閑話・とある夫婦の話

(夢主と太宰は最初のみで、あまり出てきません。

オリキャラのお話です。読まなくても大丈夫です)





 某日、とある事務所。此処には結婚詐欺師の名字名前を始め、表舞台に居場所が無くなった者たちが集まっている。今日は皆が外に出払っており、事務所内には所長の男、名前、それに、最近這入って来た女性が残っていた。

 名前が書類を纏めようと立ち上がる。するとそこに女性がすっと近付いた。

「名前さん、此方の仕事はやっておきますから」
「えっ?でも……」
「もうすぐいらっしゃいますよ」

 女性の言葉にびくりと体を震わせる名前。果たしてその時丁度時計の針が九時を指し―――。
 ピリリリリッと名前の携帯が鳴った。

「うわあ……」
「……そんなに厭ですか?太宰幹部が」

 顔を顰める名前に女性が問い掛ける。
 その問いに名前は目を丸くすると、少し考えこんだ。そして首を横に振った。

「別に、あの人自身が厭な訳じゃあないです……ただ」
「ただ?」
「…………此の侭絆されても腹が立つと云うか」

 そういう名前の顔は、まるで拗ねた子供のようだった。

「…………何でしょう。良く判らないです……済みません、可笑しいですよね」
「……いいえ」

 そう云って女性は微笑んだ。

「そんな事ありません……あの、もしよかったら何時でも相談に乗りますので」
「……えっ?でも……良いんですか」
「はい。勿論です。折角、女性同士ですし」

 初めて見る女性の笑顔がとても優しさに溢れていて、提案には思いやりが有った。名前の顔は僅かに輝く。

「なっ、ならぜひお願いしま…………」
「名前――――――――――!」

 名前の返事と共に事務所の戸の外から聞こえる声。電話の着信音は未だ響いている。然も戸をドンドンと叩く音まで聞こえる。

「あっ……ごめんなさい、行って来ます。これお願いします」
「はい。頑張ってください」
「また後でね、名字君」
「行ってきます、所長」

 「ああもう五月蠅いですよ!!借金取りか!!」「えーだって名前出ないんだもん」……バタバタと騒がしい戸の外から僅かにそんな会話が聞こえ、そして静かになった。

「それで、所長、この書類なのですが」
「ああ、はい……」

 此の前までポートマフィアに居た女性は、太宰、つまりは幹部の下で働いていたというだけあって、仕事の出来はとても良かった。経営についても助言をしてくれるので正直所長としてもありがたい……を通り越して居た堪れないくらいだがまあ、其処は目を瞑る。

 そして、何より。

「……それにしても」

 生きていれば、こんな事もあるのか。そう、詐欺師集団の長は思う。

「また君と一緒に居られるなんてね」
「…………」

 女性は感情の無い目を所長に向ける。然しそれは何処か、戸惑っている風に見えなくも無かった。

「……まあ、そうね」

 その女性から出た、今までとは違う口調の言葉。その声は、二十代を思わせる今までの声とさほど変わらず、然しそれよりもずっと歳月を長く生きた者の深みがあった。

「太宰君は君のことを……?」
「……ご存知だったみたいね。尤も、はっきりとした確証はないみたいだけど」
「僕も直ぐには気付かなかった位だもの……流石、変化自在、為れぬものは無いとまで云われた女詐欺師。二十代にしか見えないよ」
「……貴方こそ、よくあの子に気付かせずに此処までやって来たわね」
「はは……へっぽこ詐欺師でも、子を守るためなら何でも出来るさ」


 ―――――――嘗て、とある一組の男女の恋愛があった。

 男は行き場がなくなった者たちを集めた詐欺師集団を率いる三流詐欺師。
 女は一流の結婚詐欺師、かつ、とあるマフィア組織の重鎮の愛人。

 二人は最悪の出逢いを果たした。男の仲間の一人が詐欺の目標に、何も知らずに女を選んだのである。マフィアの愛人に関わって良い結果など得られる訳も無い。その尻拭いの為に、男は単身で女に見逃してくれるよう頼み込んだ。

