嘘、嘘、嘘、以下略。

 私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。年は十八。詐欺の時は二十と偽って、ばれた事は無い。


 ―――――1人目は、父親が事業で成功した為小遣いだけはたんまり溜め込んでいるぐうたら息子だった。女性経験は皆無で此方も遣り易いと云えば遣り易かった。父親へ抱いているコンプレックスを見抜いて慰めれば直ぐに心を開いてくれた。ただし問題は、開き過ぎたと云う事だろうか。私も親身になり過ぎたのかもしれない。ダラダラと金と時間を浪費していた男は『君のお陰で僕は目が覚めた!』とか何とか云い出し、真面目な一会社員として社会復帰した。女に構っている余裕が無くなった様なのでお別れした。

 ―――――5人目は冴えない会社員だった。今度は最初から真面目な人間だった。貯金もそこそこ。然し彼はかつて夢が有ったようで、何時も街の掲示板に貼ってある劇場のポスターを見ては溜め息を吐いていた。あんまり苛々してしまったので発破をかけたら見事その夢は再熱し、彼は会社を辞めて小さな劇団へと這入った。儲かる気配が無くなったのでお別れした。

 ―――――何人目か判らない男は、親の莫大な資産を食い散らかしながらもそんな自分に厭気がさしていた自殺願望の男だった。実はもう籍を入れていたが―――その結婚はある意味『偽装結婚』と云う奴だった。仕組みは企業秘密だ。後は男が私に全財産を渡すと遺言を残して死んでくれれば良かった。…………本当、何故私は入水を止めてしまったんだろう。偽装がばれない内に今回もお別れした。

 だんだんとお別れまでの期間が短くなっていったのは何故なのか、そんなの私が知りたい。警察によく捕まらない物だとは思うが、私達だって素人ではない。……私を除けば。


 今まで逢った男たちに共通していたのは、全員が何処かにコンプレックスを抱えていると云う事だった。勿論付け入るためにそういう男を見極めて選んでは居るし、上司が見つけてくる目標も然りだ。然し如何もそう云う奴に限って女と云う物を見下したがる様で、先ずは『名字名前は他の女とは違う』と云う事を身に染み込ませてやらねばならなかった。まあ色んな事をした。詳細は控えるが暴力までは行ってないと答えておこう。

 そしてもう一つ共通しているのが、皆、後腐れ無く別れていくと云う事だった。彼等の自立やらを助けた私は詐欺師と疑われる事も無くお別れ。目出度し目出度し。

 ―――――正直に云うと、騙しきれなかった事に喜んでいたのは罪悪感からだけではないのだ。寧ろ騙そうとした罪悪感は後からやって来る物で。私も、彼等の自立が嬉しくなかった訳ではないのだ。


 でも、男と一緒に居ると何時も思っていた事は、『何か違う』、だった。


 私は男たちに如何やら『生きる希望』やら『努力する喜び』やらを教えたらしいのだが、私はそんな心算は一切なかった。
 その内私の方が、男のその様子に気持ち悪さを拭えなくなって撤退する。

 確かに色んな事を云いはした。然し同情と憐みに塗り固められたその言葉に本気だった物など無い。
 我慢できなかった。自分は何も与えていないのに感謝されて、騙そうとしているのに此方が騙されそうな気分になった。


 ひょっとすると、私は自分と男の姿と、両親とを比べていたのかもしれない。

 両親は私にとって理想の夫婦……とは云い難かった。父は完全に尻に敷かれているし母はまるで何処かの令嬢だったのかという程家事全般が苦手だった。実際『自分でやったことは無い』と愚痴っていたから本当に何処かの令嬢だったのかもしれない。
 だが二人は不思議な程強い絆で結ばれていた。喧嘩しても貧乏でも切れる事の無い夫婦の絆は二人が死ぬまで切れる事は無かった。

 勿論二人は本音だけで付き合っていた訳ではない。そんな事は人間には不可能だ。然し、限りなく本音だけの付き合いに近かったと思う。互いが互いを理解して、支え合って生きていた。


