(『敵の敵は味方……とも限りません』続き)
私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。紅葉や部下たちから私の事を聞いて興味を持ったらしい太宰の同僚、詰まりポートマフィアの一人、中原と出逢って大凡数時間。
そう云えば太宰の『マフィアとしての顔』を見るのは初めてで、考えることは無くとも何か胸に来るものはあって、隠れていた場所から出る時私は黙り込んでいた。
そんな私を見て何を思ったか、中原が何処となく居心地が悪そうな顔をしていた。彼は悪くないのに。寧ろ知るのは必然だっただろう。中原もそれは承知しているのか、謝りはしてこなかった。
そんなこんなで、隠れていた屋根の上の隙間から出る。其処まで来て、私たちが如何やって此処まで来たかを思い出し、沈んでいた心が少し浮いた。
「さあ、さあ地上に戻りましょう!」
「行き成り元気に戻んなよ手前。そんなに楽しかったのか……」
「だって、異能力者なんて初めて見たんですよ。またひゅーんってやってくださいひゅーんって」
「餓鬼かよ……と……『初めて』だァ?」
「?」
中原が驚いたように見つめてくる。何が引っ掛かったのか判らず、私は戸惑った。やがて先に視線を逸らしたのは彼の方だった。
「まあ、見た目じゃあ判ンねえもんな……」
まるで私が異能力者にあった事があるかの様な云い方だ。
其処で思い出した。
ポートマフィアは異能力者の集団だ。その組織の幹部が異能力者ではない可能性の方が低いだろう。
「じゃあ、太宰治も……?」
「おう」
「あ、あの人は何の、」
「ンな事ァ自分で訊け」
ぴしゃりと云われてしまったが事実その通りなので大人しく引き下がった。
そう云えば、と思った。何も無いのに自分からあの人の事を訊いたのは、これが初めてではないだろうか、と。
「お酒、飲むんですか?」
「まあ、今日は飲まねえよ」
街に戻ってきてから、彼の馴染みの酒場らしき処に這入る。私は未成年として断固飲酒へ拒否を示そうと決意していたのだが、如何やら目的は違うらしい。では矢張りあの人が迎えに来易いからか。なんだか、通信の様子を見るに仲が険悪なのは間違いないと思ったのだが、予想と違う行動をされて若干戸惑ってしまう。
「一寸、良いですか」
「…………太宰の事なら話す事はねえぞ」
「……………………」
「……………………ああ!判ったよ!!何だ何が訊きてえんだ!!」
良い人だ。太宰よりよっぽど良い人じゃあなかろうか。
「ええと、じゃあ、…………嫌いなもの」
「ほんッとに餓鬼かよ手前は!」
「す、好きなものは知ってますから」
「そういう問題じゃねえ!…………彼奴が怯むモンなんかあンのか……」
「知らないから訊いているというのに」
「…………そういや、『話が通じないから難敵だ』って云ってた時があったな」
「何です?」
「犬」
「…………犬」
「犬」
口がよく回る太宰を思い出した。犬には確かに得意の口八丁も通じまい。でもそれは動物全般に云えることではないのか。
まあ他の理由があるとして、そんなに大したことでは無い気がする。犬が苦手な人間も居るものだ。
犬か猫かで云えば犬が好きだ。ふさふさした尻尾が可愛らしいと思う。矢張り大した理由ではない。
「犬を差し向けたらどんな顔しますかね」
「別に平気なんじゃねえの。ただ絶対触りはしねえだろうな」
「成る程」
「……俺も一つ良いか」
「?はい、どうぞ」
「手前、太宰の何処に惚れたんだ?」
「お待たせいたしました〜」と店員が頼んだ飲み物を持ってきた。店員が私が頼んだ方を手に持つと、中原が私を示す。二人分のコップが置かれて、「ごゆっくりどうぞ〜」と店員が去っていった。
手に取って一口飲む。喉が渇いていたのに気が付いた。
「…………矢張り犬の方が可愛いですよね」
「なあ、何処に惚れたんだ」
「知りません」
「一度誤魔化した割にはあっさり応えたなオイ。知らないって?」
