03

百さんは収入に見合ったかなり広い部屋に住んでいる。それこそ、わたしが急に「しばらく住ませて欲しい」って頼んでもあとひとりふたりなら泊まれるくらいには広い。セキュリティも万全で安心な物件だけど、虎視眈々とスキャンダルを狙うジャーナリストの方々にはあんまり関係ない、らしい。わたしはカーテンに触らないことを百さんに散々言われたのでもう窓側に近づくこともしないけど。
最近は百さんちに来る時は性別ができるだけわからないような格好を心がけている。一部の雑誌やネットでは『謎の人物の正体に迫る!』といった記事が不定期で掲載されていて、生き別れの弟だったり彼女だったりセフレだったり、とにかく様々なことが書かれていたりする。セフレ(男)の記事を見た時はさすがにちょっと申し訳ない気持ちになった。百さん、ごめんなさい…。
とにかくそんな訳で基本的に百さんの家にいる時は男の子っぽい格好なんだけど、さすがに寝るときは楽な格好をさせて貰ってる。それが女の子っぽいかって言われたらそれはまた別の話なんだけど。お風呂貸してもらって部屋着に着替えたわたしは、ようやく落ち着けるとばかりにクッションの上でゴロゴロしていた。

「なまえちゃん、ドライヤーしてないじゃん!」

お風呂から出た百さんが叫ぶ。いやー、だってめんどくさいし。……なんて言うとまたうるさいので、「電気代かかっちゃうし、申し訳ないので…」なんて心にもないことを言ってみた。

「オレがドライヤーの電気代なんか気にするような男に見えるの!?」
「いいえまったく」

ごもっともである。百さんは「どうせ面倒臭いって思っただけでしょ、わかるよ」と言って部屋を出ていった。すごい、普通にバレてる。
暫くしてドライヤー片手に戻ってきた百さんは、コンセントを差して座った。

「モモちゃんがかけてあげるよ、名案!」
「いや、え? 無理」
「ひどくない!? なまえちゃんのこと、ユキに言ってもいいんだよ!」
「わあ嬉しい百さんにドライヤーかけてもらえるなんて夢みたいだなあー!」

慌てて立ち上がって百さんの前に座ると、満足そうに笑う声が聞こえた。くそー、弱みを握られるって辛いな…。


集中してるのか、まあ喋ったところでドライヤーの音で聞こえないんだけど、とにかく黙ってドライヤーをかける百さんと、黙ってかけられるわたし。こういう時って目瞑っちゃうよね。あー、人にドライヤーとかしてもらうの気持ちいいなあー。しかも天下のトップアイドル、Re:valeの百さんだし。イケメンだし。
……ちょっと待って、なんか、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきたんだけど?
百さんが優しく髪を梳く。百さんの指が触れたところに意識がいっちゃう。なんだこれ、なんだこれ。
泊まりに来るのなんか初めてじゃない。百さんにドライヤーをかけてもらうのだって、わりとよくあること。なのに、なんで。

──「オレもいるし」

うわー。絶対百さんの発言のせいじゃん。百さんはもう忘れてるだろうけど。悔しい、ムカつく、恥ずかしい、照れる。たまに百さんの指が耳や首に触れるのが、なんとも言えないくらいこそばゆい。いや、ちよっと、本気で無理……。

「も、いいです、大丈夫です!」
「えー、もう終わるしいいよ」
「いやいい、やる、自分でやります!」

振り返って百さんの手からドライヤーを奪うと、百さんは「変ななまえちゃん」と言った。わかる、でもホントに無理なんだよ…。
いやー、ドライヤーの温風って暑いよね。顔赤くなっちゃったよ!!




ドライヤーをかけ終えたなまえちゃんとテレビを見ていたら、眠さの限界が来たのかなまえちゃんはソファの肘を枕にした。オレの膝貸そうか、なんて冗談を言おうとしたけど多分こうなったなまえちゃんからリアクションは望めないからやめた。
かわりに肩を叩いて、寝るなら布団に行くように促す。なまえちゃんは「んーーー」って唸り声を上げるだけで、立ち上がる気配はない。しょうがないなあ…。
オレは立ち上がって、なまえちゃんの腕を引っ張った。よくわからないバンドのツアーTシャツにジャージという中学生みたいな部屋着のなまえちゃんが無防備に寝てたって正直欲情したりしない。なまえちゃんに魅力がないとかじゃなくて、オレにとってなまえちゃんが手のかかる妹って感じだから。オレはなまえちゃんを背負って、歩き出した。




「じゃあなまえちゃん、電気消すよ」

なまえちゃんを布団に寝かせて声をかける。寒くないかな、風邪引かないよね?

「オレ明日朝早いから、なまえちゃん起きたらテキトーに帰っていいからね。鍵はいつもんとこ」
「んーー」

聞こえてないだろうなってことは分かってたけど、声をかけると絶対に返事が返ってくるのはおもしろい。絶対明日覚えてないだろうけど。オレはなまえちゃんの寝る部屋の電気を消して、自分の寝室へ向かった。

← →