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真琴さん、明日の夕方、時間があったらでいいのでまた見てもらえませんか。

目の前で戦っている男二人を見ながら、ため息をついた。こいつらと次戦うのか、怖いな。攻撃手として、今の私は彼ら二人にどれぐらい通用するのだろう。勝てるとは思ってない。それでも、勝ちたい。携帯に打ち込んだメッセージを見て、手を握りしめる。


真琴さん。また、見てくれるかな。


ボータに入った時、攻撃手の女性は少なすぎてどう戦えばいいのか分からなかった。いたとしても自分より年下、体つきも小さくて同じような闘い方はできそうにない。詰んだな、そう思っていた時に私の前に現れたのが真琴さんだった。

孤月使いの、トップランカー。それだけで恐れ多いのに。彼女はなによりも、優しい人だった。弟子は取ってないって言ってたけど、私が同じ性別だったからか、快く練習を見てくれた。素敵な人だった。憧れだった。この人のように動けたら、この人みたいに戦えたら、どれだけ楽しいだろう。そう思ってしまうほどに。

『友子、どうしたの?』

メッセージに既読がついた後、すぐに電話がかかってきた。真琴さんはやっぱり優しい、すぐに反応して電話をしてくれるところが、あの人が色んな人に頼られてる由縁だと思う。彼女の名前を呼んで、電話に出る。それだけで、こんなにも人がいるブースの中でピクリと反応する男が多い。

さすがは真琴さん。高校生や年下の多いボーダーは、年上の存在が珍しい。大学生組の人と仲良く出来てる人は少ないし、そんな中でも女の真琴さんと仲良くしていれば大体の人に羨ましがられる。

皆に優しくて、強くて、格好いいこの人と、誰だって親しい仲になりたいのだ。

私は唯一のあの人の弟子だから、当然のように羨ましがられた。その時のことを思い出して、小さく笑う。

電話から聞こえる真琴さんの声に、嬉しい思いと同時に周りの男への牽制も込めて視線を上げた。戦闘をやめたのかブースから出ている村上先輩たちが、こっちを見てる。電話をしながら真琴さんと一言言っただけで気になるなんて、皆真琴さんが大好きだな。

「明日って、時間ありますか?」
『うん、あるけど。もう充分強いでしょ、今更何か教えられる事あるかな』
「何言ってるんですか、真琴さんに修行つけてもらえたら百人力です」

そうか、真琴さんか…。村上先輩の小さく呟いただろう声が聞こえて、思わず笑った。
あの人に教えてもらったからと言って私も強いとは限らないけれど、それでもあの人の闘い方はこの身に叩き込んだ。

少しでもいいから追いつけるように、少しでもいいからあの人みたいになれるように。そう願ってやってきた。強くなりたかった。真琴さんのように、格好いい人に。

『じゃあ明日ね、学校終わったら教えて』
「ありがとうございます、真琴さん」

いいでしょう。私の師匠は真琴さんなの。電話を切って携帯をポケットに仕舞い込む。こっちを見てる男子たちの視線に、ふふんっと笑いながら歩いた。この二人が戦ってることを教えてくれた迅さんに感謝だ。でもセクハラはもう嫌だから、明日報告させてもらうけど。真琴さんに怒られて仕舞えばいいんだ。







「迅くんに怒っておくから、それはマジでごめん」

真琴さんが私に向かって頭を下げた。彼女に頭を下げて欲しかったわけじゃないからそんなこと気にしてないのに。あの人のセクハラはいい加減にして欲しい部分もあるから、お願いしますと同じように頭を下げる。

「次って鈴鳴と玉狛?」
「はい、そうです」
「そうかそうか……結構厄介じゃない?」
「あはは……そうなんですよねぇ…」

玲の部屋でログを見直して打ち合わせをした。改めて見ると、化け物じみた戦いぶりは怖いものがある。さて、私に何ができるかと聞かれても、どうにかして動くしか方法はない。その動き方は真琴さんに教えてもらう、わけではないけど。今まで教えてもらった事と、もう一度照らし合わせて欲しかったのだ。