「判らないんですよ。別に何処どこが好きになったとかそういうんじゃありませんから。それにこの関係は形に為らない方がいい」
思っていたより、自分の口から冷たい声が聞こえた。
「……何だそりゃあ」
「私たちは一歩離れているから一緒に居られるんですよ。形にしない方がいい。どうせ傍から居なくなるんだから」
拒絶はしないと云ったし、離れないとも決めた。
でも近付こうとしたら怖くなって。結局受け入れようにも受け入れられない侭。
また、飲み物を一口含んだ。今度は中原もコップを手に取った。彼はこれまでに無いほど眉間に皺を寄せていた。
「俺の知ってる太宰って奴はな」
「はい」
「欲しいモンは自分から取りには行かねえ。策を練って獲物が自分から罠に掛かるのを待つ」
「…………最初の頃、偽の情報を流されて私はまんまとあの人の下に行きました。その後、追われていたにも関わらず事務所に行こうとして、結局捕まった」
「そうだろうな。だから、俺は最初手前の噂を聞いた時、彼奴にしちゃあ珍しいと思った。態々自分からせっせと逢いに行ってよ」
最初はそう思っていた、とあの人も似た様な事を云っていた気がする。こんな莫迦莫迦しい遊戯など直ぐに終わるものだった。その筈だった。
中原が嗤う。莫迦にしたように、というより、哀れんでいるような顔だ。
「莫迦だよなあ。まだ待ってるんだぜ。手前から飛び込んでくるのを」
「…………」
「自分から踏み込んで行くのが怖えんだろうよ」
「……あの人、可也踏み込んできますけど。土足で。遠慮なく」
「だが最初とは感触が違ぇだろ?手前が必死に守ってるその距離を無理矢理埋めるなんざ彼奴には簡単だろうにな。
踏み込み過ぎて逃げられるのが怖え癖に、ゆっくり少しずつ距離を埋めるなんて彼奴には難しくておっかなびっくりって訳だ」
はああ、と中原が目を閉じて大きく息を吐いた。
「あーあ、結局唯真面な色恋も知らねえ奴らが間誤付いてるだけじゃあねえか。くっだらねえ」
その口調は確かに呆れてはいたが、嫌悪感を抱く物では無く、寧ろすっぱりと云い切られて小気味よくさえあった。ただ、少しだけ引っ掛かった。
「……私は兎も角、あの人は恋愛を知らないなんて事は……」
「あァ?彼奴がきちんと段階踏むようなオツキアイなんかした事あると思ってンのか」
「……無さそうです」
「だろ。まあやり方を知らねえ訳じゃねえとは思うが、出来るかは別だよな」
『泣かせた』女が多いと聞いているし。そういう意味では彼も普通の恋愛なんて知らないに等しいのか。
「それにしても何で手前だったんだろうな」
「『結婚詐欺師?面白そうだなあ。良い玩具になりそう!』」
「そっくりな口調で云うンじゃねえよ」
真似してみると意外とイケるものだ。其れに呆れた口調でそう返した中原は、机に肘を突いて此方の顔をしげしげと眺めた。
「……確かに彼奴が好みそうな顔はしてるがな……それだけじゃあな」
「……そう云えば、『一目惚れ』されたらしいですが」
「彼奴と最初に逢った時ってどんな感じだったんだ?」
「え……薬飲まされて……誘拐未遂……」
「俺が悪かッた。忘れてくれ」
ああ、否、違う。そう云えばもっと前に見かけたんだったと思い出す。
如何やら太宰も覚えていた様だったし、お互いを認識した最初の出逢いとしては其処だろうか。
「そう云えば、その前に彼を一回見かけているんですよ。向こうも此方を見たらしいです」
「ほう」
「あの人は川で入水しようとしていて」
「何時も通りだな」
「私は……あの人じゃないんですけど、入水しようとしていた人を助けました。あの人は其れを見ていたと思います」
中原は僅かに目を見開いた。が、また元のしかめっ面に戻り、首を横に傾ける。小さく「それじゃねえの」と呟いた。
「多分、一番大きなきっかけは其れじゃあねえかな。彼奴の心情なンざ知りたくもねえが」
「…………あれが?」
『ごめんね?名前。泣かないで』
『泣いてません』
『……そうだね。ごめんね』
彼自身を助けた時、あの人は何て云っていた?
