「――…………これでよし、と!終わったぜ香夏子ちゃん」
背中をポンと軽く叩かれ前を向くよう促されれば、全身鏡に映る浴衣姿の自分と目が合った。
「わ……――、ありがとうございます」
「いいって!むしろおじさんが着付けなんてしちゃって悪かったなぁ」
「嫌だったろ?」と苦笑いを浮かべている剛に「ううん、そんなことなかったです」と首を横に振る。
本来であれば香夏子が自分で着付けをしなければいけなかったのだが、初めて挑戦した着付けに戸惑ってしまい見兼ねた剛が助けてくれたのであって
逆にこちらの方が申し訳ないくらいだ。
「しかし武のやつ、せっかくの夏祭りだってのに出稼ぎたぁ……、我が息子ながら呆れちまうな」
そう言って剛がため息をつくのを見ながら「あはは……」と苦笑いだけを返す。
なんでも町内会の七夕祭りに参加したときに山本は公民館の壁を壊してしまったらしく、修理代を稼ぐために並盛神社の夏祭りで屋台をやっているのだとか。
……修理代を請求されるほどの壊し方とは、一体何をしたのやらと気になるところである。
剛の言う通り、せっかくの夏祭りなのだ。山本も少しでも夏祭りを楽しめれば良いのだが――。
「香夏子ちゃんはお友達と見てまわるんだろ?帰りは危ねえから武と一緒に帰って来るんだぞ?」
「あ、はい。そうします」
「そんじゃ、楽しんできな」と早く行くようもう一度背中を叩かれ促されるまま玄関へと足を進める。
浴衣とセットで持ってきた下駄をはいて「行ってきます」と振り返れば、剛は満面の笑顔で見送ってくれた。
……――並盛神社へ近づくにつれ、聞こえる祭りばやしの音が大きくなってきた。
カラコロという下駄が奏でる特有の音を聞きながら周りを見てみると、香夏子と同じように華やかな浴衣に身を包んだ老若男女がいる。
改めて自分の装いを確認するために路駐している車の窓ガラスを覗きこむ。
少しの着崩れもなく綺麗に着付けられたそれに思わず感嘆のため息が零れてしまいそうだ。
慌てて実家に戻って浴衣を取りに言って正解だったなと剛に着付けてもらった浴衣姿に満足しながら再び足を進める。
「(京子ちゃんとハルちゃんもう来てるかな……――)」
並盛神社の鳥居で待ち合わせようと約束しているものの、人の多さに見逃してしまわないようキョロキョロとあたりを見渡していると。
「――……あ、香夏子ちゃーん!!」
「あ、ハルちゃん!」
「京子ちゃんはまだ来てないですか?」
「そうみたい」
腕時計を確認し約束の時間までまだあるからもう少ししたら京子も来るであろう。
「ハルちゃん浴衣姿可愛いね」「いえいえ香夏子ちゃんこそ!」と他愛のない会話を少ししているうちに京子がやって来たため、三人揃って神社に足を踏み入れた。
「…………――そう言えば香夏子ちゃん、今日は山本さん一緒じゃないんですか?」
「うん。公民館の壁壊しちゃったから弁償するために獄寺君とチョコバナナ屋さんやるんだって」
「チョコバナナかあ。せっかくだし買いに行こうか」
「私甘いの食べたいな」という京子の希望により、山本がいる屋台へと足を向ける。
「でも残念ですね。みんなで一緒に花火見れるかと思ってたんですけど」
シュンと項垂れているハルに「そうだね……」と苦笑いを返しつつ、山本と交わした会話を思い出す。
てっきり山本もツナや獄寺たちと夏祭りを楽しむものだと香夏子は思っていたのだが、修繕費を稼ぐ屋台を出すため遊べないのだと聞いたのが今朝だ。
手伝おうか?と申し出ようとしたものの、獄寺も一緒なのだと聞いてしまい「が、頑張ってね」としか言葉が出て来なかった。
「……――あれかな?」
「本当だ!ツナさんもいます!」
「チョコバナナくださーい」
京子とハルの声に気づいたツナが振り返った。
「お店してるのすごいね」という会話を横で聞きながら串にささっただけのバナナが並んでいるのを見ていると、屋台の中にいる山本と目が合った。
「香夏子も浴衣着てきたんだな」
「おじさんが着せてくれたの」
「親父が?」と意外だなという顔をしている山本に「おかげで私も浴衣着てこれたんだ」と口にすると自然と頬が緩んでいく。
どうやら香夏子自身浴衣を着させてもらえたことが本当に嬉しいらしい。
相当浮かれていることに気づくことなく何度も袖を持ち上げてみてはふふっと笑みを浮かべていると。
「良かったな香夏子。すげー似合ってる」
「へ――――……」
予測していなかった山本による突然のお誉めの言葉により香夏子の口から変な声が零れた。
どんどん頬が熱くなっていくのを自分で理解するものの「……いやいやいや」と心の中で突っ込みを入れる。
「(武君の褒め殺しなんて今に始まったことじゃないから今回だって深い意味はないんだろうな……)」
現に山本が「海ンときも思ったけどやっぱ普段と恰好違うと雰囲気変わるのな!」と言っているので「やっぱ深い意味はないな」と確信を得られた。
とりあえず「あ、ありがと」と伝え「武君もチョコバナナ屋さん頑張ってね」と無事に完売することを願い屋台をあとに二三歩足を進めたが――。
「そうだ香夏子。このあと花火あるの知ってるか?」
「え、あ、うん」
「時間までに終わらせるからさ――
――一緒に見よーぜ」
「一緒に…………――?」
いつかの海のときと同じ、いつもの人の好い笑みではなく慈しみが込められた笑顔を浮かべている山本。
その表情に一瞬どきりと心臓が大きく跳ねたが、先の「みんなで一緒に」というハルの会話を思い出し「あ、そういうことか」と納得する。
「うん、またあとでね」と手をふり今度こそチョコバナナ屋をあとにするのだった。
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