 私と今までの男にそんな関係は皆無だった。当たり前なのだ、私は騙そうとして近付いているのだ。然し、一度こびり付いてしまった違和感は拭えなかった。

 『ありがとう』と云われた。『君のお陰だ』と云われた。
 でも、判りやすい程の私の嘘を、見抜いてくれる人はいなかった。




 焦げ臭い匂いで、意識が戻った。

「…………あ」

 またやってしまった。私は考え事をしながら料理をしてはいけないのだ。

「名前ー?矢っ張り手伝……」
「あ、大丈夫ですっ!這入って来ないで!」




「御飯、これくらいで良いんでしたっけ」
「ん。ありがとう」

 食卓に夕飯を運んでいく。太宰が使っている食器は此奴が自分で購って来た物だ。何故一人暮らしの女の部屋に物がもう一人分増えていくのか。邪魔である。然し文句を云うと『では私の家に二人で』云々戯言が返って来るので云えない。

 太宰は嬉しそうに箸を取った。今夜は彼の希望でハンバーグである。冷凍食品の物を購おうとしたら怒られたのは未だ納得していない。

 二人でお決まりの挨拶をして食べ始めると、私はあまり喋らないが太宰はよく話しかけてくる。何時もの光景だ。五月蠅いと私が怒鳴るまでがセットである。

 然し偶に太宰が静かな時がある。例えば今だ。ハンバーグの一欠けらを口に運んだ格好の侭此方をじっと見ている。咥え箸だ、行儀が悪い。

「…………名前」
「……?何ですか?」
「如何したの」


 どきりとした心の震えが、表に出て居ない事を祈った。


「如何もしません。……少し疲れただけです」
「そう?なら良いけど」

 此方が誤魔化した事を判っている顔だ。然し、太宰は其れ以上追及しては来なかった。

 …………こういう時にそういう部分を見せられるから揺らいでしまうのに、と心の中で溜め息を吐いた。

「処で、名前」
「はい」
「台所、這入って良いかい?」

 駄目、と云う前に太宰が立ち上がり、スタスタと台所に這入ろうとする。
 私は箸を食卓に叩きつけ、ばっと両手を広げて太宰の前に立ち塞がった。ぎりぎりで太宰が止まる。

「……なあに?別に何も変なことしないけど?」
「否その、片付いてませんし」
「構わないよ」
「駄目です。座ってて下さい、何やればいいんですか?御飯足りませんでした?手拭きですか?おかずですか?」
「んー、おかずかな」

 にっこりと笑い、太宰は此方を向いた侭親指で後ろの食卓を示した。

「あれ、君が作った物じゃないでしょ」
「………………」

 一瞬、沈黙が場を支配した。其の侭私を退けようとする太宰を必死で押し留める。

「待って、待って下さい何の根拠でそんな」
「焦げる匂いがしてたけどあれそんなに焦げてないし、そもそも食べれば市販の物だって判るものだよ」
「す、捨てました!」
「君が?二人分もの食材を使ったのに捨てる?在り得ないね」
「良いじゃないですか不味い物食べるより!」

 太宰が右に行けば右に、左に行けば左に、と抵抗していると、太宰が動きを止め、腕を組んで目を細めた。

「名前、そんなんじゃあ料理上達しないよ」
「い、良いですよ……何なら上達してから振る舞いますから」
「名前……良いかい、君の料理は私に食べさせないと上手くならないのだよ」
「何だその謎の理論は!?意味が判りませんっ!午前中に聞いた『君が助手席に居ないと私の運転の腕が落ちる』位意味が判りません!」



 云い合っていると、先刻悩んでいた事が何か忘れてしまいそうだ。勿論、忘れる事など出来はしないけれど。
 もう少し。もう少し自分の中で。そうすれば、その悩みは形になるだろう。そうしたらきっと相談も出来る。

 …………相談。誰に?真逆―――――――此奴に?

 ……否、変な事を考えてしまった。悩みすぎて疲れているんだろう。取り敢えず、今のこの状況を何とかしなくては。



 因みに、今日の攻防の決着は三分で着いた。

「………………名前。大人しく出さないとこれから私の料理を……」
「冷蔵庫にあるので今温めます」

(2017.02.23)
ALICE+