「昨日は何ともなかったですか?」


翌日の昼過ぎ、宣言通りに悟飯は神殿へとやって来た。ピッコロとデンデへのあいさつもそこそこにことはへと駆け寄り「何ともなかったか」と聞くあたり昨日帰ったあとも心配だったに違いない。

ことはは「何もなかったよ」と伝え「むしろ……、」と気まずそうに視線をずらした。

神殿さからさえ出なければ立ち入り禁止の場以外は自由に行動していいと言われたことは。

贅沢にも広い客室を自室として使用させてもらうことになった挙句、デンデの付き人だという全身真っ黒のミスター・ポポが豪華な食事を用意してくれた。その上風呂場も自由に使っていいとのこと。

これでは監視対象というより客扱いだ。部屋に閉じ込められっぱなしや拷問などひどいことをされたいわけではないが、ここまで至れり尽くせりでは申し訳なさが勝ってしまう。
そうことはが言うと、悟飯は少し首を傾げ「うーん、」と唸った。


「多分ピッコロさんなりの配慮なんじゃないかなあ」
「は、はいりょ……?」
「うん。ピッコロさん口でああは言ってるけど、ことはさんが本当に悪い人じゃないってわかってると思いますよ」


「じゃなかったら今頃ことはさん殺されてます」と言ってのける悟飯。(可愛い顔してサラッと恐ろしいこと言われた……!)

確かに悟飯の言う通り、ことはの得たいが知れない今地球に危険が及ぶ前に排除しておくのが一番だ。

ことはの身に里に起きた悲劇を思うからこそ、ピッコロは粗雑に扱わないのではないかと悟飯は続ける。


「故郷を襲われる悲しみは、ピッコロさんもわかるはずですから」


そう零した悟飯はどこか遠い地を見ているような気がしたことはだが、それ以上何かを聞く気にはならなかった。


「そ、そう言えば悟飯君」
「なんですか?」
「悟飯君さ、昨日神殿ここから帰るとき、空飛んでたよね……?」


「ほ、本当に飛んでたの……?」と少し興奮気味に聞くことは。悟飯は「はい。本当に飛んでましたよ」とあっさり頷いていた。

何か見えないしかけがあるのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしく本当に悟飯の身体一つで飛べるのだという。

岩隠れの里の長は重力を操り空を飛んで戦うと昔祖母から聞いたあるが、悟飯もそうなのかと聞いてみると「いいえ」と返された。

なんでも”舞空術”という術名で体に流れる”気”をコントロールすることで出来るようになるのだとか。
「ほら、」と地面を蹴り数メートル浮かび上がる悟飯の体。「おぉ!」と驚きの声を上げことはは自然と拍手をしていた。


「ねぇねぇ、空を飛ぶってどんな感覚?」
「そうだなあ…………、」


幼い頃より修行をつけられ戦闘以外にも移動手段として舞空術を使用してきた悟飯にとって、空を飛ぶというのは歩く感覚に近かい気がした。
今さら「気持ちがいい」などと思ったことはないが、やはり舞空術の存在を知らない人にしてみれば不思議な体験なのかもしれない。

空を飛ぶことが歩くことと同等のこと、という悟飯の言葉に「すごいなあ」と目をキラキラ光らせていることは。
それを見て悟飯はある考えが頭に浮かび、スッと手を差し出した。


「良かったら、飛んでみませんか?」
「え、」


「飛んでみませんか」その意味がわからずことはは「え?」と悟飯と差し出された手を交互に見る。

悟飯は戸惑っていることはの手を掴み勢いよく引っ張り、流れる動作でことはの腰に手を添え膝裏から持ち上げるよう力を入れた。
「うわっ!?」と驚くのも束の間、一気に近づいた悟飯の顔。いわゆる「お姫様抱っこ」をされていることは。

長袖を着ているためわからなかったが、密着していることで悟飯の体つきがまだ幼いながらに筋肉質であることがわかりことはの心臓が大きく動いたのがわかる。
自然と顔が赤くなることはに「どうかしました?」と悟飯が首を傾げてるので「なんでもないよ!?」と必死に誤魔化す。

聞けばやはりことはの方が悟飯よりもいくつかはまだ年上。今でさえこのように女子をドキッとさせられるのだ。(悟飯君の将来が怖い……)

