そんな好連携は要りません

 私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。皆様はお酒と云う物は嗜むだろうか。私は勿論無い。何故なら私は十八歳、未成年である。

「…………」
「如何したんだい?早く這入ろう」
「此処、酒場に見えるんですが」
「そうだよ?私の行きつけさ」

 時刻は午後十一時。「連れて行きたい場所が有る」と云われ連れてこられたのが、此処、太宰が良く通っていると云う酒場だ。

「酒場に入り浸っている十八歳、ポートマフィアの変態幹部、全身包帯だらけ、変な性癖……」
「如何したの名前!?急に私の心を抉りに掛かってきたけど!」
「この程度で抉られる心なんて持ってないでしょう」
「そんな事ないよ?」
「…………這入らないんですか」
 涼しい顔の太宰を精一杯睨み付け乍ら促す。太宰は苦笑しながら、私を伴って店内へと這入って行った。



「……へえ……良い雰囲気ですね」
「だろう?んーと……」
 店内は静かな雰囲気が漂っており、中々居心地の良さそうな場所だった。そして何よりも太宰が紹介してきた店が普通の店だった事に少し感動しながら、隣に立つ太宰を見上げる。
 太宰はきょろきょろと店内を見回し、見つけた何かに目を輝かせた。
「嗚呼、居た居た。おーい、織田作、安吾!」
「……?」

 太宰が手を振る方向に目を向けると、赤い髪の青年と、学者風の青年が並んで座っていて、太宰の声に振り向く処だった。一人は片手を上げ、もう一人は軽い会釈で応えた。



「では君が太宰と最近結婚したと云う……」
「してません。これからもしません」
「ああ、済まない。まだ交際期間か」
「違うんです。交際もしていないんです」

 この赤毛の青年は織田作之助と云うらしい。学者風の青年は坂口安吾。前に聞いた織田作とはおそらくこの人の事だろう。

「……太宰君、この方が貴方が云っていた?」
「そうだよ安吾、私の奥さんだよ」
「違うと仰っていますが」
「彼女は恥ずかしがり屋さんだからねえ」
「其処!事実を捏造しないで下さい!!」

 如何やらこの三人の間では、色々と話が広がっているらしい。本当に脳内御花畑だこの幹部は。

「もう新居は購ったのか?或いは何方かの家に住むのか」
「えっと……織田さん?決めていませんそんな物」
「そうなのか。早めに決めておいた方が良いぞ。俺も頼まれて探した事はあるが、中々良いのは直ぐには見つからなくてな。景色の良い処とかな」
「織田さん?問題は其処ではありません。私は景色よりも交通の便を重視します」
「そうか、なら……この辺が薦められる処だな」
「否、だから……ああ、此処知っています。美味しいケーキのお店が有る……あ、そう云えば貴方が太宰治に紹介したんですよね」
「ああ、行ったんだな。土産によく、其処のを購っていくからな。訊かれた時は其処しか思い浮かばなかった」
「美味しかったです。お土産と云うのは?」
「ああ、養っている子供に」
「…………お子さん居るんですか……大変ですねお若いのに……」
「?そうか?太宰は来年にでも作ると」
「太宰治!?一体何吹き込んでるんですか!?」



「何ですかこの空間は……会話が彼方此方に飛んでいるのですが……」
「す、凄いね……名前も偶に天然だからねえ」
「……処で太宰君、結婚は本当の話ですか?」
「何だいその目は。私は嘘は云ってないよ、何も」
「……まあ、貴方がそう云うならそうなのでしょう」

 はあ、と疲れた溜め息が聞こえた。安吾がやれやれと首を振っている。その隣では太宰がニコニコと此方の会話を聞いていた。

「一寸、誤解があるようなので訂正させていただきます。私は其処の莫迦と結婚する気は一切ありません」
「成る程、これが太宰が云っていたマリッジブルーか」
「織田さん?違うんです。私は心底結婚したくないんです」
「名前……流石に其処まで云われると傷つくよう」
「五月蠅いですよ!」
「……ふむ。如何してなんだ?」
 織田作が顎に手を当てて云う。私は思わず「え?」と訊き返した。太宰も彼に目を向ける。

「だから、如何して結婚しないんだ?二人は仲が良さそうに見えるが……」
「何処がですか!?全く仲良くなんて……」
「さっすが織田作!!矢張りそう見えるよね!」
「黙ってて下さい!仲良くないです!私はこの人に付き纏われて迷惑してるんです!」
「ほう。では、太宰の事が嫌いなのか」
 織田作がよく判らないなりに出したらしい結論がそれだった。

「…………え」
 織田作の問いに、暫し固まる。
「だから、太宰の事が嫌いなんじゃないのか?今、付き纏われていると……」
「それは……まあ……勿論……」
「では、それをはっきり云えば良いんじゃないのか」

 淡々と紡がれる言葉に、だんだんと冷静になる自分と、だんだん混乱していく自分がいた。そうだ、はっきり云ってしまえば良い。此奴に。

「…………」
「太宰に向かって、一言『嫌いだ』と云えば良いんじゃないか?」
「………………そう、ですね」

 太宰の方を向く。彼は目を見開いて織田作の方を見ていたが、此方に向き直った。其の侭私を見つめて黙り込む。

「………………」
「………………」

 沈黙が降りた。誰も何も云わない。織田作は「如何したんだ」という表情で私達二人を見て、安吾は嵐を見守る様な眼差しで此方を見ていた。
 何と無く太宰の顔を見ていられず、下を向いた。其の侭ぽつりと話し出す。

「…………………太宰治」
「…………………何だい」
「…………私の性格、知っているでしょう」
「……まあ、知っているよ」
「その……思っている事は、云えるんですよ」
「うん、知ってる」
「でも…………詐欺師としてなら良いんですが。その……自分としては、思って、ない事は、中々、その」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………あの、思ってない事は」
「……云えない?」
「……そう、それです」

 沈黙だらけの会話が、また沈黙のみに変わった。俯いていた私は、恐る恐る顔を上げる。そして太宰の表情を見て、静かに席を立った。

「……………………」
「何ですか。否、違う、気持ち悪い勘違いはやめて下さい。詰り好きかと云われたら違うんですから」
「……………………」
「あの、だからですね、好いていないというか、むしろ仮に好いていたとしても貴方と結婚するのは御免ですし、だからその」
「………………名前」
「だからですね、あの、だから、その、そんな目で見ないで下さい、やめて立たないで」
「………………名前、こっちおいで、ほら」
「いや、だからその、やめて下さいこっち来ないで、いやああああ笑顔で近付いてくるなああああ!!!」



「全く……店内であんなに騒いで……」
 名前の叫びと共に開始された小さな鬼ごっこは、然し店内に人がいない所為か、二人が絶妙に声以外は静かな攻防をする所為か、肩を震わせるマスターは咎めなかった。中々素早い少女は、必死に太宰の追跡を逃れている。
「何か余計な事を云ってしまったか……」
 そんな二人を、申し訳なさそうな表情で見つめる織田作に、安吾が少し笑う。
「織田作さん、賭けても良いですが、貴方、後で太宰君に云われますよ」
「何をだ?」
 安吾が眼鏡を少し押し上げる。そして織田作に、友人の口調を真似て云った。


「『ナイスだよ!織田作!』とね」

(2016.12.04)
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