7
「おーい、赤坂ー生きてるかー」
「んーーなんとなくー」
酔っ払いも出てきたから二次会はせずにこのまま解散で、となった。風間さんなんて顔真っ赤だったし、二宮に至っては顔色変わってないくせによく分からない方を見て返事をしていた。
面倒だからそっちは東さんに任せて、俺は赤坂の腕を引っ張りながら俺たちのアパートへと向かっていた。
「絶対にやめてね太刀川君」
「あ?」
「ははは、太刀川も流石にあれだけ言われたんだから大丈夫だろ?」
こいつを連れて歩こうとする前に、東さんと加古にそんな事を言われたな。ふらふらの風間さんをおんぶしてる諏訪さんでさえ、俺のことを笑って見ていた。
いや、なんのこと?どういうこと?
意味のわからない感情を抱きながら、ふらふらしてる赤坂の身体をなんとか支えて、アパートに着いた。
こいつが隣の部屋に引っ越してきたのはラッキーだったな、連れて帰るの楽だし。引っ越したいと言った時に真っ先に俺の隣空いてると伝えて良かった。
おかげで大学行く時もこいつに起こしてもらってる。腹減った時は部屋の壁をドンドンと2回叩けば、大体連絡くれる。食べに来い、もしくは今からおかず持ってくから、と。
「着いたぞー」
「んーーーごめんーポケットに鍵あるからー」
階段を登り切って、赤坂の部屋の前に立つ。なんとかして自分のポケットを弄って、鍵を取り出した赤坂にため息をついて奪い取ってやった。フラフラだ、俺が世話してやってるなんて珍しいこともあるもんだ。
「あのなーなんでそんなフラフラなんだよ。お前そんな弱かった?」
「風間さん見てたら酔ってきた…」
「あー…」
だらりと俺に身体を預けてる赤坂の腰に腕を回して、もう一度抱え直す。肩に回ってる腕も俺に傾けてる身体ももはや力はなくて、それが逆に重い。
「ったく…」
まぁ、この面倒見の鬼みたいな赤坂をここまで介抱することもそうそう無い。役得役得と思いながら、重い体を引きずって部屋の中に入った。
足を引っ張ってるせいで引っかかる。ガタリと膝から崩れ落ちそうになる赤坂をなんとか支えて、玄関先で座らせてやれば、赤坂は赤い頬を隠そうともせずにぼーっとこっちを見ていた。
俺と同じ間取りの部屋だ、玄関の電気のスイッチの場所もわかるのに、何故か自分の体はそれを押すために動こうとしない。
赤坂と同じ視線になるようにしゃがみ込んだ。手を伸ばして赤坂の伸びきってしまった足に手をかける。高校の時は絶対に履かなかっただろうヒールのある靴に、足の見えてるスカート。こいつも年取ったな、と随分失礼なことを心の中で思った。
「…靴脱げねーの」
「んーん…脱げる」
赤坂は、昔から負けず嫌いだった。
俺の今持ってる攻撃手のポイントは、多分殆どがこいつから奪い取ったポイント。それでも奪い返しに何度だって立ち向かうし、負けたら負けたでどこが悪かったのか聞いて来るし、結構厄介なやつだった。
ある意味でめんどくせぇとも言える。
「仕方ねぇから脱がせてやる」
「優しいね、太刀川。どしたの」
「お前が酔ってるからだろー」
はぁ、とわざと大きくため息を吐いて、ショートブーツのチャックを開ける。優しく足首を握って、一足ずつ外に出してやれば赤坂が笑いながら俺の肩に手を置いた。
「はーい立ってくださーい」
「ありがとうございまーす」
肩に腕を通して無理やり立ち上がらせる。俺も適当に靴を脱いで、こいつを引っ張って歩いた。
引っ越してきて数日。すでにこいつの部屋は何度も入ってるからベッドの場所もわかる。というかベッドは俺が運んでやったから当たり前だ。
「ほら…とりあえず寝とけよ」
「うん、ありがとー太刀川」
「…おー」
こいつとの関係は、高校から何も変わってない。
別の高校だったから高校生活とかは知らねえけど。何か困った事があったら、俺に頼るし俺も頼る。俺の場合は主に勉強だったけど。
「…なー赤坂」
「ん…?」
ベッドに横になった赤坂が、乾いてる声を出した。それに笑いながらベッドの端に座る。ぎしりとなったスプリングの音。カーテンの閉じてない窓から、うっすらと漏れて来る月と車の光だけで、こいつが少し眠そうだということがわかった。
「お前さ」
「なに?」
「もう平気なのかよ」
こいつが何に苦しんでるのかは、知らない。それが大体解消されたことは分かっているけど、根本的なものとか何かが解決されたのかどうかも、俺は知らない。
でも、忍田さんと笑顔で話してたり、たまに見せてたボーッとした姿を見なくなった事は、いい事だと思ってた。
だから、分からない。
高校の時の、苦しそうにしてたあの姿が忘れられなくて。親も弟も家族も全員急に亡くしたこいつをどうやったら救ってやれるのかも、支えてやれるのかも、わからない。
俺に頼るというよりは、俺の親に頼る形だった数年前を思い出す。孤児となったこいつの世話を焼いていた母親。そんな俺の親に頼ってた赤坂。泣いてたか?どうだろう、いつも笑ってたように思える。
「うん…?平気って?」
「だから、もう家族とかそういうの、平気なのかって」
