何時かの桜の

「写真、此処に置いておくよ」
「この写真も、此処に置いておきますね」

 ―――――墓参りが終わり、墓地を出る。
 「海の傍に行かないか」と云う太宰の提案で、海まで来た。風が二人の髪を揺らす。
 海を眺めていると、太宰が、黒い外套を脱いだ。其の侭地面へと放る。

「何をしてるんですか?」
「……焼こうと思って」
「……私の異能力を使いましょうか」
「否……これは、私の手でやりたい」

 風に邪魔されない様にしながら、太宰が燐寸で火を付け―――外套に放った。
 目に焼き付ける様に、太宰がその様子を眺める。

 ふと、燃える外套の布片が、風で私の元へ飛んできた。思わずそれを掴む。
 きっと、残らず処分したいだろう。そう思って、能力を使う。

 ―――――花弁が舞った。

「……再会は、何時か……桜が咲く中なら素敵だね」
「桜の樹が、葉で緑色になる時でも素敵ですよ」
「枯れ木になって、白い雪が積もった時でも良い」
「……何時か、また」
「……嗚呼。また何時か……名前」

 ―――――何時かまた、逢いましょう。



 ―――――ポートマフィア幹部、太宰治が行方不明になり、二週間が過ぎた。

 五大幹部会を進言する部下の言葉に否を応え、森鴎外は一枚の紙片を歪な紙飛行機にして飛ばす。
 執務机の上には、多くの書類と共に、一枚の報告書が有った。

 ―――太宰幹部失踪と同日。任務中に構成員一名が失踪。生死は不明。

 鴎外は其れも同じ様に折ると、部屋の隅へと静かに放った。




 ――――――それから、四年後。


 子供の叫びが、孤児院の空気を切り裂いた。

 少年は思わず耳を塞ぐ。図書室に逃げ込んだものの、自分も何時折檻されるか判らない。恐怖に怯えていると―――ふわりと、毛布が少年に掛けられた。
 顔を上げても、其処には誰も居ない。それでも、見知らぬ誰かの優しさに、白い髪の少年は、少し泣きそうになりながら、毛布を握り締めた。



 ―――――率直に云って、其処は地獄だった。
襤褸を纏う子供たち。大人たちから振るわれる暴力。夢で想い描いていたものとは懸け離れた処だった。

 四年前―――太宰が行方を眩ますと同時に、私はポートマフィアを抜けた。任務の最中に居なくなったから、死亡扱いになったかも知れない。今まで参加した事の無い現場の任務に志願したのはそれが狙いでもあったのだが。
 中ても無く、彷徨っていた私が辿り着いたのは、とある孤児院だった。私は其処で、手伝いとして働き始めた。

 図書室で本を整理していると、よく、一人の少年を見かけた。白い髪を歪に切られた少年は、よく此処に来て本を読んでいた。
 院長に厳しく云いつけられていた為、判りやすく目を掛ける事はしなかったが―――何処か放って置けないという安い同情の末、こんな真似をしている。

 毛布を握り締める少年を見詰め乍ら、小さく、小さく呟いた。

「それでも……私に出来る事をする。それで良いんですよね……織田作」



「お前など孤児院にも要らぬ!」
「どこぞで野垂れ死んでしまえ!」

 白髪の少年が追い出されてから暫く経ち、私は旅支度をしていた。あの少年の無事が気になっていた。
 見捨てては、おけない。

「……行くのか……まあ元々拾っただけだ、好きに出て行け」
 辞める旨を伝える私に院長が云い放つ。了承して、礼を云った。立ち去ろうとした時―――後ろから、小さな声が聞こえた。

「……名字。あの子を、頼む」
 私は振り返り、その目を見て、確りと頷いた。

『お前も何時か外の世界に―――』
 残忍な院長。然し、その院長には、何か悲壮な決意の様なものを感じさせる時があった。
『私を憎め』
 その手は子供を殴りながら、然し、その目は決して子供を憎まず。
『決して己を憎むな』
 嗚呼、この人も、不器用なのだと感じた。



 横浜に向かった、と聞いたのは、数日前の事だった。……真逆、こんな形で戻ることになるとは、と思いながら、見覚えのある風景を眺めた。
 この辺を歩いていた筈だと人伝に聞き、川辺まで向かう。辺りを見回してその姿を探した。


 ―――――『名前』


 ―――――呼ばれたのは幻聴だった。然し、声が聞こえた。今も忘れない、忘れる筈も無い、声。


「私の名だよ。太宰―――太宰治だ」


 その瞳が此方を見つける。まるで予期していたかの様な微笑みは、変わっていない。


 ……嗚呼、でも、こんなに。


「見給え少年。美しい桜だ」
「…………桜?桜なんて何処にも……」
「否、私には見えるよ。嗚呼、矢張り――――――」



 ―――――とても、綺麗だ。



 こんなに、優しく笑う人だっただろうか。
 私も、今、笑えているだろうか。


 風が吹く中に、桜の花弁が舞った気がした。


 何時かの桜の 終

(2017.01.09)
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