえる。風間さんの頭を叩けるのは多分この人だけだな。怒られてるけど。

太刀川とのん、二宮君が私を挟みながら何やら言い合いを始めるし、風間さんは何故か私を呼んでくるし、ついに皆に酒が回り始めて凄いことになってきた。

堤君と目を合わせて、なんかやばいねぇとのほほんと笑っていれば。

「お前、なんで隊を作らずに影浦隊なんて入ったんだ」

風間さんのやけにはっきりとした言葉が聞こえて、その場が一旦静まった。
風間さんの隣に座ってる東さんが、こっちをチラリと見て息を吐く。

「それは多分、ここにいる全員が思ってることだよ、風間」

え、東さんも?とは言わなかった。言える空気じゃなかった。なんか急に目を細めてギラリと光らせながら私を見てくる皆に、思わずたじろぐ。何をそんな、影浦隊に入ったのダメだった?もう2年前だよ?とは言わない。

「お前、隊作ればよかったのに」
「赤坂隊か〜俺は入りたいな」
「堤君が入ってくれるの嬉しいな」

そんなことを言えば諏訪さんが怒るのは分かっていたのでお互いにニヤニヤしながら。苦虫を噛みつぶすような顔をして、私を見てくる諏訪さんに笑う。灰皿を手に取って、ほらタバコ、と渡せば素直に受け取るんだからいいか。

「別に隊作んなくてもよくないです?」
「お前が隊を作らないから俺はスカウトした」

断られたけどな。
風間さんの言葉に、太刀川とレイジさん東さん以外の全員が一度目を見開いて、そして手を挙げてきた。

「私もスカウトして断られたわ!」
「Kから始まってないしねぇ」
「俺も誘っただろ!」
「諏訪さんのところはなんか雰囲気が出来上がってたし」
「俺も誘った」
「二宮君の所はなんか怖いやりにくそう」
「何がよかった、影浦隊の」

そんなこと言われてもなぁ、と私はレモンサワーを飲み込んだ。東さんが笑いながら、ビールを飲んでそのジョッキを机に置く。

「俺も、赤坂がどこにも入らないなら誘おうと思っていた。影浦隊にとられたけどな」
「俺はお前が隊を作ると思ってたんだけどなあ」
「迅に玉狛に誘われてただろう、真琴」

あずまさん、太刀川、レイジさんが続け様にそう言った。そうなんですよね、迅君に誘われてたんですよね。でも断りました。

全部のスカウトと全部の誘いを断って、隊を作らないで、なんで結局影浦隊に入ったのかと言われたら、ちょっと答えに困る。

風間さんは未だに顔を真っ赤にして、答えろ、と繰り返した。

「えー、なんでそんな気になるんですか」
「お前が欲しかったからだよ」

言葉だけ聞けばめちゃくちゃな殺し文句。それは私を女としてではなくて、戦闘員として見てるから出てきた言葉だから、ときめくところでは無いのが残念だ。だけど、あの風間さんに評価されてるのはとても嬉しいので素直に受け取った。

「影浦隊に取られたのクッソショック受けてたもんな、風間」

諏訪さんの言葉に、え?そうなの?と思わずタメ口で聞いた。酔っ払ってるから許してくれるか。風間さんは私を睨みながら、諏訪さんのビールを飲む。もう飲むなお前、そうやって怒ってる諏訪さんに、東さんが笑いながらまぁいいだろ、と言っていた。

「何故俺の隊はダメで、影浦隊だったのかが分からないだけだ」
「俺は赤坂が今でも隊を作れば、そこらへんの攻撃手だったら隊を抜けてでも入ろうと志願すると思ってるよ」
「東さんの私への評価高過ぎですよ」

嬉しいから何も言わないけど。
そうだなぁ、と考える。本当に、特に理由はない。カゲの噂はその時うっすら聞いてたし。強い子が入ってきたんだなぁって思ってたし、彼が隊を作ったのもなんとなく知ってたし。まぁちょっと荒削りな部分もあって、マイペースな戦術とかもない戦い方だったけど。とてもやりやすそうだな、と思ったのだ。

こういう子と組んだら、戦いやすそうだ、と。あまり言うことを聞かなそうなおおよそボーダーには似つかわしくないヒールっぽいカゲと、共闘してる自分が容易に想像できた。

だから、と言うわけではないけど。
それに、隊を作りたいと思わなかった、わけじゃない。

「…作りたかったですよ、隊」

ボソリと呟く。首を傾げて、こっちを見てくる他の人達に、なんで私は今この中で注目されているんだろうと苦笑いをこぼした。

「ただ、高校生が多いから、隊長にはなりたくなかったんです」


どうやったって、弟を想像してしまうから。


もう死んでしまって、一生成長できない弟が、もしも高校生になれたらと想像してしまうから。
自分の記憶の中の弟が、この子達に重なっちゃうから。
きっと、そんな私が隊長なんかをしたらダメだろう。否が応でも、弟を求めてしまう。

「…あぁ、なるほどな」

この中で唯一私の家族のことを知ってる太刀川が、小さくそうつぶやいた。なに私の事わかった気でいるんだよ、と彼の足を蹴ってやる。太刀川はそんな私の太ももを掴んで足を止めてきた。

「ちょっと太刀川君、それはセクハラよ」
「太刀川、お前は不潔すぎる」
「うっせーぞ元彼、それただの悪口だろ!」
「「元彼じゃねぇ」」

二宮君のことを元彼って言うのほんっとやめてくれねーかなこいつ。私と二宮君のハモリに、怒ってくれていたのんでさえ笑ってる。ちょっと。さっきまでの私のシリアスな雰囲気ぶち壊しやん。

「お前太った?太もも柔らかい」
「諏訪さんその煙草でこいつに焼き入れて!」

私の太ももから手を離さずに揉んできた太刀川の頭を叩きながら諏訪さんにそう叫ぶ。諏訪さんはタバコの煙を吐きながら、パワハラだろ、と言った。

「お前ら仲がいいんだか悪いんだかわかんないな」

東さんの呆れたような言い方に私は首を横に振る。仲が良い?こいつと?そんなわけ無い。
そりゃ確かに高校の頃から一緒にいたし、同じ師匠だし、こいつに勉強教えてたのは私ではあるけど。

「腐れ縁なだけです」
「それが仲良しって言うんだよ、きっと」

堤君の優しい言葉に、思わずぐっとお酒を飲み込む。そんな事言われたら、そうかなぁと思うしかないじゃん。

「堤くんに感謝しろよ、太刀川」
「意味わかんねぇ」

私の太ももを触ったままだったこいつの手の甲をつねって離す。油断も隙もない。セクハラ大明神とも言えるこいつから目を離したら、他の女の子達が可哀想だ。

隊長なんかしてたら、やっぱり他の子達を守れなかっただろうから、私は影浦隊でのんびりと攻撃手してるのが丁度いいんだよ。うん、そう。

風間さんは未だに納得してないけど、ビールを飲んで顔を真っ赤にしながら私をジト目で睨んでいた。それに苦笑をこぼして私はレモンサワーを飲む。氷が溶けて薄くなっていて、飲みやすいそれはきっと、太刀川にとったらまずいんだろう。


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