ごめんね、これが本音なの

(「貴方から贈り物」続き)





 私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。
 だが太宰に付き纏われ始めてからはその立場も危うい。それでも平気な顔をしていられたのは、まだその詐欺師としての居場所を取られてはいなかったからだ。

 取られていないと、思っていたからだ。


「……嘘?」
「『気まぐれ』?本当はしたくない?違うでしょう。これは貴方の思惑では?」

 自意識過剰かとは思ったが、この人は私に執着している……と、思う。そうでないというのならこんな小娘に付き纏っている理由を教えて欲しい。執着だったら執着で、何故なのかはさっぱり判らないが。

「確かに、あそこは私の居場所です―――でも、私が居なくてもあの人たちはやっていける」
「…………」
「それが、経営的にも人員面でも安定すれば―――」

 ――――――私の居場所など、其処には無い。少なくとも、私にとっては。そしてこの人は、私のそんな心情が手に取るように判るだろう。

――――――『この方が効果的だと思ってね』

あの言葉の意味はおそらく、こうした方が私に『効く』と云う事だろう。

「…………」

 太宰は沈黙した侭此方の話を聞いていた。口にはまだ先刻の笑みが残っていて、然し目がまるで、あの時の様な光を灯していて不気味さが増す。
 あの時。初めて逢った日―――此の男がしていた、獲物を見る様な目。

「貴方は……私に、自分から詐欺師を止めさせようとしている」

 優しい処があって、子供の様な性格をしていて、だからこそ毎日逢う内に忘れていた。

「――――――まあ、流石に露骨だったね」


この人は、その思考から血の一滴に至るまで非道だ。
それこそ、その気になれば、私を平気で攫って監禁するであろうという位には。

私の『居場所』なんて知った事では無いと、簡単に壊すくらいはするだろう。


「貴方が無償で其処までするなんて信用出来る訳無いですから」
「おや、それは間違いだよ。君の為なら何だってするさ」
「私の為?…………それこそ間違いでは?ご自分の為、の」
「………………ふっ」
 太宰が顎に手を中て笑い声を漏らした。その口角は吊り上がり、優しさなど微塵も無い。

「厭だな、君の為だよ。私は別に――――――あの事務所自体を失くしたって良かったのだよ?」
「…………っ!」
「潰すなり燃やすなり……嗚呼、事務員を如何にかしても良いねえ」
「そん、な、事……」
「安心し給えよ。云っただろう?そんな事しないって」

 太宰が囁く様に云い、手を伸ばしてくる。思わず一歩下がりそうになったが叶わず、頬に其の手が触れた。白い手が頬の上を滑り、寒気を感じる。顔を振って振り払った。

「……っ、……まだ、あります。貴方、私の詐欺の目標(ターゲット)に何かしましたね」

 降誕祭の前に私を振った男の話だ。あの時ははぐらかされたが今度は誤魔化されたりなどしない。あの時の目標としていた男と逢った後、太宰が直ぐに現れ、そして早くに去って行った。

 この、左手に薬指に包帯が巻かれた日の出来事だ。

 何故太宰が、詐欺が失敗した事を知っているのか疑問だったが、この人の所為だとすれば。

「目標にしていた男と逢った日、貴方は何時もより早く私と別れた……其の時に、何か」
「君にしては冷静さを欠いた推理だ。……まあ、半分正解、半分外れ、かな。あの後私がしたのは部下に指示しただけだし」
「……!」
「本当に騙されやすい男だったね。女性構成員に誘惑させたら直ぐ落ちたよ。君は詐欺師としては中々出来るようだが標的の選び方も上手い………………ふ、ははっ」

 不意に太宰が可笑しそうに嗤う。距離を詰められ、互いの顔が至近に寄った。
「名前―――――可愛い表情(かお)してるねえ」
 平気な顔など出来る訳がない。怒りと恐怖で取り乱しそうだ。

 …………駄目だ。小さく深呼吸をする。落ち着かなくては。此処で冷静さを欠いてはいけない。私が聞きたいのはそれだけではない。

「貴方らしい遣り方ですね」
「私の事を知ってくれたようで嬉しいな」
「巫山戯ないで。次の質問です」
「どうぞ?」
「何故、其処までするんです」

 おや、と太宰が首を傾げる。その仕草にさえ苛立ちが募った。だが、それは自分に余裕がない証拠だ。

「可笑しいな、理由はとっくの昔に云ったのに」
「そんな物聞いてない。結婚の事だったら戯言だと思っています」
「…………成る程。私の事は判ってきても、私の君に対する想いは理解してくれていない、と。こんなに想っているのに」
「真面目に答えて!」
気が付いたら叫んでいた。抑えていた感情が一気に爆発する。

「何で私なんですかっ!其処までして私と居て如何するんですか!?適当な女が欲しいなら周りに幾らでも居るんじゃないんですか、私が居なくたって貴方は……っ」
「…………名前」
「私は貴方の玩具になんてなりたくない!」
「名前」
「私はっ……!」

 太宰の上着を掴む。胸倉を掴み上げる格好になりながら、然し下を向いた。涙が零れていく。そんな自分が情けなくて惨めな気分になる。
 心は沈んでも、頭に上った血は感情を掻き乱していた。



「貴方の人生に付き合うなんて御免ですっ!!」

(2016.12.31)
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