「……平気なわけ、ないじゃん」
素直な気持ちを聞いた事がない。
辛いとか苦しいとかもう嫌だとか。そんなネガティブな事を言ってる赤坂の姿を知らない。見たことがない。
「なぁ」
「ん?」
本当は、弱い人間だろ、お前。
俺は知ってる。いつも俺に負けてた。いつも忍田さんに負けてた。
俺が隊を作った時、本当はお前も隊を作ると思ったんだ。でも、赤坂は作らなかった。
俺は多分、それが心底良かったと思ってる。
だってこいつは、弱いから。強くなろうとしてるけど、勝つために努力は怠らない人間だけど、周りの奴らはこいつを強いというけど。
いや、別に評価してないわけじゃない。むしろめちゃくちゃ評価してる。同じ攻撃手としても、同じ孤月使いとしても同じ師に教えてもらった身としても。
だからこそ、俺じゃダメだったかと思う。
「…俺じゃあ、お前のそれ断ち切れなかったか」
ずっと一緒にいただろ。
お前とずっと、一緒に過ごしてた。
忍田さんの元で切磋琢磨した。
お前の苦しみとか全部分けてもらえはしなかったけど、お前に背中を預けるぐらいには、俺達の信頼関係は強固なものだっただろ。
「…太刀川…?」
俺の名前を呼ぶ声がする。掠れてて、初めて聞くような酒で小さくなった大人なその声。
赤坂の顔の横に手を置いてぐっと顔を近づけた。お互いに酒の匂いがしてる。諏訪さんが近くでタバコを吸ってせいでタバコの匂いもしてる。赤坂の、柔軟剤のいい匂いのするベッドには似合わねぇな。
小さく笑って、冷えた外気のせいで冷たくなってる頬に俺の手を添えた。
あーぁ、こいつ。俺だからって何油断してんだろ。しょうがねぇ弟とでも思ってんのかな。まぁ確かに、毎日のように勉強教えろって言ってたし、俺が大学に行くって決めてからこいつもボーダー提携の大学に変えたし、私が面倒見てやらないと、とでも思ってるんだろう。
じゃあ、今は。
「…お前さ、もうちょい俺の事、頼ってもいいんじゃねーの」
顔を近づける。俺の近づく顔をじっと見た赤坂が、ゆっくりとその目を閉じた。ほんと、なんでこいつはいつも。
「はぁ……しらねぇぞ、マジで」
なんで、いつも。俺の事を信用するんだろう。そのくせ、なんで俺に全部託そうとしないんだろう。
「太刀川はさ」
「ん?」
あと少しで、その唇に触れる。キスをする。
ずっと、仲間だと思ってたこいつに。友達というよりは、辛かった弟子時代を共に過ごした仲間のこいつに。
赤坂は俺の事を離すわけじゃなく、肩に手だけを置いた。置かれただけで、別に強くもない。拒否するわけでもなく、受け入れようとしてるわけでもないそれ。
あーほんと、どこまでも冷静だなこいつ。
「私とキスしたとして、そのあとどーすんの」
「…気まずくねって事か?別に、気まずくはねーけど…」
「あはは、太刀川らしい」
後腐れない関係は、慣れてる。お前とそうなるのも、別にいいと思ってる。じゃないと隣の部屋に来いとか言わねーし。ずっと隣を歩いて来ねーよ。
「私は、やだな」
あんたと気まずくなりたくない。
赤坂は目を開けて、俺の事を見つめた。
黒い目、酔ってるせいで潤ってるようにも見える。ああ、やっぱり変わんね。
「やーめた」
「それが懸命だね」
頬から手を離して体を起こす。俺の事を見上げてるその顔に笑顔が浮かんで、赤坂の手が肩から離れた。口元を手で覆いながら笑ってるこいつの額を指で弾く。
「さっさと寝ろよ酔っ払い」
「はーい、ありがと、太刀川」
横になってる赤坂に布団を被せる。このまま寝て、明日の朝には復活して、んでもってキスしようとした馬鹿な俺を怒ってくれ。加古にでも元彼の二宮にでもちくってくれ。
馬鹿な事をしようとした俺を、いつもの状態で茶化してくれればそれでいい。
部屋の扉を閉じて、鍵をかけて郵便受けの中に投げ入れた。数歩歩けばすぐに自分の部屋に着く。赤坂の部屋と全く同じ間取りのそこ。扉の近くにあるスイッチを押して、玄関に光を灯しながら俺は玄関の扉に背中をつけて、そのままずるずると、しゃがみこんだ。
何が、気まずくねぇだよ。
何が、後腐れのない関係には慣れてる、だよ。
大切にしてきただろ。4年間、あいつの地雷に触れないように、辛いんだなって側にいるだけでもいいからとにかく離れないように、迅が言ってたあいつがわざと死ぬ未来を、絶対に覆すために、ずっとずっと近くにいただろ。
俺は、何を馬鹿な事を。
自分から、この関係を壊すような事をして。
「……はぁ…っくそ…」
あいつが解決してスッキリしてるならそれでいい。それが一番だ。忍田さんと仲直りして、高校生組に好かれて、何かが解決したならそれでいい。
それでいいから、俺にも、お前の何かを背負わせてくれたって良かったんだ。
酔いの覚めた頭は、酒の回っていた時よりも変な事を考えるものだ。玄関の冷たい床に尻をつかせて、俺は天を仰いだ。
あぁ、酒飲みてぇ。こんな事ならもっと飲んで、酔っ払って仕舞えば良かったんだ。クソッタレ。
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