非現実なはずがとても現実味を帯びていた不思議な夢を見た翌日の朝。
上半身を起こし隣を見てみればやはり山本の姿はなく、丁寧に畳まれた布団から今朝もバッティングセンターに向かったのだと推測し香夏子ももそもそと起きる準備を始める。
朝食の支度をしつつ平行で宣言通りミルフィーユカツの残りを使ったカツサンドを作り終えたのと同時に山本が台所に顔を出した。
「ただいま!」
「おかえりなさい。あ、朝ごはんまだ出来てなくて……」
「なんか手伝うことある?」
「じゃぁ、味噌汁温め直してもらってもいい?」
「わかった」
その前に手を洗って来ると言って台所を出ようとしていた山本だったが、足をピタリと止めては首だけをコチラに向け「そうだ」と口を開いた。
「おはよーさん香夏子」
「え、あ、お、おはよう。えっと、」
「武君」と名を呼べば満足したかのような笑みを浮かべる山本。
そんなに名前呼びが気に入ったのかと香夏子が気恥ずかしくなっているのを他所に「あいさつしてなかったろ?」と言って山本は今度こそ台所を出て行った。
山本の足音が遠くなって行くのを確認した上で両手で挟んだ自分の頬がほんのり熱を持っていることに対し「いやいや――」と思わず声が出る。
「(少女漫画か――――!)」
「私ただの居候!武君は同居人!」と、自分にそう言い聞かせ中々冷めない頬の熱を追い払うべく「早く冷めろ早く冷めろ早く冷めろ」と何度も呟いたのだった。
「香夏子ー、お昼どこで食べるー?」
四時限目の授業も終わり育ち盛りの中学生には待ちに待った嬉しい昼休み。
弁当箱の包みを片手に昼食をどこで食べるかというみっちゃんへの問いに、どこかいい場所はないかと考えながらカバンから弁当の包みを取り出すと何か違和感を感じた。
重量感のある弁当に「ま、まさか……」と思い当たる原因を思い浮かべ恐る恐る包みを開いていくと、綺麗な三角のおにぎりが二つランチボックスの上に鎮座しており香夏子の頭上には「!?」というマークが浮かんでいることだろう。
「(た、武君のと間違えてる――!)」
山本からカツサンドの他におにぎりも欲しいと言われ急遽山本の分の包みにそれを入れたのが家を出る前のこと。
包みの見た目が似ているわけでもなく、急いでいたということもないため間違う要素はないはずなのだが。
今朝は同じ時間に家を出たため弁当をカバンにしまったのも二人同時。どっちが取り間違えたのかもわからない。
「(いやなんでこんな重いの持ってて気づかないんだよ私――!)」
「武君も軽いと思わなかったのか!」と心の中で山本へと文句を零していると、おにぎり二つを前に固まっている香夏子を不審に思ったみっちゃんが首を傾げていた。
「何固まってんの?どうかした?」
「え、いやなにも!?」
「あれ香夏子。今日はお昼多いんだね」
タイミング良くやってきたアリスに「昨日はおにぎりだけだったのに」と言われギクリと肩が跳ねる。
再び始まった今日の昼食はどこで食べる談義を聞き流し「あ!」と何かに気づいたときのような声を出してみる。
「わ、私飲み物忘れちゃったみたい!」
「何そのわざとらしい声」
「か、買って来るー!」
「あ、こら香夏子!」
眉間に皺を寄せているみっちゃんの視線から逃げるようにさり気なく席を立ち足早に教室を出ていく。もちろん弁当包みを手にしてだ。
「……ここにある水筒は香夏子のじゃないわけ?」
「飲み物買いに行くのになんで弁当箱持っていったんだろうね」
顔を見合わせ首を傾げている二人の会話など気にもとめず早足で廊下を歩くものの行先を考えていなかった。
普段山本がどこで昼食を取っているのかを香夏子は知らないのだ。
教室で昼食を取っている姿を見たことがほとんどないためそれ以外だとは思うものの、屋上部室中庭……如何せん候補が多すぎる。
一か所ずつ足を運んで探すのも手だが時間がかかりすぎて昼休みが終わりかねない。
そうなると山本の分の昼食が足りずに午後には空腹に襲われるかもしれない上、香夏子も食いっぱぐれる可能性もある。
それだけは何としてでも避けたいので一番に山本が居そうな場所、野球部の部室に行ってみようとしたとき。
「香夏子ちゃん今日はお昼一人なの?」
ふいにかけられた声に足を止め、香夏子を呼び止めた人物に「ううん、そうじゃないの」と伝える。
香夏子を呼び止めたのは明るい茶髪にショートカットがよく似合っている笹川京子。
その隣に立つ長い黒髪でクラスの中では大人びた雰囲気を持つ黒川花。
二人とも二年生に上がってから仲良くなった同じクラスの香夏子の友人だ。
「そうだ。京子ちゃんたちたけしく――……じゃなくて山本君どこにいるか知ってる?」
「山本君?」
「山本なら沢田たちと屋上じゃない?」
「山本に用事?」と続ける花に曖昧に苦笑いだけを返し「教えてくれてありがと花ちゃん!」と逃げるようにその場を去った。
「(それにしてもツナ君たちと一緒か……)」
始めこそ走って階段を上っていたものの屋上に近づくにつれ走るスピードが落ち挙句の果てには足が止まってしまう。
と言うのも、山本が今一緒にいるであろう人物を苦手としているからだ。
