これが恋ってやつ
「当真みたいに感覚的に撃てる奴がもう一人いるんだよ」
「へ〜男っすか?」
「いや、珍しく女の子だよ。当真と2歳ぐらいしか違わないはずだ」
俺がまだボーダーに入りたての時だった。
東さんに狙撃の練習を見てもらっている時、ちょうど訓練場の近くを通りかかったのが、当時はまだ高校生だった雪だ。
「お、噂をすればなんとやら。雪、今いいか?」
「あ、東さん、お疲れ様です」
「お疲れ」
今じゃ出来る女の代名詞とも言われているその白衣姿が、まだ白衣に着られているなんて年上の世代から言われていた雪。
それでも、中学を卒業したばっかの思春期真っ只中の俺にしたら、胸のでかい白衣姿はとても大人に見えた。
白衣を翻して訓練場の中へと入ってきた雪と呼ばれる女。
銃を一旦置いて立ち上がれば、俺よりいくらか下にある頭。
あ、意外に背が低い。
胸が思ってたよりもっと大きい。
そんな第一印象だった。
「井伊雪です。えっと?」
「当真勇っす。この前ボーダーに入りました〜」
へらへらと笑いながらそういえば、何かわかったのか、あぁ!!と納得して笑顔を見せるその人。
「何か狙撃が的確すぎて気持ち悪いって言われてる人か」
「うわ、すげー言われようっすね」
「お前もそんなもんだろ、雪」
まぁ確かにこんなにも当たるもんかと思ってしまうぐらい当たるから、俺はもしかしたら狙撃の天才なのかもしれないとは思っているけれど。
まさか目の前のこの女の人がそんなに狙撃が上手いとは知らなくて。
へーとびっくりしたような顔を見せると、照れながらそんなことないと首を横に振った。
「私はトリオン少ないから、技術に時間を割いただけですよ」
それじゃあ失礼します、これからよろしくね、当真くん。
特別な言葉は何もない。
それでも一言一句間違えずに、その時この人が言っていた言葉を言える。
どんな動きをしていたのかも。どんな表情をしていたのかも。
全て覚えてる。
まだ当時は、胸のでかい普通の女の人だけど、狙撃がすごいということしか頭にはなかったけど。
どんどん話していけば雪にのめり込んでいって、気付いたら2年経っていた。
「(あの頃は化粧とかしてなかったのにな〜)」
俺の膝の上でスヤスヤと眠る雪。
マスカラでいくらか上がったまつげの本数を数えていれば、じっと見ていたせいで居心地でも悪くなったのか、少し身じろぎをして縮こまる。
「(小動物みたいだな〜...)」
2つは離れている年上の女の人に思うことではないけれど、こうやってみれば本当に可愛らしい動物みたいだ。
これが、ランク戦の時とかはあんな獲物を狩るような目つきで銃のスコープを覗くんだ。
あの目で狙われたらゾクゾクすると以前太刀川さんが言っていたが、あいにく同じ狙撃手であるから狙われることは少ないためわからない。
それでも、白衣を着て仕事をしている時の姿はなかなかに腰にくるものがあるとこれもまた太刀川さんが言っていたが、こればかりは納得した。
俺も健全な男子高校生だから仕方ない。
「雪〜もう少しで小早川さん来ちゃうぞ〜」
胸元まである髪をひと撫でしながら、ニヤニヤと笑みを浮かべて雪の名前を呼ぶ。
大学のレポートやらボーダーの研究室やら後輩たちへの指導やらで忙しい雪を無理やり隊室に連れ込んだのは自分だけど。
それでもこんなに気持ちよさそうに自分の膝の上で寝られちゃ、ニヤニヤもする。
疲れているだろうからもう少し寝かせてやりたい気持ち半分、好きな人をもう少し堪能していたい下心半分。
「雪〜〜」
もう一度その名前を呼んで、髪を撫でていた手を頬へと滑らせる。
前から変わらないその白い肌。グロスの取れかかった血色のいい唇。
あー...
「(キスしてぇ...)」
そう思ったと同時に、隊室の扉が開いた。
「当真、悪いな。雪のお守り大変だっただろう?」
入ってきたのは 雪の所属している小早川隊の隊長さんとその隊員である高梨さん。
パソコンをカチャカチャ動かしていた冬島隊長が片手をひらひら動かしているのが見えた。
それに小さく会釈をして、俺の膝の上で寝ている雪の頭をばしっと叩く小早川さん。
「うわ、えげつねーなお前」
「雪かわいそー」
「寝てるこいつが悪い」
せっかく楽しんでたのに。
拗ねてる俺の気持ちがわかったのか、高梨さんが苦笑をこぼしながら俺のリーゼントをそっと撫でた。
「わりーな、今から防衛任務なんだよ。連れてくぞ、雪」
「どーぞ」
「起きたか、雪?」
もぞもぞと動いたかと思うと、腕を勢いよく伸ばしてんーと伸びをする雪。
そして目の前にある俺の顔や小早川さんたちの顔に気づいたのか勢いよく上半身を起こして、俺の名前を呼ぶ。
「ん?」
「もしかして私勇の膝で寝てた?」
「うん。可愛かったぜ」
「マジで !?」
途端に顔を真っ赤にして本当にごめんねと両手を合わせて謝る雪に笑う。
もう少し膝枕してあげたかったというのは本音だが、今から任務なのだから仕方ない。
俺は隊室を出て行く三人にじゃーなーというと、雪以外の二人は手を振るだけだったのに、雪だけは俺の顔をしっかりと見て笑顔を浮かべた。
「またね、勇。冬島さんも、真木ちゃんもお疲れ様です」
「おーう」
「お疲れ様です、雪さん」
あー、その笑顔とか話し方とか全て、全部、何もかもが、俺の心臓にずしっとやってくる。
これが恋ってやつなんだな、と。
齢18にして学んだ俺はもしかしたら天才なのかもしれない。
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