すっかり暗くなってしまった山中に唯一明かりの灯った家。
玄関の前に降り立った瞬間、やっと気を抜ける場所に帰って来たことから「ふぅ、」とため息が零れた。
都会の高校に通い始めてまだ数日。幼い頃から戦い漬けの日々を送ってきた悟飯にとって”普通”を装うのは中々に神経を使うのだ。
地球から危機が去ったとは言え小さな悪がこの世から消えることはない。
正義感溢れる性格故に些細なケンカさえ見過ごせずに試行錯誤しながら地道にサタンシティの平和を守っているのだが、その行為をクラスメイトの女子に怪しまれてしまう始末。
自分に驚異的なパワーがあると世間に知れ渡れば再び地球に魔の手が伸びるかもしれない――。
「(だから、グレートサイヤマンの正体だけは絶対にバレちゃいけないんだ!)」
「よし!」と胸の前で拳を握りしめ、ドアのぶに手を伸ばす。今日も母の用意してくれている夕飯の良い香りが届き食欲を刺激されたときだった。
「…………――ッ?」
母のものでも、弟のものでもない明らかに違う気を感じた。
見知った気ではないが、特殊にも感じるこの気に悟飯は覚えがあり「まさか……?」と勢いよくドアを開けた。
バタバタとリビングに駆け込むと母が怒った顔で「帰って来たらまず”ただいま”だべ!」と振り向き様に言う。しかし悟飯はそれどころではなかった。
弟の「兄ちゃん、おかえりなさい!」という出迎えにも答えてやれず、悟飯は母の隣に立つ少女を見つめることしかできない。
「な……、な、なんであなたが…………?」
母――チチの隣で夕飯の準備を手伝っていたのであろうことはは恥ずかしそうに笑いながら口を開いた。
「お、おかえりなさい。悟飯君」
バタン、と静かにドアを閉じつつ悟飯はチラとさり気なくことはへと視線を向けた。
どこに腰を下ろせばいいのかがわからないのか落ち着きなく部屋を見渡す様子に思わずクスリと笑みが零れたが、ありがたいことにことはは気づいていなかった。
「ことはさんは机の椅子使ってください」
「え、でもそれだと悟飯君座るとこが…………、」
「ないよ……?」と申し訳なさそうな表情を浮かべることは。
「ボクは床に座りますから」と直接床に胡坐をかくと、ことはも「じゃあ私もそうするよ」と同じように床に正座をする。
せっかく椅子があるのだから自分のことは気にしなくていいと悟飯が言っても「いいの」と首を横に振るばかり。
「でも……、」と悟飯が渋るもことはは首を横に振る。
「せっかく会えたんだから、近くで喋りたいなあって」
「ダメかな……?」そう言って申し訳なさそうに首を傾げることはに悟飯は心臓がドキリと跳ねたのがわかった。
頬に集まって来る熱を拭うように拳でこすりながら「そっそんなことないです!」と言えば、ことはの「なら良かった」と安心したような声が聞こえたのだった。
「悟飯君、すっかり身長伸びちゃったんだね」
「え、あ、そう、そうですか……?」
「うん。前に会ったときは私と変わらないくらいだったもん」
「背が伸びて、かっこよくなったなあって」
何を話せばいいか悩んでいた悟飯を気にすることなく可笑しそうに笑うことは。
まさかことはの口から直接「かっこいい」などと言われるとは思わず、悟飯は「そ、そんなこと……、ないです……」と顔を真っ赤にさせた。
「(ことはさんだって、すごく綺麗になってるのに…………、)」
最期に会ったのは、七年前。ことはの方が歳は上だったものの互いにまだお子ちゃまと言われてもおかしくない年齢だった。
悟飯は十六歳になったが、ことははどうだろう?二度目の再開を果たしたときことはは悟飯ほど成長していなかったが、今目の前にして見る限りでは同い年に見えなくもない。
さほど身長が伸びた様子でもないが、明らかに子供から大人の女性へと成長を遂げていることはに再び悟飯の心臓がドキリと跳ねる。一体何がそう見せているのだろうかと、悟飯は疑問を浮かべる。