「お願いしても、大丈夫ですか」
「ん、よろしくね。トリガーオン」
「トリガー、オン…!」

仮想戦闘ブースで、二人で向かい合わせに立ちながら換装体に着替える。白い隊服の私とは反対に、黒いミリタリージャケットを着てる真琴さん。手には孤月一本。彼女の目が一度閉ざされて、開けられた。その瞬間、ゾクリと背筋が粟立つ。この人のスイッチの入り方は凄い。この視線からそらしたら最後、絶対に逸らすもんかと孤月を握ってる手に力を入れた。








悪天候のステージを選んだのは攻撃手封じのためだ。暴風雨。川の流れも激しい所。その川を境目にして、攻撃手の村上先輩と空閑君が私の周りに対峙してる。迅さんが言っていた、次の私の対戦相手が戦っているって言っていたのはこう言うことか。

思わずでた小さな舌打ちを誤魔化すように、孤月を両手で持ち直した。前にいるのは村上先輩。一点でも多く点が欲しい。那須隊はもう、最後になるから。

茜が緊急脱出した今は多分、空閑君も私を狙いにくるかもしれない。それなら、狙われる前に村上先輩を倒すことだけを考えよう。孤月を振りかざして村上先輩に向かって両手を振るう。すかさず交わした村上先輩の攻撃が手に当たり、片手をなくしてしまった。

あぁ、本当に、この動き方だけはどうしても真似できない。なんで、私と同じ孤月使いで。なんで、私とそんなに変わらない身長なのに、あそこまで軽やかに動けるのだろう。なんで、同じ女の攻撃手で、なんで、あんなに強いんだろう。

憧れの人に近付きたくて、憧れのあの人のように戦いたくて、毎日のように修行を見てもらった日々はなんだったのだろう。

悔しくなる。もうこの隊で戦えるのは少ない。だからこそ多くの点をとって、いい戦績を残したい。ぐっと力を顔にこめて、目にも強さを宿らせて、あの人みたいに、真琴さんみたいに視線だけで人を圧倒できるぐらいに。

付け焼き刃だろうとなんだっていい。




『真琴さんって、どうしてそんなにトリガー使うんですか?孤月だけでも十分強いですよね』

この前、久しぶりに見てもらった時になんとなくで聞いてみた。グラスホッパー、バッグワーム、メテオラ。いろんなトリガーをセットしてるその戦い方は、他の攻撃手のトップランカー達が言うには「戦いにくい」そうだ。
次はどう出るかわからない。わからないこそ警戒することが多すぎて疲れる。孤月だけじゃなくて他のトリガーでさえ圧倒的なモーションを見せるのは、さすがあの忍田さんの弟子だと思うけれど。

真琴さんは私に笑いながら、孤月の先端を額に向けた。戦ってる時にお喋りはダメだよ、友子。少しの隙さえ見せたら終わる。彼女の力はいつだって、一級品だ。

『男の多い攻撃手の中で、力で押し負けるぐらいならいろんなトリガーに手を出した方がいいでしょ?』
『……それを使いこなしてるのが、凄いんですよ』

そう言った私を見て、真琴さんがあははと大きく声をあげて笑った。使いこなしてるトリガーはグラスホッパーと孤月だけ。そう言った真琴さんに首を傾げる。彼女は孤月を消して、お尻をつかせた私に手を差し出した。

『毎回違うトリガー使ってたらさ、ちょっとした隙を生み出せるでしょ?その隙に、自分の得意なトリガーで踏み込むんだよ』




玲の戦い方を思い出しながらメテオラを放つ。真琴さんの言った通りだ。普段は使わないトリガーをここぞと言う時に使えば、あの村上先輩に一瞬の隙が生まれた。戦うと言うのはこう言うこと。同じ戦い方をしていれば、いつかは足元をすくわれる。

下に見られてるのであれば、少し変わった事をして油断させればいい。虎視眈々とそこを見定めて、戦いに行くことができるのは、いつだって冷静な人だけだ。

あの人みたいに戦うんだ。まだ、那須隊で戦うんだ。皆で、戦ってやるんだ…!!!

