捻くれ夫婦(仮)のクリスマス

 私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。今日は十二月二十四日―――降誕祭(クリスマス)前日だ。夜とはいえ我らが事務所の面々は、皆で集まりケーキだツリーだと騒いでいる。
 毎年この時期になると恋人たちは張り切りだす。贈呈品を考えたり逢引のコースを考えたり。
 まあ―――今の私には、関係ない事ではあるが。

「嗚呼……何で……何で、今回は上手く行くと思ったのに……」
「そう気を落とさないで名字君……」

 項垂れる私を気遣う様に、上司が声をかけてくる。この職業、本来ならばこの日が稼ぎ時だと云うのに。

「……本当に、私は」
「……そんなに落ち込まないで。ほら、きっと太宰君が―――」
「!!いや、待って下さい所長、その名前呼ばないでくだ―――」

 私が上司を制止すると共に、壊れるかと思う様な音と勢いで事務所の戸が開かれた。其処に立っているのは―――嗚呼、私の上司は召喚でもしてしまったのか、否、実際は私の所為なのだろうが―――全く何時もと変わらぬ、否何時もより数倍明るい笑顔を浮かべる包帯だらけの青年である。

「メリークリスマ〜ス!!名前!!」
「…………全く『陽気(メリー)』ではありません…………」

 げんなりとして応えた。何故。何故此処に居る事が判ったのか。今日は此奴に逢いたくなかった。上司は目を白黒させ、残っていた他の事務員達も驚きに固まり、この前単身乗り込んできた時の再来の様だ。然し太宰は彼等には一切目もくれず此方に歩み寄って来る。

「如何したんだい名前?君の夫が迎えに来たよ!」
「何故此処に居る事が判ったんですか!?それと夫では無いでしょう!!」
「え?だって」

 私の元までやって来た太宰は私の手を取り、にっこりと微笑んだ。後半の言葉は無視された。なんて人だ。

「また失敗したんだろう?結婚詐欺……」
「あああああああああ!!」
「名字君!!落ち着いて!気を確り!」
「と、云う訳で」

 手を引っ張られ、立ち上がる。周りを気にも留めなかった太宰は上司にのみ目を向けた。有無を云わせないと云う意思が見える笑みを浮かべて云い放つ。

「では、私達はこれで」
「……あ、はい」

 まだ呻き声を上げて頭を抱えていた私は、そっと手を振る上司たちに見送られ、其の侭太宰に引きずられ連行されて行くのだった。



「絶対失敗するだろうとは思っていたが……降誕祭直前に振られるとはねえ。然も普通に」
「…………そうです、『他に好きな人が』って理由で……何故知ってるのですか」
「さあねえ?」

 太宰は笑ってはぐらかした。盗聴器でも仕掛けられているのだろうか。それにしてもこれは何処に連れて行かれるのだろう……と思っていたら、事務所を出て直ぐの処でパッと手を放された。太宰が振り返り、何かを示す様に手を上げたので其方を見やり―――固まった。

「さて―――――さあ、乗り給え」
「……………………太宰治、少し待ちなさい」

 其処に有ったのは―――――――――車だった。

 説得に三十分ほど要したが、全く後悔はしていない。



「こういう時はさあ……夫がさあ……格好良く運転してさあ……」
「五月蠅いですグチグチと。そんな事で死ぬなど真っ平御免です」
「聖夜に二人で」
「『死ぬなんて素敵』とか云ったらそのドア開けて突き落としますから」

 太宰の部下が運転する車の中の後部座席で、太宰はまだ文句を垂れ流していた。その癖、隙あらば肩やら腰やらに腕を回されそうになり、その度に身を捩って躱す。

「イルミネーションが綺麗だよ名前」
「見る暇無いんですが」
「え?ひょっとして私に見惚れて……」
「寝言はこの手を引っ込めてから云え!!……処でこれ、何処に向かってるんですか」
「ん?私達の愛の巣だよ」
「降ろして!!降ろしてください何なら道路に放り出しても良いから!!」
「ねえ、もっと速度(スピード)上げてくれないかな?」
「……畏まりました」
「助けてええええ!!」



 結局、着いてしまった――――太宰の自宅。嗚呼、此処に来るのは二度目だ。出来れば二度と来たくはなかった。すると図ったように出てくる人影はおそらく太宰の部下だろう。「お疲れ様」と太宰が声をかけると、一礼し去っていく。

「二人きりだね名前!」
「そうですね、悍ましい事に」

 今までは昼間であり、町中であり、人目も有った。それが、今は夜であり、室内であり、この空間には二人しかいない。
 広めのテーブルの上には、如何にも金持ちですと云う様な―――然し其れにしては簡素な食事が用意されていた。先刻出て行った太宰の部下が用意したのだろう。丁度良く準備された其れは出来上がったばかりの様で、マフィアはホテルの従業員でも雇っているのか?と少し思った。

「本当は、夜景が美しいレストランで、と云うのも考えたんだけど」

 此の男が云うのなら、さぞや高級な処だろう。自分が行っても浮きそうな気しかしない。そう思っていると、太宰が見覚えのある白い箱を持ってきた。あれは―――ケーキの箱だろうか?