悟飯の視線に気づいたのか、床を見つめていた顔を上げ「どうしたの?」という意味をこめて悟飯を見たことは。
「あ、いやッ!」と慌てふためく悟飯に怪訝そうな顔をしていたが「ふふっ」とことはは笑みを零しそれ以上詮索はしなかった。
そんなことはに感謝をしつつ、悟飯は誤魔化すように「えーと、」と口を開いた。
夕食後、チチから「積もる話もあるだろうから、あとは若ぇ二人でゆっくり話してくればええだ」と気を遣ってもらい悟飯と悟天が使う部屋に来たのはいいものの、一体何を聞けばいいのだろう。
ことはに聞きたいことも、言いたいことも、たくさんある。
何故急に神殿からいなくなってしまったのか。
木ノ葉の里は大丈夫だったのか。どうして再び会えたのが、七年後の今なのか――。
理性を保たねば、今にも詰め寄って本音をすべて吐き出してしまいたくなる。
ことはが神殿から姿を消してしまったとき、どれほど悟飯が必死で探したか。
ことはに会えたことで胸に空いた穴が埋まりつつあったのに、再び空いてしまったことも。
とは言え、ことはにも事情はある。きっと急に姿を消したことも、七年の月日を経てまたこちらにやって来たのにも。
自分の本音とことはへの配慮との間で悟飯が葛藤していると、ことはは目を伏せ「ごめんね、」と一言零した。
「え、な、なんで、」
「急にいなくなって。心配、させちゃったよね」
「ピッコロさんとデンデ君も、きっと探してくれてたんだよね」
驚く悟飯を無視し「だから、ごめん」と続けたことはは哀しそうな表情が浮かんでいた。
それからことはは、あの神殿から姿を消した日から今日までのことを話した。
城の貸り部屋で一晩過ごし、いつも通り神殿から朝日を眺めるものだとことはは思っていた。
しかし、目が覚めたときにいたのは木ノ葉の里の病院の一室。
腕にはたくさん管が通してあり、霞んだ視界に映った祖母や幼馴染、上司の心配そうな顔。
聞けば木ノ葉は落ちこぼれ忍者と里の長――火影の命がけの術で脅威から免れたらしい。
それからと言うもの、ことはが忍務で死にかけることはなく、悟飯のいる世界に行くことを望んでも何も起こらないまま三年の日々を過ごしたある日のこと――。
平和だった木ノ葉の里に再び訪れた悲劇。
里が誇る精鋭たちでさえ次々と殺され、そしてことは自身も――――。
「”向こう”で私は死んだ。だから悟飯君のいる世界に来れたと思ってる」
「でもあの世で界王様って人に会って、私はまだ死んでないって言われてここまで連れてきてもらって……、」
「自分でも状況、よくわかってないんだけどね」と苦笑いをしながら頭をかくことはは軽い気持ちで話をしているようだが、悟飯は「向こうの世界でことはが死んだ」という言葉に驚きとショックを隠せなかった。
そして、またもことはの故郷が脅威に晒され言葉通り彼女が向こうの世界で「死んだ」のならば、前回のように帰れる可能性は低い。
「………ことはさんは、死んでしまったことを後悔していませんか」
思わず握りしめていた両手。血が上手く通わず黄色に変色したそれを見ながら、自然と口から零れていた言葉に悟飯は「はっ」として口を噤んだ。
里を守るために修行を積んできたはずなのに、志半ばで死んだことに対し後悔はないのか――。
そんな説教じみたことを口にしてしまったことを悟飯は後悔していた。しかし、
ことはは怒るどころか笑い、「後悔はしてないんだ」と言ったのだ。
「木ノ葉に大切なものはたくさんあったけど、それでも死んじゃうことに後悔はなかったよ」
「どっちかって言うと、これからのことの方が心配」とまたも苦笑いをしていることは。
きっとことはは、故郷のために、木ノ葉の里のために全力を注いで戦った上で死を覚悟して負けた。
だからこそ後悔はないのだろう。
