結婚には夢があるべきなんです

(「鬼ごっこしましょ、幹部様」続き)





 私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。然し私だって一人の女である。結婚に少しばかり夢を抱いたって良いではないか。


「貴方は結婚を何だと思って居るんですか!!」


「……君が云うの、それ」
「何なんですか!結婚を舐めているんですか!そんな甘っちょろいもんじゃ無いんですよ!!愛が無い結婚なんて!!」
「……否だから君が云うのそれ」

 其処で、秒読みが止まったことに今更気付く。だが云い出してしまうと止まらない。

「良いでしょう。私が教えて差し上げます!」
「…………何を?」
「結婚と云う物の素晴らしさですよ!」

 太宰の胸を押す。今度こそ離れてくれたその顔はぽかんとしていた。

「良いですか。結婚とは人生の墓場だと云う者も居るしそれを否定しようとは思いません。然し夫婦に為るということは詰まり社会的にも私的にも相手の物になり相手も自分の物に為ると云う事で詰まり出会いは如何であれ一心同体になると云う事なんですよ。其処に愛と云うものが必須だとは云いません。然しそれの無い伴侶との生活の何と虚しい事だろうか想像に難くありません。例え敵同士が結婚したとしても腹を括り自分は此の人と幸せに為るのだと云う気概こそ必要な物なんですよ!!何と夢見がちな思考だと思われるでしょうが戦国時代じゃああるまいし結婚にそんな夢を持って居ても良いではありませんか?詰まり何が云いたいかと云うと、」

「私と結婚してくれると云う事?」
「違う」

 頭が沸いているのかこの男は。うーんと云う顔をして聞いていた太宰が首を傾げる。

「詰まり名前、君は結婚には愛があるべきだと思ってる訳だ?」
「その通りです」
「だったら問題無いじゃあないか」
 太宰が微笑む。


「私は君の事を好いて居るよ?」


 ―――その微笑みが今までに無いくらい優しかったものだから、一瞬見とれそうになり、慌てて目を逸らす。

「でも、…………でも私は違います。厭でしょう、結婚した相手に一生嫌われ続けるなどと」
「一生嫌われ続けるのは確定なのかい……」
「ほ、ほら一寸厭になったでしょう?」
「え?……何で?」
 太宰がきょとんとした。……そう云う顔をして居れば年相応だろうに。

「寧ろ閉じ込められて私から一方的に愛を刻み込まれ続けて『もう厭ですやめて下さい』って泣く君の姿を想像するだけで明日の死ぬ糧になるのだけれど」
「兎に角私は結婚には夢を持って居たい訳です」
「自分で訊いたのに聞き流すのだね?」
「と云うか死ぬ糧って何ですか、生きる糧の逆ですか」
「其処は流さないのだね……自殺愛好家(マニア)である私独特の表現さ、気にしないでくれ給え」

 矢っ張り私が相対している男は先天性の変人なのだろう。

 そして―――忘れていたが、非情な男でもあるのだ。

「…………で?」
 ――――……一気に温度が下がった気がした。思わず顔を上げる。冷たい微笑が浮かぶ顔が其処にはあった。
「時間切れだよ?可愛いお嫁さん?」


「…………お嫁さん、じゃないですよ」
 ―――気圧される訳にはいかない。意地だけが私の取柄なのだ。
「結婚詐欺師、です。貴方が何と云おうと」
 ――――――貴方の妻に為る位なら、詐欺師の方が未だ増しだ。


「……じゃあさ、こうしよう!先程、勝負と云っただろう?」
 先程の冷たい雰囲気は何処へやら、出し抜けに明るい声で太宰が云った。

「一日一回逢引(デート)しよう」
「…………は?」

「で、私を満足させてみ給えよ」
「……は?」
「結婚詐欺師なのだろう?私を逢引だけで満足させたら君の勝ち。出来なかったら」
「……なかったら?」
 恐る恐る訊いた。太宰がにたり、と笑う。

「お・も・ち・か・え・り」
「いやいやいやいや、待って下さい、色々可笑しくないですか、先ず」
「おやあ?出来ないのかい?失敗続きで自信が無いのかなあ?矢張り三流詐欺師なのだねえ」
「喧嘩売ってるんですか!!良いですよやってやりましょう!!」
「…………云ったね?」


 口の端を吊り上げる太宰を睨み付ける。此の男はそんな私の視線など何処吹く風だ。


「約束は守って貰うよ?名前」


 ――――――上等だ。結婚詐欺師の意地を見せてやる。

(2016.11.14)
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