「君があんまり美味しそうに食べてたものだから」
「…………!これは……っ!」

 箱の中身を見た私は思わず声を漏らした。それは、何時か行った、あの―――織田作が紹介した―――洋菓子店の物だった。あの時食べていたケーキが這入っている。

「ケーキとか、あまり食べた事無かったんだろう」
「……よく、ご存知で」
「君の事調べたって云ったでしょ。君の家は貧しかったし、その上両親まで……」
「…………ええ」
「……御免、やめよう」
 太宰は私の顔を見て、直ぐに話題を変えた。……何だろう、この人らしくない。

「ワンホールのケーキも有るよ」
「否、食べきれませんよ」

 一体幾つ購って来たんだ……と見るうちに、並べられていた料理の横に色とりどりのケーキが並ぶ。ワンホールの物以外は皆小さめのサイズで、二人で食べる分なら常識的に見えなくも無い……食事した後だと一寸判らないが。不健康な、という面には目を瞑る。

 だって、聖夜なんだから良いだろう、なんて―――私も相当クリスマスの空気に中てられたらしい。

「私からのクリスマスプレゼント、最初の計画よりも随分安くなったけど……ふふ」
「?」
「喜んでくれたようで良かった」

 そう云って笑うその顔に思わず笑い返しそうになって、慌てて目を逸らした。
 正直、高価な物を贈られた処で突っぱねていただろう―――そう云う処を読まれているのだと悟り、少し悔しくなった。早口で云う。

「そ、それはその……まあ感謝はしましょう」
「指輪でも良かったんだけど……特注の、外したら爆発する」
「切実にやめてほしいですね」
「素直じゃないなあ……処で名前」
「?…………はい?」
「名前からのプレゼントは?」
「…………はい?」
「プ・レ・ゼ・ン・ト」

 違う、聞き取れなかったのではない、意味が判らなかっただけだ。太宰は私の様子を見て、ニヤァ、と笑みを浮かべる。

「へえ…………無いんだあ。如何しようかなあ?」

 ニタニタと黒い影が見えそうな笑顔で近付いてくる。私は、何時も後退りしているが逃げられた試しが無い―――あれ、これは拙いのでは。

「な、な、何が『如何しよう』、ですか」
「いやあ?別に?君から云ってくれて良いのだよ名前?」
「何をですか」
「『プレゼントはわ・た・し』って」
「来るな御花畑幹部!!」

 壁際に追い詰められつつ叫ぶ。ああもう、折角人が良い気分に―――否、違う、別に良い気分になってた訳じゃ―――。

「さあて、食事も良いけどねえ……その前に可愛いお嫁さんからプレゼントを貰おうかなあ?」
「冷めるじゃないですか!!ちょ、一寸待って、贈る物なら有ります、有りますから」
「君自身?」
「違う違う違う」

 必死に否定すると、顔に疑問符を浮かべ、太宰は止まった。とは云え近い。腕を組み此方に少し体を傾けてるので、私の顔に彼の影がかかる。とても近い。

 太宰が止まった隙に、深呼吸をした。――――プレゼントが有る、と云うのは咄嗟だったが―――考えていた事は有った。
 『如何した』と云う顔をして未だ止まった侭の太宰を見上げる。決意を新たにし、口を開いた。

「あのですね、……………一回です」
「…………うん?」
「一回だけですから。貴方にはほら、迷惑かけられてばかりですし。お礼を云う様な出来事も有りましたがそもそも貴方が居なかったら良かった事ですし」
「名前がまた非道い事云ってる……」
「…………良いですか。一回です。気まぐれです」

 そう、この人には確かに、貰った物もあった。これが、礼になるかなど、判らない。然し此方は被害者なのだからそのくらいで良いのだと自分に云い訳して―――息を吸い込んだ。



「――――――――――ありがとうございます『治さん』」



 一息に云う。――――云った。もう良いだろう――――顔が凄く熱くて一寸頭が回らない。其の侭ちらりと太宰を見た。

「………………」

 この人のポカンとした表情なんて久しぶりだ――――と思っていたが、その顔が見る見るうちに嬉しそうな―――。

「名前―――――――――!!」
「ひっ!!やめろ!抱き着かないで!!」
「もう一回呼んで名前!『治さん』って!ほら!」
「だからそんな桃色な声音で呼んでませんって…………!!二度と云いません!」

 擦り寄って来る頭を全力で叩く。落ち着かせるまで長い時間を要した。…………嗚呼、疲れた。



 ケーキを頬張っていると、太宰が話し出す。
「まあ、私の『贈り物』はこれだけではないのだけどね」
「はい?」
「…………先刻、『気まぐれ』って云ったね。私もだ」
「……え?」
 意味が判らず訊き返す。太宰はフォークを皿の上に置き、頬杖をついて此方を見つめた。

「この方が効果的だと思ってね?」
「……何がですか?」
「気まぐれだからね?こんなの一回だけだよ」

 私と同じ言葉を繰り返され、然しその意味が全く判らないでいる私に、意味深に微笑んで、「今に判るさ」と云う太宰。この人の考えて居る事など私には見当もつかない。

「ま、其れより乾杯しよう」
「……お酒に見えるけど気の所為ですよね」
「それ以外何に見えるんだい?」
「未成年だって云ってるでしょう!?と云うか貴方もですよね!?」

 そうして夜が更けていき、私は太宰の『気まぐれ』が何かは、その日知る事は出来なかった。まあ、その後襲われそうになったのを躱すので精一杯だった所為も有る。



 ――――私がその意味を知るのは、それから数日経ってからの事である。

(2016.12.26)
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