だったらこの世界で、唯一のことはの友として支えてあげるのが悟飯の役割だ。
「あ、あの!良かったらことはさんもパオズ山で暮らしましょうよ!」
「え、」
「今はボクと悟天と母さんしかいないし、母さんもことはさんのこと気に入ってるみたいだからきっと大丈夫です!」
「いやでも迷惑じゃ…………、」
「ボク母さんに聞いてきますね!」
ことはの「いやちょっと話聞いて悟飯君!」という言葉を無視し部屋を出て行ってしまった悟飯。
いくらチチがことはを気に入ってくれてるとして、さすがに居候はまずいだろう……。とことはも話を聞きに行こうと部屋から出る。
「お願いだよ母さん!ことはさんには行くところがないんです!」
「誰もダメなんて言ってねぇ。ただ大事な話を当の本人がいないところですんのはおかしいって、オラは言ってるだ」
リビングに入ると手を合わせ必死にチチへと頼み込んでいる悟飯の姿が真っ先にことはの視線に飛び込んできた。
チチの言う通り、本来孫家に住まわせて欲しいと頼むのはことはのはずだ。
どうやら悟飯の優しさに甘え過ぎてたらしい。
「あのチチさん。少しの期間でいいんです、ここに居させてもらえませんか……?」
ずっととは言わない。せめてこの世界での生活に慣れるまででいいのだ。
「掃除でも料理でも、なんでもします!」「お願いします!」と深く頭を下げることは。
すると「はぁー……、」と深い深いため息が頭上から聞こえ、ことはは慌てて頭を上げる。
悟飯もことはも「ダメ、ですか……?」と声を重ねチチの言葉を待っていると、「だ か ら、」とチチは呆れ気味に口を開いた。
「オラは一言もダメだなんて言ってねぇだ。悟飯ちゃんの大事なお友達が困ってるのに見捨てるわけねぇべ」
「じゃ、じゃあ!」
「当たりまえだべ!それに、少しなんて言わねぇでずっとうちさ居たらええだ」
「その変わり、家の仕事はきっちりしてもらうだ!」と手を腰に当て「ふふん」と鼻息荒く笑うチチ。
悟飯と悟天の「ことはさんと一緒に住めるの!?」「そうだぞ悟天!」と嬉しそうな会話が聞こえてくるが、ことはは実感がない。
「多分違う世界から来ました」なんて馬鹿げた話をしている人間を「息子の大事な友達なのだから」と居候を許してしまって、あまりにも警戒心がなさすぎでは……?
自分で頼み込んでおいて何だが、本当に良いのかとことは一人呆けていたが「良かったですね!」という悟飯の言葉で我に返った。
「これからまた、一緒にいられるんですよ!」
悟飯特有の、人の好さそうな笑み。
久しぶりにそれを目の前にしたことはは「相変わらずの笑い方なんだなあ」という懐かしさと、「一緒にいられる」という深い意味はないとわかっているも気恥ずかしいセリフに頬が熱くなる。
頬の熱を隠そうとチチへ向かい「ありがとうございます」とことはは頭を深々と下げた。
「本当、なんてお礼をしたらいいか…………、」
「ことはさんは何も気にすることねぇだ。なんせ悟空さがここに連れてきたようなもんだからな」
「え?」
チチの言葉に素早く反応した悟飯が「父さんが連れてきた?」と疑問を浮かべている。
ことはは「うん。あの世で会って、下界におろすならここにしてくれって閻魔様?に頼んでくれて……」と悟空に会った経由を説明すると。
「えええええぇえええええ!!?」
「ボクそんな話聞いてないですよ!」「言ってなかったか?まあ別に大した話じゃねぇべ」と大いに驚く悟飯を他所にしれっと話すチチ。
「父さん元気そうでした?」
「相変わらず修行してました?」
「父さん強くなってましたか?」とことはを質問責めにしてくる悟飯に痺れを切らしたチチの「ことはさんは疲れてるんだから明日にしろ!」という怒号が、孫家に響いたのだった。
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