そう思っていると、悟飯の「じゃあいきますよ」という声が聞こえ少しだけ慣れない重力が体にかかる。
およそ十メートルほど地面から浮いたあたりで「待って待って!」と慌てて制止するよう頼むことは。悟飯は再び首を傾げた。


「もしかして怖いですか?」
ちがうよ!?あ、いや少し怖いけど……、じゃなくてね!?」


抱えられて飛ぶことに抵抗があるのかと思ったらしい悟飯は「絶対放さないから大丈夫」と伝えるが、ことはの心配はそこではない。(いやそこも心配だけども!)


「わ、私神殿から出ちゃダメって…………、」


いくら自由に動いても良いと言われてもそれはあくまで神殿内での話。
悟飯の好意はとても嬉しいが空に浮いているこの状況は脱走の手助けをしてもらっていると捉えられてもおかしくはないだろう。

もちろん悟飯にそんな気がないことも軽い散歩気分で提案してくれたこともわかっている。
だからこそピッコロに見つかり勘違いされて悟飯が咎められることだけは避けたいのだ。

そう伝えるも、悟飯は「大丈夫ですよ」と返してきた。


「神殿の周りを飛ぶくらいでそんな遠くには行きませんから」


「ね?」と何も心配はいらないという風に笑みを浮かべる悟飯。そうまで言われたことはは人生初の空の散歩を素直に喜ぶしか他になかった。








悟飯に横抱きにされ、空を飛ぶという経験をしたことは。

しっかりと悟飯が抱えてくれているため恐怖はなかったが、地面を歩いたときのような振動がないまま風を切る感覚に体が震えたのがわかる。「わたし……、」


「今飛んでる……、空を飛んでる…………、」


「本当に飛んでるよ悟飯君!」と喜々とした声をあげていることは。

最初こそ抵抗があったかと思いきやいざ飛んでみると楽しそうに笑みを浮かべているようで悟飯は安堵する。

空を飛ぶことが自分には当たり前のことでもことはにとっては未知の行為。
本心はすごく怖がっていたのでは、と心配していたのだがそうではなかったらしい。なにより、

故郷が敵国に襲われ仲間の安否もわからない上に帰ることもできない。
昨日の今日ですごく落ち込んでいるのではないかと内心心配していたがことはと会って顔を見て安心した。


「少しスピード出してみますか?」
「へ?」


「すごいすごい!」と喜んでいることはを見ていたら悟飯の中に湧くちょっとした悪戯心。了承を得ずに「それっ!」とほんの少し気を高め飛ぶスピードを早めてみる。

景色を楽しんでいたことははいきなりのことで思考がついていかず「ぎゃぁぁあ!!」と色気のない叫び声とともに必死に悟飯にしがみついていた。


「あははは!ことはさん怖がりすぎですよ」
「ごはっ、悟飯君が急にスピード出すから!」


「ごめんなさい」と謝罪を口にしても楽しんでいた悟飯から笑みは消えない。「ヒドイよ!」と頬を膨らませることはだったが眉が下がり「くすっ」と笑い声が零れた。

二人の笑い声が響き渡り、それは神殿内にいるピッコロやデンデ、ポポの耳にも届く。


「悟飯君」
「なんですか?」


ひとしきり笑い終えたとき、ことはは悟飯を見据え「ありがと」と言った。

その一言は空を飛ぶ経験をさせてあげたことに対してではないと悟飯は瞬時に理解するも知らないふりをし「いえ、ボクがしたかっただけですから」と返す。

しかしことはは「ううん」と目を伏せ首を横に振り口を開く。「悟飯君は、」


「優しいね」


「優しい、ままなんだね」そうことはに言われたとき、悟飯の心臓が大きく揺れたのが自分でもわかった。

自分で言うのも何だが「優しい」という言葉は昔から聞いてきた。自負があるわけではない。ただ周りからそう言われても何とも思わなかった。

強い敵と対峙したときとは違う、ドキドキとうるさく鳴る心臓の音。なぜか頬に熱が集まってきていて涼むために悟飯は再び舞空術のスピードを上げるのだった。


スピード上げるなら言って悟飯君!
ごっごめんことはさん!


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