敵の敵は味方……とも限りません

(『却説、新しい出会いの季節ですが』続き)





 私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。久々に仕事だと思ったら自分の身に降りかかった災厄でしたなんて笑えない話だが在り得ない話ではない。況してやマフィアなどと云うとんでもない組織の人間と関わっているともなれば。

 そして疑問に思う。マフィアの人間と云うのは、皆好奇心が旺盛なのだろうか。

 なるべく後ろを意識しない様に歩く。途中から少し歩く足を速めた。然し如何してもぴったり付いて来る気配は消えず、溜め息を吐いて歩調を戻した。

「…………何故来るのですか中原中也」

 あれから『私は事務所に戻るので』と中原を追い出し、仕事場へ戻るべく歩を進めていた。が、何故か当然の様にこのマフィアは後ろにくっ付いて来たのである。
 振り返った私が目を細めて睨むと、中原は「まァそう云うなッて」と笑った。

「折角仲良くなったんだからよ。友人が何やってるか位知りたいじゃねえか」
「私と貴方が何時友人になったのですか?」
「俺が『仲良くしようぜ』って云った時」
「私の意思は!?」

 思わず立ち止まって喚いてしまった。何なのだポートマフィアの連中は。皆が皆こんな自己中心的ではないと思いたいが、それにしては私は運が悪すぎやしないだろうか。

「気が合うと思うんだがなあ」
「貴方とですか?冗談は身長だけにして下さいよ」
「お、手前足が長くて不便じゃねえか?折って丁度良くしてやるよ」
「同じ目線を共有できる素晴らしい背丈ですね。太宰治にも見習わせたいです」
「だろ?」

 因みに此処まで二人とも始終笑顔だった。偶に青筋が立ったり冷や汗が流れたりはしたが。

「気が合うってのは、太宰の事だよ」
「…………太宰治?」
 しまった。訊き返してしまった。折角今まで流していたのに。中原が我が意を得たりと云わんばかりの表情をする。

「訊く処によると手前、太宰に振り回されてんだろ?」
「…………はは……は、そう見えるんならそうなんでしょうね」
 渇いた笑いを漏らすと、カツン、と目の前で音がした。見ると何時の間にか中原が距離を詰めてきている。

「ここいらで意趣返しといかねえか」
「……意趣返し?何をするんです?」
「なあに、簡単だ」

 帽子を取り、胸に掲げお辞儀を一つ。流れる様に黒手袋の手に自らの手を取られた。

「今日はあんな男を忘れて、俺と逢引しませんか?お嬢さん」




「うわあ…………」
「?如何かしましたか、所長」
「…………名字君、大丈夫だったみたいだけど、『また変な人に捕まりました』って……」
「メール……?名前さんからですか。……ああ、そうですか……」
「?」
「全く……『双黒』のお二人はこれだから……」




「手前、飾り物とか付けねえのか?」
「興味ないです」
「購ってやろうか?耳飾りなんか似合うと思うぜ」
「要りません」
「まあそう云うなよ」

 横浜には色々な店が有る。よく太宰と行く喫茶店の近くには服屋やアクセサリー店や化粧品店なども点在している。
 先刻から私はこのチビマフィア、もとい中原に連れ回され、そう云った店に出たり這入ったりを繰り返していた。購入はしていない。所謂ウィンドウショッピングと云う奴だ。

「ほら、矢っ張り合うじゃねえか」
「…………そうですかね」

 それぞれの店で何をされているかと云えば、中原が知り合いの店員らしい人物に話しかけ、店員が私に合うと思ったらしき物を持って来て、身に付けて、戻す。偶に中原が選ぶ。其れを幾らか繰り返して次の店へ。

 何気に値段が張りそうな品物ばかりが置いてある店で、『興味ありません』という表情を取り繕っていた私は内心少し青褪めていた。中原は常連らしいし、あの、この間から思っていたんだけどマフィアって金銭感覚が狂っているのですか。

「だが石はもう少し小振りの方が良いな……」
「ではお持ちいたします」
「ああ、頼む」

 今だってアクセサリーが並ぶ店で、私は鏡の前の椅子に座らされている。私の耳には引っ掛ける型の耳飾りが掛けられている。真剣な中原の呟きとそれに応える店員の声が聞こえた。楽しそうで何よりですね。
嗚呼、中原の表情が何か今はっきりと判った。アレだ、人形の着せ替えして遊ぶ子どもの顔。女子か?

