一応祝ってはあげますから

※太宰治誕生日お祝い小説。時系列少し改変ですが本編にはあまり関係ないので薄い目でご覧ください。





 私の名前は名字名前。しがない結婚詐欺師だ。

 六月十九日という日は少なくとも私にとっては何も無い日だ。そういえば祝日が無い月の半ばは世間にとっては苦痛かもしれないが、生憎事務所に休みというものは無いので他の月とほぼ変わりは無い。正確に云えば不定期なのだ。不都合な場合は休める上に何なら私のような『目標でもない男と逢引なので休みます』と巫山戯た理由(まあ相手が相手なので事務所の存続に関わる話ではあったが)を云っても休みが取れる。もっとも罪悪感が先に来て自分の仕事は今まで以上に確りと行う様になったが。逆に云えば此処までホワイトな職場も無いのではないか。

 却説、先月半ば過ぎからこの月の半ば過ぎまでの期間生まれた人物が、所謂『双子座』と呼ばれる事も知ってはいる。
 とあるブランドでは十二の星座をモチーフにした可愛らしい服を売り出しており、中でも双子座は二色の布を上手く組み合わせたワンピースであり、企画者は良い趣味をしていると思った物だった。確かに。

 然し其れは第三者の目線だった。それが今、私の目の前に大きな問題として立ちはだかっている。物理的に、だ。


 私の家にて、太宰が喜々として紙袋から取り出したのは、そのワンピースだった。


「………………貴方の趣味は否定しませんよ。ええ。顔も綺麗だし似合うのではないですか」
「私が着る訳ないじゃないか」
「…………では何方かに差し上げるのですか」
「流石名前。察しが良いなー」

 ニッコニコと笑う太宰を殴りたくてしょうがない。相当目つきが悪くなっているだろうなと自覚しながら睨み付ける。その『差し上げる相手』が此処に居ないのなら出す必要もないのだ。詰まりそういうことだ。知っていた。

 まあ、可愛い。可愛いのは否定しない。
 問題は、布面積が異様に小さい事だ。

「というかそれ、サイズ態と小さいのを購って来たんですね!?」
「名前には這入る。私には判る」
「這入りはしても少し大きめの下着の様になるだけじゃないですかっ!?そんなもの着て歩くなんて御免ですよっ!!」
「厭だなあ、そんな事させる訳無いじゃないか。私の前でだけ着てくれれば良いから」
「益々厭ですよっ!この変態が!!」

 今まで追い詰められてばかりだが今回は違う。何せこれを着せるためには服を脱がせなければならない。そしておそらくだが、下着も脱がないと着られない。

 つまり圧倒的に此方が有利だと云う訳だ。…………有利な筈だ。有利だ。うん。
 すると相手の表情が変わった。楽しげなものから、少し悲しそうなものへ。

「あのね」
「…………はい」
「今日って何の日か知っているかい」
「……知りませんが」
「私にとって今日という日はあまり喜ばしい日ではないのだよね。此処までノコノコ生きてしまったという証明なのだから」
「そうですか。然し私に関係はない」

 そう云い放つと更に物凄く悲しそうな顔をされた。態とらしいのにかえって罪悪感が湧きそうになり本当に質が悪い。

「君にこれを着て貰えば」
「其れ以上云わないで下さい、展開が読めて吐き気がします」
「これ可愛いだろう?着てみたくないのかい」
「そうですね!!サイズがぴったりでしたら喜んで!!」
「そっかあ……仕方ないね……」

 おお。今日の彼はやけに消極的だ(何時もの彼と比べてだが)。これは莫迦らしい遊戯から逃れられるかもしれない。

「これ高かったのになあ……」

 ………………否、待って。

「…………貴方、金銭は可也持っているでしょう!!」
「君の為に奮発したのになあ」
「い、否頼んでませんし」
「そっかあ。名前がこれ着てくれないなら他の女性にあげるしか…………」
「………………」

 反論が喉の奥へ消えていった。犠牲者がこれ以上増えるのはとてもではないが不本意だ。

「…………着て?」

 太宰が子供の様に笑った。私は心の中でこの淫乱野郎を罵りながら手を伸ばした。



「…………………………」


 先ず裾の長さは太腿の半ばまでだった。肩紐は短くて肩に掛からず二の腕にずり落ちている。下着は息苦しいが何とか着用していた。肩が寒い。胸の辺りで斜めに二色の布が重なり、その境界線が裾まで続いている。小さな小さなリボンが胸の辺りの谷間が有るであろう処に結ばれ、僅かにウェーブが掛かっているスカート部分の上、腰付近にも一つだけ付いていた。可愛い。確かに可愛い。服が。服は可愛い。