学校生活を送る中で山本が一緒にいることが多いのは先ほど花が言っていた沢田という男子だろう。
沢田綱吉通称「ツナ」とは香夏子も少しだけ交友があるため苦手意識はなく、むしろ好意的に思っている。
問題なのはそのツナの傍に常にいる去年イタリアから来たという転入生、獄寺隼人だ。
「あ、この人不良だ」という見た目にツナ以外の人物には一切容赦のない暴言や行動。
香夏子の人生で関わることは一生ないだろうという人物がツナのような男子と仲が良いことが理解できないが、男子の友情には色々事情があるのだろう。
話は逸れたがとにかく山本と弁当を交換したいが傍にいる獄寺に苦手意識を持っているため屋上に行けないということ。
とは言えこのまま屋上の前にいたところで何も解決はせず山本も少ない昼食で困っていることだろう。
「(パッと渡してサッと戻って来よう!)」
「よし」と小さくガッツポーズをしてから屋上の扉に手をかける。
重たい扉を押すと梅雨明けのカラリとした晴天が視界に飛び込んで来た。これは屋上に来たくなるのも頷ける。
辺りを見渡すことをすることもなく山本を見つけ、案の定傍には獄寺もいたが出来るだけ視界に入れないようにして足を進め「あの」と声をかけた。
「香夏子。どうした?」
「その、間違えて山本君のお弁当持って来ちゃってたみたいだから……」
「交換しに来たの」と尻すぼみになりながら続けチラと目だけを動かし周りの反応を窺ってみる。
香夏子の苦手としている獄寺は最初こそ睨みつけてきていたがツナに用事ではないとわかると興味のなさそうに明後日の方向を見ている。
「そうだったのか。通りで軽いと思った」
「ご、ごめんねすぐに気づかなくて」
「いやいや俺の方こそごめんな!」
「まだ食べてないから!」と言われ山本が途中まで広げていたランチボックスとそのまま交換してもらい、もうここに用事はないと踵を返すが。
「香夏子もここで食べてけば?」
「え――」
「おい十代目の許可もなく何勝手に誘ってんだ!」
「人数多い方が楽しいだろ?それに香夏子の料理すっごい上手いんだぜ」
「だから何勝手に話進めて――!」
山本の香夏子も一緒にという誘いに対しすぐに噛みついたのはやはり獄寺だ。
しかしそれに憶することなく「ツナは?別にいいよな?」とマイペースに話を進めていく山本に対しツナは「俺は別にどっちでも……」と言っている。
さりげなく料理の腕前を褒めてもらえるのは嬉しいが、それでは山本が香夏子の手料理を食べたことがあると言っているのと同じであり何より香夏子があえて名前呼びを避けているのにそれにも気づいてもらえず普通に名前で呼ばれている。
ツナと獄寺であれば急激に香夏子と山本の仲が親密になったことを言いふらしたり詮索することはまず有り得ないと思うのだが。
「(どこで誰が聞いてるかわからないしね!?)」
香夏子の心の中での葛藤など知らないであろう山本に「み、みっちゃんたち待たせてるから」と言って誘いを断りダッシュで扉へと向かう。
「――……な、なんで香夏子ちゃんが山本の弁当と間違えるの?」
「言ってなかったか?今香夏子と一緒に暮らしてるって」
「聞いてないよ――!?」
おそらく香夏子が作ったのであろうカツサンドにかぶりついている山本に先ほどから気になっていた疑問をぶつけたツナ。
まさかの同居発言に驚きを隠せないがそう言えば昨日も珍しく手作りのおにぎりが昼食だったことを思い出す。
「ほ、本当に香夏子ちゃんと一緒に暮らしてるの……?」
「本当だぜ?」
「へ、へぇ――……」
あっけらかんとした様子の友人山本に対しツナは相槌以外に言葉が出てこない。
なにせ二学年から同じクラスになった辻本香夏子と言えば可憐な容姿や落ち着いた雰囲気に加えて調理実習の成績の良さからひっそりと人気を集めているのだ。
そんな香夏子が同じクラスの男子……しかもそれがクラスの人気者である山本と同居しているなどと知られれば大騒ぎになるだろう。
ツナ自身、正直山本を羨ましく思っているくらいだ。
「なんで同居なんてすることになったの?」
「香夏子のお母さんがイタリアだかに出張することになって、知り合いだった親父が面倒見ることになったって言ってたかな」
「今イタリアっつったか?」
急に会話に混ざってきた中学校では聞くことはまずない舌足らずで高音な声。
「リボーン!お前また学校に来て――」
「うるせーぞツナ。……山本。お前と同居してる奴は辻本香夏子って名前で母親はイタリアに行ってるんだな?」
「あぁそうだぜ」
容姿に似合わない黒いスーツをビシッと着こなしている赤ん坊――リボーンの問いに「それがどうした?」と首を傾げる山本。
リボーンの出現と言動にツナも獄寺でさえも疑問を浮かべているがそれを気に留めることなくニヒルな笑みを浮かべている。
「こいつは面白くなりそうだ」
そう呟くリボーンに唯一ツナだけが「また良からぬこと企んで……」と顔を青くするのだった。
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