「何だよ仏頂面だな、矢っ張り欲しくなったか」
「違う事は判ってて云ってますよね」

 ちらりと中原の様子を伺う。今まで黙って付き合ってきたが、此処ではっきりさせても良いだろう。

「そう云う処太宰治にそっくりですよ」
「…………オイ」
 上機嫌だった表情が一変した。矢張り予感は当たって居た様だ。
「…………誰が、誰に似てるって?」

 はあ、と息を吐く。何を考えているか判らない太宰とは違い、此方は少し判りやすい。

「貴方、太宰治の事を心底嫌っているんですね」
「…………」
「今日のこの逢引だって、私の為と云うより、ご自分が太宰治に意趣返しをしたいだけでしょう?」

 考えてみれば当然だ。何の関係も無いのにあんな提案をするとは考え難い。それに加え、言葉の端々から浮かぶ太宰への嫌悪。
 云ってみれば、この人から太宰への、嫌がらせなのだ。

「……でも、無駄だと思いますよ」
「ほう、何故そう思う?」
「あの人は私が結婚詐欺を続けることを了承した」
「へえ。でも」
 中原がニヤリと笑って云った。

「そりゃあ仕事上の話だろ?」
「…………」
「個人的に男と逢うのは如何なんだろうな。それに、手前もそう思ったからこそ提案に乗ったんじゃねえの?」

 目を閉じて、静かに下を向いた。小さく両手を上げて見せる。
 『お手上げ』だ。

「参りました。そうですよ。あの人には何時も振り回されてますからね……これくらい赦されるかな、と」
「話が判るじゃねえか。それに……」
「……それに?」

 しゃらり、と、中原に指が耳と耳飾りに触れる気配がした。

「案外楽しいだろ?」

 言葉に詰まる。

 確かに、目新しい物が沢山見れた事は良い体験だった。それに、誰かとこうしてお喋りし乍ら購い物なんてしたことも無い。
 抑も同年代の人間と接する事自体が今までに無い事だった。二人や三人で連れだって笑い合い乍ら、今日の私達の様に店を見て回っている年頃の女性たちを見かけて、羨ましいと思った事も有った。

 ―――――『友人』、か。

「……まあ、悪くなかったです」
「だろ?」

 正直に云えば、少し、少しだけ、楽しかった。



「中原中也、訊きたい事が有るんですが」
「何だよ」
「私の事はポートマフィア内でどれ程広まっているのですか?」

 あれからまた街の散策を再開して、洋服屋の店頭に飾られた黄色いワンピースを眺めていた時、ふと思い出して訪ねた。

 中原は私の事を知っていたし、そう云えば太宰本人から聞いたらしき事を云っていた。あの男の事だから情報をほいほい流す様な真似をしては居ないと信じたいが。

「ああ……別に広まっている訳じゃねえ。知っているのは俺と姐さん、後彼奴に近い数人の部下ってとこだな」
「そう云えば何人かお世話になりました」

 追いかけられたり運転の為に来てもらったり。善い思い出だな……。太宰は絶対許さない。

「俺は彼奴と仕事で組まされることが多くてな……彼奴が最近仕事を終わらせるのが早いわ毎日の様にどっか行くわで、彼奴の部下が泣きついて来たんだ」
「え、若しかして仕事を放って……」
「『太宰さんが仕事をしています!真面目に!自殺もせず!はっきり云って恐ろしいです!』」
「…………………………」

 否、それも如何なんだ。とは云えちゃんと仕事はしているのか。良かった……良かった?のか?

