日常が非日常に変わる瞬間というのは、案外あっさりしてるもので――――――。












首を握りしめている大きな手を振り払おうと、自身の手で掴み返すも酸素が足りず力が入らない。これでは痛みなど与えられないだろう。

目も霞んできた。そんな中で相手をキッと強く睨んでも、気味の悪い笑みを浮かべたまま首を握りしめる手の力が弱まることはない―――。


「うずまきナルトはどこにいる……―――?」
「………ッし、知らない……、って……、言ってるでしょ…………!」


首を掴まれているため、声はほとんど潰れている。それでも必死に、ことはは「知らない!」と声をあげた。

赤い浮雲模様の黒衣。厳つい顔にオレンジ色の頭髪をしている相手――ペイン地獄道をもう一度睨みつけることは。


「ッナルトなんか知らない……、たとえ知ってても、お前らなんかに仲間は売らない…………ッ!!」


ペインの背後にあるでかくおぞましい顔の物体は口を開け、ことはの口の中に腕を伸ばしてきた。
喉奥で”何か”を掴まれた。首を握りしめられているよりもひどく苦しく、吐き気がする。ことはは体内から”何か”を抜き取られようとしている。

そんな中でことはのはるか後方で小さい背中が走っていくのを気配で確認し、心の中でほっと息をつく。

張り去っていく少女など、ペインは眼中にない。自分を殺すことだけを頭に入れている。
そしてそのリミットが残り少ないことにことはは気づいているが、それで良いと思っている。


「(これで、良かったんだ――――……、)」


里の影に匹敵する強さを持つ犯罪者集団――暁――が木ノ葉の里を襲撃。

オレンジ色の頭髪に紫色の瞳。おそらく伝説の忍の一人自来也を殺した暁のリーダーで間違いないと里は大騒ぎだった。

ペインの狙いは木ノ葉の里の忍、うずまきナルト――、の体内にいる九尾の狐。

「ナルトはどこにいる」という質問を繰り返しては殺戮を繰り返しているペインたち。

今は遠くに逃げたであろう少女が襲われているところをことはが出くわし身代わりになった次第だ。

里の長に匹敵する強さを持った忍を相手に、幼い少女を守り果てには逃がすまでできた。
上忍になりたてにしては上出来だろう。

幼馴染、上司、仲間たち、住人――。
ことはにとって大切なものが集まる里を守れず最期を迎えるのが悔しいところだが、自身の命のタイムリミットが近いことがわかっている以上少女一人を守れただけで満足である。


「(あの世で会えたら婆様、褒めてくれるかな―――……、)」


唯一の身寄り、大好きだった祖母はことはが上忍になった姿を見ることなくこの世を去った。

もしも”あの世”というものが本当に存在して、会えたら「よくやった」と褒めてくれるだろうか。
厳しい祖母のことだから、歳若いうちに死んでしまったことはのことを怒るだろうか。


「(どっちでもいいや…………、)」


「判決を下す」という低い声が耳に入り、体内から抜き取られそうになっている”あるもの”がさらに強く引っ張られた。

いよいよ自分の最期だというのに、不思議と悔しくはなかった。
そんなに諦めの早い性格だったろうか。死に際だというのにまた(・・)どうでもいいことを考えている。

嘔吐感か、それとも別な理由か――――。ことはの頬を涙が伝っていく。


「(未練がないと言えば、嘘になる)」


ズルリと音を立ててことはの喉奥から引っこ抜かれた”魂”。

急に全身の力が抜け「死ぬってこういうことなのか」と視界が一気に暗くなっていく中でそう思った。


「(せめてもう一回でいいから――――……、)」


会いたかったよ、悟飯君―――――……。












「今日もいい天気だべ」


手に持つ洗いたてのシーツを強く引っ張ると、バサッと気持ちの良い音がなった。

「天気がいい日は洗濯に限る!」と意気込み大家族でもないのに何故か大量に汚れた服の洗濯を始めたチチ。

長男は数日前から都の高校に通い始め、次男は今日も今日とて山に遊びにでかけていった。次男に関しては洗濯物を増やす要因だ。

「悟天ちゃんもお兄ちゃんを見習って少しは勉強してほしいもんだ」と文句を零しつつ洗い終えたばかりの服を物干し竿にかけていく。
山々を吹き抜ける風が洗濯物をふわりと揺らしている。


「(今日も平和な一日で終わるといいだなあ……、)」


「ふふっ」と笑みを零し、次の服を竿にかけようとしたときのことだった。


「おかあさ―――ん!!」


遠くから聞こえた「お母さん」と自分を呼ぶ声。
遊びに出て行ったばかりだというのに、もう帰ってきたことに驚き「どうしたどうした」と声が聞こえた方角へとチチは目を凝らした。

「どうしただ悟天ちゃん」ようやく見えてきた次男に声をかける。
黄金色の雲に乗るその姿は見たところ怪我をしている様子はない。しかし、


「お母さんどうしよう!このお姉ちゃん死んじゃうかも!」


黄金色の雲―――筋斗雲に乗っている悟天の他にもう一人。乗っている、というより抱えられていると言った方が合っているかもしれない。

どう見てもぐったりとしている女性を揺さぶり「どうしようどうしよう!」と言いつつ降りて来る悟天。

「平和な一日で終わりますように」と願った傍から自分の息子が他人様に何かしでかしたのでは、とチチは顔色を悪くするのであった。


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