「ただいま香夏子」
「あ、」
先輩二人に報復を終え、砂ぼこりを払うかのように手を叩きながら戻って来る山本。
近づいて来る山本を両手を固く握りしめているまま見つめていると「どうした?」といつもの明るい調子で返される。
その瞬間、香夏子の目に涙が浮かんできた。
「どっ、どーした!?あいつらに何かされたか!?」
「ううんっ……、そーじゃな……ッ」
どんどん溢れてくる涙を手の甲で拭うことにより視界が暗くなる。
それでも山本の声に怒気が含まれていることも香夏子が泣いていることに対し慌てていることもわかる。
「たけしくんがッ、」
「俺?」
「たけしくんが怪我してなくてッ……、よかった……」
「もどって来ないから……ッ、あの人たちに何かされてるんじゃないかって――」
溢れる涙のせいで上手く喋れないが必死に想いを伝えるとしゃくりが邪魔をしてくる。
怪我をしていないのだからそれでいい。そうは思っても中々涙は収まらずどんどん溢れてくる。
もうこのまま涙が止まるまで泣いてしまおうかと思っていたとき――。
「香夏子」
名前を呼ばれ顔をあげると、ゴツゴツとした長い指が目の前に迫りそれは香夏子の目にたまった涙をぬぐいとっていく。
ポカンと呆ける香夏子に「止まった?」と問いかける山本。
確かに涙は引っ込んだが驚きで声が出ず頷くことしか出来ない。
いつもの人の良い笑み――ではなく慈しむかのような笑顔を向けられていた。
「心配かけてごめんな」
「う、ううん……」
「――――せっかく海に来たんだし、泳ぐか!」
香夏子もその笑顔に応えるべく、涙でぐちゃぐちゃの顔だが精一杯の笑顔を返した。
「あの、泳ぐ前に浮き輪借りてきてもいい?」
「いいぜ。海の家で貸し出してたよな」
二人で泳ぎに行ってくるとツナや京子たちに一言声をかけ、海の家へ向かう途中。
人に溢れた砂浜を二人並んで歩いている中、周りから見られていることに気づく。
「泣いたあとだから瞼腫れてるのかも……」とさきほどの涙の影響が出ていてそれを見られているのだと思うと非常に恥ずかしい。
「(海の家行ったら氷もらえないか聞いてみよう……。それで瞼の腫れがひくとは思えないけど)」
やらないよりはマシだろうと心の中で呟き、それまでは顔を俯かせて歩くことにする。
「(なんか今日下向いて歩いてばっかだなぁ……)」
「香夏子、こっち」
「わっ、あ、ごめん!――……あれここ更衣室?」
下を向きすぎて方向感覚のわからなくなっていた香夏子をさりげなく誘導してくれた――のかと思えば視界に入ったのは男子更衣室。
「財布取りにきたとか?」と色々考えている間に男子更衣室の中から出てきた山本。いつの間に入ってたんだ。
何か用事があったのかと聞こうとする前に「ほい」と山本が更衣室から取ってきた布状のものを渡される。
広げてみるとそれはティーシャツで、何故これを香夏子が渡されたのかわからず首を傾げる。
「……武君身体冷えちゃった?」
「ううん?香夏子に着て欲しくて取ってきた」
「私……?」
さきほどの先輩たちとの勝負で泳いだ山本が体を冷やしたという理由でこのティーシャツを着るならわかるが、
まだ一泳ぎもしていない香夏子はむしろ真夏の炎天下で熱いくらいだ。
「なんで私?」と再び首を傾げていると「それ予備に持ってきたやつだから安心していいぜ」と言われた。そういうこと聞いてるんじゃない。
「(も、もしかして今さらながらビキニは見苦しいと思われてる……!?)」
「あれでも今から泳ぐしこれ濡れちゃうよ?私自分のやつ着るから――」
「いいって」
「よくわかんねぇけど、香夏子にそれ着てて欲しいんだ」
「な!頼む!」とパチン音をならして手を合わせられ、さすがにそこまでされてはイヤとは言えないだろう。
見苦しいと思われていたことは少なからずショックではあるが「まぁお腹出してるの恥ずかしいと思ってたからちょうどいいのかな。忘れてたけど」と思えばありがたく受け取れたのだった。
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