「何と云うかな……以前からあの野郎は仕事だけは熟していた。だがあの自殺癖だ。あの莫迦に煮え湯を飲まされた部下は少なくねえだろうよ。更に敵味方関係無え嫌がらせが芸術の域に達しているというオマケ付きだ」
「本当に嫌いなんですね貴方」
「莫ァ迦、客観的な意見だよ」

 中原が思い出したくも無いと云う風に舌打ちをする。
 だがその声音は不機嫌に為る事は無く、逆に愉しそうな声が降って来た。

「……見せてやろうか」

 驚き、顔を横に向ける。声音と同じく、心底愉快そうな表情で中原が云った。

「今太宰は任務に出てる。ポートマフィアの管轄内で勝手な取引した連中が居てな。有ろう事がウチも不利益を被った。その報復と云う名の殲滅って訳だ」
「マフィアって本当怖いですね」
「詐欺師だって似た様なモンだろ」
「適当に物喋らないで貰えます?」
「安全圏なら把握してる。何より俺も居るしな。彼奴のマフィアとしての姿、見てみるか?」

 ―――――頷く理由なんて無かった様に思う。中原と共に居ようと危険な事に変わりはないのだ。では何故、私は中原の提案に頷いたのか。

 単純に、私が彼について知らない事が多いのが、不公平だと思ってしまったのかもしれない。




 嗚呼、退屈だ。退屈だ。

 欠伸が出る程簡単な人殺し。向かってくるのは其処等辺の小動物の方が強いのではと思わせる敵。相手の動きは悲しくなる程予想通り。後数分もしなくとも片が付くだろう。

 嗚呼、詰まらない。詰まらない。

 部下たちが銃を撃ち続ける音が、間近で響いている筈なのに、何処か遠くに聞こえる。あの銃弾はきっと自分を何処かへ連れて行ってくれることは無い。自分の部下たちは其処に関しては割かし優秀だ。

 では敵は?敵の目の前に行けばさぞかし滑稽なくらい此方を狙ってくれるだろう。そして自分を打ち抜く前に部下たちによって一掃されるのだろう。

 嗚呼、苛立つ。苛立つ。

 こんなに憤りを感じたのは初めてかも知れない。初めてあの蛞蝓と組まされた時もこんなに心がささくれ立った事は無かった。
 織田作と安吾は此処暫く逢っていない。抑も約束して有った事など無い。何時もの酒場に行けば、また逢えるかもしれない、それだけの予感で会いに行く。
 だから、行かなかった。何と無く逢えない気がしていたから。そう云う予感だけは何故か中るから行かなかった。

 でも、そんな時でも構わず、何時でも逢いに行けば其処に居る存在がある。拒まれはしないと判っているだけで少しだけ満たされる。だからこんな処早く放り出してしまいたい。待っていてくれると判っていても。


 何時の間にか銃声は止んでいた。其れを確認し、携帯電話を取り出す。ちらりとある一点を見上げると、もう何度も何度も掛けた番号を呼び出した。

 数コールで、相手が出る。


「やあ名前。そんなに堂々と浮気姿を見せつけないで欲しいなあ?」




 ―――――それは一方的な殺人だった。
 一糸乱れぬ銃撃は確実に人間を打ち抜いて行く。血潮は綺麗な赤の華を咲かせた。素人から見ても、相手は手練れなのだろうと判る動きをしている。然し黒服の男たちはそんな事は知らぬとばかりに次々と、黙々と人を殺して行った。

 ―――――あんな顔、知らない。

 吐きそうになる。隣を見ると中原は平気そうだ。横目で此方の様子を伺ってくるその目は静かに語り掛けてくる。これが現実だと。あれがあの人のやって居る事だと。

 ―――――あんな、今にも消えてしまいそうな表情、知らない。

 目に這入る光景はまだ脳で処理できた。あまりにも現実から、私の知っている現実からかけ離れていたから、かえって。然し匂いは風に乗って来た。良く知っている鉄錆の匂いは、然しこんなに咽る程のものだろうか。

