いつかどこかの攻防戦

(本編とは関係無いIFネタ。
一発ネタ。本当に一発ネタ。続きは無い。多分。
太宰と夢主は22歳。)





「こんばんは」


 美しい月明かりの下、道端に佇み、その光を見つめる男。そんな男にかけられる女の声が響く。男は其方へ目を向けた。首筋に巻かれた包帯が白く、鈍く照らされる。

「やあ、こんばんはお嬢さん。美しい月夜ですね」
「ええ。……こんな処でお一人、何を?」

 女の表情は、被った上着のフードに隠れ見えない。女の問い掛けに、男は微笑む。

「否、大した事では無い。あまりに月が美しい物だから、思わず見とれてしまったのですよ……嗚呼、然し僥倖だ。貴女の様な綺麗なお嬢さんにも出会えるとは」

 甘い声で囁かれる言葉に、女は微笑み――――吐き捨てる様に呟いた。


「成程――――――そうやって世の女性を騙すんですね」
「!」

 
 先程まで男が居た場所を、煌めく様に通り過ぎる短刀(ナイフ)。その切っ先を最小限の動きで避けた男は、其の侭素早く後ろへ数歩下がる。
 短刀を閃かせた女は、舌打ちをして同じく離れた。弾みでフードが落ちる。


 月明かりに照らされた顔は、憎々し気に男を睨んでいた。


「……君は……」
「覚悟しなさい。貴方の命運も此処までです―――詐欺師、太宰治」

 短刀を向け、女が云う。太宰治と呼ばれた男は目を見開き―――その顔を笑みで歪めた。先刻とは違う、本性を現した様な、不敵な笑み。

「へえ……私を知っているのかい?―――ポートマフィアのお嬢さん」
「!!」
「その顔、覚えているよ。あの子と一緒に居たよね……名前ちゃん、だっけ?」

 名を中てられ、女―――名前は顔を歪める。

「覚えていらっしゃいましたか……なら、私が来た理由も判っていますね―――貴方は私の友人を傷つけた。一生掛かっても消えない傷を心に刻んだ」
「ふぅん……復讐って訳だ。それで私の事を調べたと。良いねえ友達思いで」
「揶揄わないで。私は本気です」
「でもさあ」

 太宰の目が緩く細められる。その目は何処か凄みを感じさせる。

「いいのかな?そんな事をして?」
「……何ですか」
「――――――聞いた事位あるだろう?過去、歴代最年少で幹部になった男の話を」

 太宰の、妖しい光を湛える目が、月明かりに照らされる。

「……?ええ……四年前、ポートマフィアを抜けた、と云う話ですが」
「そうだねえ。然し、実は今もポートマフィアに協力し、首領に絶大な信頼を置かれている」
「……!?それは……組織でも一部の者しか知らない機密事項の筈……」
「おや、其処まで知っていたか。……その様子だと、それが誰かまでは知らないみたいだけど」
「……貴方、何故知って―――……!……真逆」

 気付いた様子の名前に、太宰は口の端を吊り上げ、告げる。

「ああ。お察しの通り、私がその元幹部だ」
「…………!!」

 名前が息を呑む。短刀を持つ手が僅かに下がる。

「君には私を殺せないよ。私を殺した時点で君は反逆者だ。君は兎も角周りの人物も無事じゃあ済まないだろうからねえ。君には耐えられないだろう?」

 クスクスと笑う太宰―――然し、名前の毅然とした態度は崩れない。

「……だったら、殺す以外の方法で貴方に復讐しましょう」
「……へえ。如何するの?」
「邪魔を、します」


 名前の目が、固い意思の浮かぶ目が、鋭く太宰を睨む。


「貴方の本業は詐欺師。然も主に女性を目標(ターゲット)とした。だったらそれを悉く邪魔して差し上げます」


 その宣言を聞いた太宰が少しだけ目を見開く。そして――――肩を震わせ始めた。


「……ふ、うふふふ、ふふ」
「!?」
「あっはははははははは!!」
「な、……何ですか!?」
「はは、だって、君、それさ、ふふ」

 笑い過ぎて出た涙を拭いつつ、太宰が云う。


「まるで、嫉妬してる女の子みたいじゃあないか」
「………………!?」


 名前がポカンとする―――と、その顔がみるみる内に赤くなる。

「ばっ……莫迦じゃないんですか!?如何したらそんな風に思えるんですか!?」
「否、そうにしか見えないから……あ、もしかして本当に?」
「ち、ちが……!そんな訳無いでしょう莫迦詐欺師!……と、兎に角!!そう云う訳で!!貴方の事は絶対に許しませんから!!また明日来ます!!」

 叩きつける様に叫び、其の侭逃げる様に名前が走り去る。
 一旦笑いが収まっていた太宰は、一人でまた噴き出していた。

「『また明日』って……そんな、恋人同士の様な……」


 何とも愉快な子だ。そう思い、楽しそうに首を振る。



 名前の目を思い出す。強い意志が込められた目を。あの眼差しが自分を貫いた時の、何とも云えない胸の高鳴りを。
 そして真っ赤にさせたその顔の、何と愛らしい事か。


「明日から楽しくなりそうだねえ」


 猛烈な勢いで小さくなっていく名前の背を見つめ乍ら、太宰はゆっくりと舌舐めずりをした。その笑みは、先刻よりも深い。


「……然し中々手強そうだ……如何やって手に入れようか」


 攻防戦が始まるのは―――この美しい月夜が明けてからだ。


(太宰さんが詐欺師で、結婚詐欺師ちゃんがマフィアだったらというIF)

(2016.11.25)
(2016.11.28加筆・修正)
ALICE+