安全運転でお願いします
私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。皆さんは車をお持ちだろうか。運転と云うのはある意味ストレス発散に為るのだと云う者も居るだろう。かと云って安全運転を怠って良いかと云われるとそうでは無い。…………もう色々と面倒臭いので詳細は省かせていただくが、私が今、如何云う状況かと云うと、
「いやあああああああああ!!」
「あっはははははは!風が!!私を!!呼んでいる!!!」
「何云ってるんですかこの自殺莫迦は―――――!!」
風になっていた。
もとい、太宰治の運転する車の助手席にいた。
――――事の始まりは今朝である。
『今日はドライブデートといこう!』
『……太宰治、運転できるのですか』
『ふふふふ、莫迦にしないでくれ給えよ。あと「治さん」だよ名前』
『貴方、幹部なのでしょう?部下とかに運転してもらっている印象(イメージ)が……』
『運転ってさあ。楽しいよね。……けから……ち……るし』
もっとちゃんと聞いておくべきだった。そもそもこの男の提案に碌なことがある訳がないのだから。
「……………………………死ぬかと、思った」
「君がそんなに車に弱いとは……薬持ってる?」
「一番の薬は貴方の頭が破裂する事ですかね」
「そんな痛い死に方は厭だよ」
「其処なんですね?突っ込むのは其処なんですね?」
この男と会話していると疲れる。
本来、勝負内容の通りならば、私はこの男を満足させなければ為らない筈だが、そんな気力は最初の逢引もどきからとうに消え失せていた。
「まあ、それより、見給え!この景色を!」
「……?景色……?」
「そうだよ。中々壮大な物だろう?」
「はあ……まあ……」
確かに絶景と云えなくも無かった。高い処から見下ろす風景は中々に圧巻である。海の水も輝いていて、それなりに美しい。
否、然し、そもそも此処は何処だ。如何見ても崖の上の様だが…………崖?
青い顔で振り返る。其処には車。
――――崖からあと1、2米(メートル)程で落ちようかと云う処で止まっている、先程まで我々が乗っていた車が有った。
「うわあああああ!!」
「今日の名前はよく叫ぶねえ」
呑気に云う太宰に殺意を覚える。
「何!!何ですかあれ!私達落ちる処だったんですか!」
「名前…………良いかい、落ちる落ちないと云う事はこの際如何でも良い事なのだよ」
「は!?」
如何でも良くは無いだろう、如何でも良くは。然し、太宰は真剣な顔をして云う。
「問題はね?我々が今回も死に損ねたと云う事さ」
………………真逆、此奴。
「……態(わざ)とか!!態と落ちようとしてたんですね貴方!私も乗ってたのに!」
「二人で落ちれば怖くないよね」
「一人で落ちてろ!!きっと絶景ですよ!」
「ふっ、名前、舐めないでくれ給え。一人でならもう落ちた事はあるよ」
「貴方はその時頭の螺子でも落として来たんですか!?」
と云うか、若し其の企みが本当であれば、落ちる落ちないは重要ではないのか。然し私の目の前の自殺主義者は云う。
「良いかい名前。何も車での死に方は崖から落ちるだけでは無いのだよ」
「あ、はいじゃあ帰りますねそろそろ時間ですし」
最初の文句で大体如何云う展開が待っているかを悟った私は彼の話を遮り振り返った。―――と、その手をがっちりと掴まれる。
「まあ待ち給え名前」
「待たないんで離して下さい」
「これくらいで怯んでたんじゃあ私の奥さんには為れないなあ」
「為りたくないので怯んでも問題無いですね」
「忘れたの?ちゃんと付き合ってくれなきゃお持ち帰りするよ?」
「…………」
それを云われたら従うしか無い……本当に面倒な勝負事である。
はあ、と溜め息を吐いた。
「取り敢えず帰りませんか……此処寒いです」
「そうだね。帰りこそは死ねると良いなあ」
「寒いのは気温だけじゃ無くて隣の男もだった……」
「もう口が悪いの隠さなくなってきたよね君」
「貴方こそ頭が良い様で実は悪い事を隠さなくて良いんですよ」
「そろそろ泣くよ私」
人が居れば随分賑やかだなと思われる事だろう。毎回毎回この様な調子である。お互いの仕事も有るため短時間で、と決めたとは云え之が何時まで持つであろうか。
「さあ、乗り給え!」
「……あの、矢張り誰か部下の方とか」
「えー、こう云うのは夫が運転した方が様に為るだろう?」
「さり気無く夫云うな」
きっぱりと云うと、太宰が口唇を尖らせた。それを無視しつつ、仕方なく助手席に乗る。ややあって太宰も運転席に乗り込んだ。
「……名前だって一寸楽しそうにしてたくせに」
隣から聞こえる拗ねた様な声は取り敢えず置いておき、私はこれから来るであろう衝撃を予測し、息を吐きつつ身構えていた。
(2016.11.18)
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