 ―――――何で、そんな顔をするの。貴方の世界でしょう、此処は。

 嗚呼、こんなに残酷な光景が普通の日常なら、確かに死にたくなりそうだ。

 それでも其処から動けなかったのは、そうした瞬間に、彼が消えてしまうかもしれないと思ったからかも知れなかった。

「…………電話」
「えっ?」
「鳴ってるぞ」

 銃声が止んで、彼等は残党の処理に移ったらしかった。中原に云われて漸く鳴り響く電子音に気付いた私は、同時に彼が此方を見上げているのに気が付いた。

「え、待って、此処結構離れてますよね」
「だから電話してきたンだろ。出てやれよ」

 否そう云う事では無いのだが。取り敢えず出て、スピーカーに切り替えた。

『やあ名前。そんなに堂々と浮気姿を見せつけないで欲しいなあ?』
「え、否浮気って」
「よォ放浪者(バカボンド)」
『……名前ー?君と話す為に掛けたんだけどー?』
「愛しの嫁さんに愛想尽かされた気分は如何だ?」
『莫迦云わないでくれる?どうせ君が連れ出したんでしょ。後さあ……盗聴器壊したの君だね、中也?』

 ………………は?

「盗聴器!?」
「発信機は壊さなかっただろうがよ。感謝してもらいてえくらいだな」
『それも態とだろう?本当に陰湿な厭がらせ考えるよね。だから蛞蝓から成長しないんだよ』
「はっし、はっしん……!?」

 キレた中原が何か云い返しているが聞こえてこない。思わずそんなに少なくない荷物を漁った。
 財布と少々の化粧品以外は殆ど入れ替える事は無い。太宰に最後に逢ってから変わってないのは此処くらいしか―――――有った。

 小さな小さな機械が埋まる様に鞄の奥に仕舞われていた。

「嘘でしょ…………!?」

 呻き声が洩れる。頭を文字通り抱えてその場に蹲った。然し隣に居る存在と電話を思い出して顔を上げる。
 見ると、中原は目を少し見開いて此方を見ていた。

「手前、本当に先刻までの奴と同じ奴か?」
「如何いう意味ですか!?」
「急に子供っぽくなったな……」
「子供!?」

 云い返そうとした其の時、電話から、聞き逃してしまいそうな程小さな声が響いて来た。

『名前』
「は……はい」
『…………今日、楽しかった?』


 咄嗟に応えられなかった。それは相手に十分、その問いの答えを伝えたらしい。

『……中也、ほんと一回死んで』
「は、ざまァねえな青鯖野郎が!」
「あ、あの……」
「まあ精々お仕事してくれよ幹部殿。じゃあな」
「あっ」
 手を伸ばして私の携帯に触れ、中原は勝手に通話を終わらせた。「行くぞ」と云って立ち上がる。

「え、何処へ?」
「何時までも此処に居られねえだろ。酒場にでも行くか」
「未成年!!今昼間!!」
「知るかよ。酒場の方が彼奴も迎えに来易いだろ」

 更に云い募ろうとしたものの、投げ掛けられた言葉に思わず閉口する。…………『迎え』。

「……来るよ」
 私の心を読んだかのように、中原が云った。
「あの様子じゃあ心配しなくともすぐ来る。逢引の最後に厭がらせの成功を祝おうぜ」
「……そうですね」
 溜め息と共に言葉を吐き出した。


「まあ、こんな方法は二度と御免ですけどね」

(2017.04.20)
リクエスト企画2016.12 藤乃宮様リクエスト「ウワサの太宰の嫁(になる予定)の主人公と中也が逢引という名の仕返しをする話」
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