酷い女だ

スコープを覗く。そこから見えるのはトリオン兵の急所。
耳から聞こえる隊長の声に頷いて、いつでもいいぜと声に出せば、隊長のトラップが作動する。俺はそれに合わせて指に掛けたトリガーを引く。


ドカンと一発。弾が急所にあたり倒れるトリオンに、ヒュ〜と言った隊長の口笛が聞こえた。



「勇、お疲れ様」

「おー雪もお疲れさん」

コーヒー片手に白衣のポケットに手を突っ込んで立っていた雪が廊下にいた。
自動販売機に寄りかかりながらぼーっとしてるようだ。


「なんか飲む?」

「んじゃなんかおごって」

「勇の方が儲かってるはずなんだけどな〜」

「じゃあ今度何か奢る」


ふざけたようにそういえば、雪は笑いながらそんなことは気にしなくてもいいと言って、お金を自動販売機に入れていく。
好きなものを飲んでいいそうなので、お言葉にあまえることにした。防衛任務からの帰りは何となく喉が乾くものだ。


「ありがとな」


お釣りを出して、雪の手に小銭を乗せる。
それを握りしめてポケットに突っ込んだ雪の目の下が、結構な隈があって驚いた。


「あんま寝てねーの?」

「ん?んー...寝てる気ではいるんだけどね」


防衛任務に研究に大学に。何でも雪は頑張りすぎるのだと思う。
俺より20cmは小さい雪の頭を撫でれば、雪はまるで猫みたいに目を細めて、気持ちよさそうに笑った。


「なー雪」

「んー?」

「俺が何で雪に対してだけ、敬語じゃないのか知ってるかー?」

「んー」


聞いてるのか聞いてないのか。
適当に相槌を打つ雪に苦笑しながら、撫でていた手を頭から頬へとずらしてやる。
柔らかい白い肌。指をつつーっと沿って撫でてやれば、雪がくすぐったそうに身をよじった。


「...なぁ」







好きなんだけど。








そう言おうとした時、廊下の奥から隊長の声が聞こえた。「当真ーミーティングやるぞー」その言葉に、はぁとため息をつく。まだ俺は高校生なんだけどな、と思うものの、大人のいる隊に所属してればそうもいかない。


「ミーティング行ってきな、勇」

「んー... 雪、いつ終わんの?」

「もうちょっとかな」

「じゃあ一緒に帰るべ」



雪が何か反論しようとしてるのはわかった。
何か言われる前に。断られる前に、それじゃあと言って俺は隊室へ足を運ぶ。









好きなんだけど。





もしあの時、そう言ったら、雪はどんな顔をしただろうか。


困った顔をするのだろうか。

嬉しそうな顔をするのだろうか。


恥ずかしそうな顔をするのだろうか。



きっと、困った顔をするんだろう。

だってわかるんだ。俺が雪を好きで、好きで、好きすぎて。
器の小さい嫉妬とかして、雪を縛り付けてるって。しかもそのことを、雪は気付いてるってことも、俺は知ってるんだ。

だけど、それでも俺をつき離そうとしない雪にまた惹かれて。


どんどんハマっているのがわかる。



こんなの、俺だけのせいじゃないはずだ。



雪だってきっと、俺のことが好きなのに。
言わせてもくれないなんて、酷いじゃないか。




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