 最初は追い払っていた女も、体当たり過ぎる男の交渉に疲れて来たのか徐々に応える様になっていき、男も誠心誠意女を説得した。
 真っ直ぐすぎる男の詐欺師らしからぬ振る舞いと人の好さに惹かれていったのは、汚れた世界で生きて来た女には眩しく見えたからであろうか。
 男もまた、妖艶な雰囲気でありながら、純粋な部分も見せる女に恋をするのに時間はかからなかった。

 だがその恋愛は上手くはいかない。女の愛人であったマフィアは二人の密会を知り、当然怒り狂った。二人の逃避行は此処から始まる。

 幾度か顔を変え、名を変え、居を変え。籍は入れず、事実婚だった。儲けた娘に満足な暮らしもさせてやる事も出来ず、此の侭では破滅すると思った二人は有る決意をする―――

 ―――――自分たちが、死者になる事を。追っ手を振り切り、かつ人並みの生活をする為に。そして追っ手から娘を守るために。

「……事務所に引き取るためだったとはいえ、あの子を詐欺師にしてしまったのはね……」
「あの子は自分で選んだんでしょう?」
「ただの事務員でも良いとは云ったんだけどね。母親の負けん気を継いだのかな……」
「あら、如何云う意味かしら」
「ご、ごめんなさい……」
「……貴方がそんなに気が弱いから娘を取られそうになるんです」

 女性が溜め息を吐く。ごめん、と所長は眉を下げて笑った。

「でも、君から連絡を貰った時は驚いたなあ……名字君―――名前が真逆君の上司に気に入られるなんて」
「マフィアの敵はマフィアと思ってポートマフィアに這入ったけど、あの時ほど偶然というものに感謝したことは無いわよ」

 構成員としてポートマフィアに潜り込み、幹部の下で働いていたが―――真逆その幹部が娘に惚れるとは。太宰の策略を知った女性は慌てて夫に連絡し、太宰の正体を知らせた。間に合わなかった様だが。

「でも太宰君、良い子だよね」
「…………何でそんなに呑気なんですか」

 マフィアの幹部を『良い子』扱い。此の男、本当にのんびりとした性格である。尤も惚れてしまった自分も同類か、と女性は内心頭を抱える。

「……まあ、太宰幹部はあの様子だと名前に危害を加える事は……無いとも云いきれないけど……」
「えっ、一寸急に不安になる事云わないでよぅ……」
「でも、こうなった以上見守る事しか出来ないわね」
「そうだね」

 二人は少し困った様に、然し穏やかに微笑みあった。
 名前自身に正体を云う心算は無い。これから先も、此の侭見守り、陰ながら支えるだけ。然し其処には確かに、娘への愛情があった。

「それにしても太宰君、結婚とか……何処まで本気なんだろう……流石に其処は心配だよ」
「……私たちは所詮外から見てるだけだから判らないわね……でも、そう云えば」

 女性が思い出す。此処に送り込まれる前、女性は太宰に訊いたのだ。何故自分が送られるのか、と。その問いに対する太宰の答えは。


『ああ、気にしないで。外堀埋めてるだけだから』


「「…………………………」」


 所長は天井を見上げ、女性は下を向いた。ばれている上に利用されている。何だかんだでこの二人は名字名前の親であり、名前はこの二人の血を継いでいるのだ。蛙の子は蛙である。
 此処までする以上生半可な気持ちではないのだろうとは思うが、それにしたってこれは非道い。


「……あの人が息子になるのかあ……」
「式には出られないのが残念ね。親として、ね」
「胃に穴が開きそうだよぅ……」
「しっかりしてくださいよ。あの子を泣かされたら流石に黙っては見ていられませんから」
「名前なら逆に泣きながら太宰君を殴りそうだなあ」


 早々に諦めた結婚詐欺師の両親。二人は娘と青年の行く末について、暫く―――何処か楽しそうに―――語り合っていた。



 一人で、強く生きているのを知っている。だから必要以上に干渉はしない。でも決して独りにはしない。

 それが自分たちに出来る精一杯の―――。

(2017.01.28)
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