―――――『君なら助けてくれるって思ったのだよ』
「……あの野郎が自殺愛好家なのは知ってるよな」
「凄い単語ですよね。知ってます」
「だがな、死なねえんだよ。彼奴。死なねえんだよ、何故だろうな。死ぬなんて莫迦でも出来るだろ?」
「……何が云いたいんですか。あの人が、本当は死にたくないって思ってるってことですか?」
「否、本人は本気で死にてえって思ってるだろうよ。だがな、結局死ねずにいるのも、矢張り彼奴自身が原因なンだよ」
中原がコップをやや乱暴に取り、中身を何口か呑んだ。その間私の視線は、木彫りの机に作られた水滴に固定されて、動かなかった。何も喋れなかった。
「なァ、名前。彼奴が死のうとしたら、止めてやれ」
不意に、脈絡が有る様な無い様な言葉が掛けられた。
「俺たちは無理だ。俺なんかは彼奴は死ねば良いって思ってるからな。寧ろ殺してやりてえ」
その目を見た。光が無いその目は真実を語っている。この人は嘘を云っていない。青い色が其処には有るのに、真っ黒だと錯覚した。
嗚呼、あの人も、先刻こんな顔をしていた。
「名前、彼奴が死のうとしたら泣いてやれ、泣き喚け。罵詈雑言を吐いてやれ。そんでぶん殴れ。骨位なら折っていい」
「駄目だと思います」
「大丈夫だそんくらい。五月蠅いと思われるくらいが丁度良いのさ。彼奴の恋人だか愛人だか伴侶になるかは知らねえけどな、彼奴の近くに居るンなら、そう云う存在に為ってやってくれよ」
「…………」
返事が出来たか如何かは覚えていない。ただ、曖昧に頷いた事は憶えている。
私は目の前のコップを掴み、中身を飲み干した。
中原に視線を戻すと、彼は何かに気付いた様に横目で店内を見た。そしてふっと笑うと、親指で自身の後方、店の入り口を示す。
「ほら、お迎えだ」
私も其方を見た。彼も私達を見ていた。
近付いて来るその姿を、数日振りに見た気がした。
「…………やあ、名前」
「……」
「非道ェ面だな青鯖」
「私と名前の二人の空間に蛞蝓風情が割って這入らないでくれる?」
「どっちかってえと手前が這入って来た側だろうが!?……ったく。じゃあな名前。また逢おうぜ」
「え、あ、はい」
最後の遣り取りで、中原が『非道ェ面』と評した太宰の顔が更に歪んだ。彼は中原の方を向いて吐き捨てる様に云う。
「あのさあ中也……名前を名前で呼び捨てにしてるけど如何云う心算?」
「は?」
「何を云い出すのか」と云わんばかりの中原の態度に、太宰が云い募ろうとしたのか口を開いた瞬間、中原がさらりと応えた。
「だってよ、此奴『太宰名前』だろ?名字で呼んだら紛らわしいじゃねえか」
「あ、あ、あ……え……そういう……」
「…………中也、君は最高の相棒だよ」
「何だ急に気持ち悪ィ」
心の準備もくそったれも無かったので私は大いに動揺した。太宰は先刻から一変、無駄にキラキラした笑顔で中原の帽子をべしべしと叩いた。高そうな帽子が今にもへこみそうだ。
「さあ太宰名前!帰ろう我が家へ!こんな帽子掛けはほっといて!」
「誰が太宰名前ですか!」
「誰が帽子掛けだ!」
「ほらほら早く早く」
「えっ、否、お代」
手を引っ張られながら何とか財布を出そうとすると、中原がひらりと手を振り「要らねえよ」と云った。
それに何かを返す間も無く、引っ張られていた手が離される。
太宰が、何時の間にか出していた札を中原の目の前に放り投げる様に置いた。苦虫を噛み潰した様な顔で中原が太宰を見上げる。
「行くよ、名前」
「え、あ、あの、またご一緒に!」
「おう」
再び強く手が引かれて、今度こそ二人で店を出る。
その直前に振り返ったが、見えたのは背中だけで、中原はもう此方を見ようとはしていなかった。
「…………莫迦じゃねえの」
一人で呟く声は酒場の喧騒に薄れる。何度云ったか判らないその言葉は心からの物だった。
「包帯なんぞ巻きやがって、指輪の心算か、鎖の心算か」
丁寧に巻かれた其れを思い出し、顔を顰める。怪我ではない事は直ぐに判った。
「なァ名前、何度も大事そうに触れてたぜ、無意識だろ?」
ちらりと振り返るが、其処にはもう二人は居ない。
「手でも繋いでりゃあ良いんだよ。離れたくねえんなら。ンな事も判んねえのな」
誰かに聞かせる心算もない言葉を吐いて、其の侭、断ち切る様に放り投げられた札を取り上げた。
―――――取り敢えず、あの二人の祝言には安い酒でも持って行ってやろうか。
『安い』の辺りを意味もなく強調し、然し新しく出来た『友人』の顔を思い浮かべ、矢張り見栄を張って良い酒にするかと思い直す青年を、ふらふらと喧騒に揺れる豆電球が照らしていた。
(2017.04.20)
リクエスト企画2016.12 鈴都様リクエスト「主人公と中也さんでほのぼの太宰さんについてのトーク」