村上先輩に生まれた隙を逃さずに、メテオラを叩き込む。絶対にこの一点は逃してやるものかよ!


「付け焼き刃に、やられる訳にはいかない」


村上先輩の声が耳に届く瞬間、攻撃が私に当たって意識が飛んだ。緊急脱出。ふわっと漂う意識空間の中、エアベッドに倒れ込む。
涙が出た。悔しい、悔しい。悔しすぎる。気持ちはあった、強い気持ちはあった。勝ってやるんだって、私がこの一点をもぎ取ってやるんだって。
誰よりも、この場で戦ってる誰よりも強い気持ちを抱いていたのに。

「……っ、くそ……っ…」

負けて悔しい。そんな思いを抱けるぐらいには、私も少しずつ強くなれて、いるのだろうか。




試合が終わった。勝ったのは玉狛。不甲斐ない戦いをしてしまったのではないだろうか。解説の迅さんと太刀川さんの声が聞こえる。泣いている茜の頭を撫でながら、きっとブースのどこかで見てくれている師匠の真琴さんに、どんな顔を見せればいいのやらと顔を曇らせていた。

「個人的に西岸のポイントは、那須隊の二人が逃げなかったことですね。熊谷、日浦、両隊員は点を取れずに退場しましたが、それぞれちゃんと時間を稼いでますし。熊谷隊員に関しては、気合の強さだけじゃなくて、戦い方も成長していた」

迅さんの言葉が胸に染み渡る。その言葉に続いて、太刀川さんが笑いながら、声を発していた。

「赤坂〜師匠としてはどうよ?」

その言葉に、びくりと肩が揺れた。私の背中を摩ってくれた玲や小夜が、笑顔を浮かべながら私を見てくれている。それでも怖い。なんて評価されるだろう。迅さんには、これ以上ないぐらいの評価を貰った。それは嬉しい。でも、憧れているあの人に、戦い方を教えてくれたあの人に、私のさっきの戦いぶりはどうやって見られていたのだろう。

「赤坂さん、こちらへどうぞ」
「え、まじ?私話していいの?」

赤坂さんの言葉に、ブース内が笑いに溢れる。それでも私の心は緊張していた。ドッ、ドッ。心臓の動きが早くなって、手が震えた。怖い、怖い。真琴さんに、なんて言われるのか、怖い。

「よかったと思う。結果的には玉狛、鈴鳴に1点ずつ取られてしまってるけど、良い判断だった。村上君的には、あそこで友子がメテオラを使う事に驚きの気持ちもあったと思うけど、色んなトリガーに手を出すことが悪い訳じゃないし」

真琴さんの言葉が、ゆっくりゆっくりと身体に溶け込んだ。

「女攻撃手って少ないから。実力も力も上にならざるを得ない男に評価されるのって、少しだけ不服だよね。戦い方がどうのこうの、はこの際おいていい。判断としてはグッド。攻撃手としてのプライドなら、負けてない」

涙が出る。顔を手で覆って、しゃがみ込んだ。そんな私の頭を撫でてくれる隊員の皆が、優しい。

嬉しい。こんな風に、あの人に評価されるのがとても嬉しい。

「強くなったと思うよ、友子。点を取れる隊員に成長してる。アドリブのメテオラを、今度はもっとモノにできるように特訓すれば、強力な武器になると思う」

以上、赤坂でした。

その言葉の後、拍手が響いて、次の評価に移り変わった。

強くなったと思うよ。その言葉がどれだけ嬉しいのか、真琴さんはわかっているのだろうか。真琴さんのように戦える人になりたかった。女の攻撃手の中でも、攻撃手全体の中でも圧倒的にほとんどの人の憧れを背負ってる強い彼女みたいに。

涙が止まらない。嬉しい、もっともっと強くなりたい。あの人みたいに、強く。両手をキツく握りしめて、拳を作る。今度はもっと、点をとる。強くなる。私は、強くなるんだ。

真琴さんみたいに、憧れられるような人に。



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