「可愛い……!」
「そうですね。服は可愛いですね」
「名前もう一寸上向いて!その手退けて!」
「絶対に厭です」
「脚を交差させて一寸斜め向いてみて」
「は?……こうです?」
「それで前屈みに」
「?」
「ああ〜名前小さいから良く見え……」
「もう黙ってろ!!」

 くそったれが。スカートを返せ。下に履こうとしたら取られてしまった侭なのだ。目をキラキラさせている太宰の方に向き直り、ふと彼がしゃがみ込んでいる事に気付く。

 ―――――はっとした私は裾を思いっきり下へ引っ張った。

「何処覗いてるんですか!?莫迦ですか!?」
「覗かない!覗かないから!一寸、このアングルで撮影をしようと」
「同じ事だから!!何痴漢みたいになってるんですか!…………あと何ですかその機械」
「え?カメラだけど?」
 平然と云う太宰だが、彼がその手に持っているのは大分古い型のものだった。

「フィルム式だよ」
「…………はあ」
「これでデータを間違って消してしまう可能性も誰かに盗まれる危険性も減る!!」
「貴方の頭を鈍器で殴って凡ての記憶を消去しますよ!?」

 喚いているが正直余裕は全くない。何故ならこの家自体狭いのだ、この変態野郎と距離はそんなに離れていない。先刻から思ったより太宰が落ち着いているのでそれが救いになっている。

 視線だけで周りを見渡す。するとすぐ近くに、丁度良く身を隠す物が有った。

「…………これお借りします」
「え?あっ」

 返事を待たず身に纏い、しゃがみ込む。黒い外套は長くて、すっぽりと体を覆ってくれた。取り敢えず半永久的に画像に残すのは防げた。ほうっと息を吐く。

 そして太宰の方を見た。
 彼は片手で顔を覆っていた。心なしか薄っすら赤くなっている気がするが気の所為か。

「名前…………」
「……急に如何したんですか」
「それ無意識なの……ああそう……もう……」
「は?」
「いや一寸待って首一寸傾げるの止めて……あと着るならちゃんと着てそれ」
「え」
「座った所為で先刻より……否もう何でも無い……」

 顔を覆って居る様でしっかり見ている様だ。何なのだ一体。自分の格好を見てみたが、明らかに先刻より露出は少ない。確かに座った所為で中途半端に肌が見えてしまっているが如何ともない範囲だ。

「大丈夫ですか?」

 少し彼(の頭)が心配になり、ずりずりと外套を引き摺り乍ら近付いて顔を覗く。彼は数秒固まった侭だったが、やがてゆっくりと手を下げた。
 そして肩をがしっと掴まれる。

「名前、あのね、君に今危機感が全く無いのは信用されているんじゃなくてただの無意識なんだろうけど」
「はあ」
「理性が飛ぶから取り敢えず上目遣いやめよう?」
「理性どころか知性すら危うい生き物が何を」
「そうだね今知性まで飛びそうだから私は頑張っているよ。嘗てない程真剣だよ。初めてだよこんなに手を出してはいけない事態に遭遇するの」
「嘗てない程訳が判らない事云ってますが」
「判らなくていいんだよ!今の君の攻撃力が高いだけ!」

 如何したのだ本当に。熱でもあるんじゃなかろうか。というかこの格好させたのは此奴では……。温泉の時より遥かにマシな状況ではないか。

「そういえば」
「うん話題転換は大事だね!何だい!」
「今日は一体」

 先刻はちゃんと聞いていなかった、と改めて訊いてみる。すると太宰はさらりと応えた。

「ああ。何の事はないよ、私がこの世に生み出された日ってだけさ」

 その言葉に盛大に顔を顰める自分が居た。

「…………はあ?」
「嗚呼、遣ってられないと思わないかい?こうしてまた一年が過ぎてしまったのだ……もう名前の撮影会でもしないと」
「自分のその間抜け面でも撮っていなさい御花畑」

 軽い口調で話しながら、その癖本心を云っているであろう太宰に苛立ちを感じる。さっと立ち上がると先刻まで着ていた自分の服を手に取った。

「……何故もっと早く云わなかったんですか」
「あ、もう着替えるの?待ってもう少し」
「良いから黙っていて。一寸出かけてきます」
「へ?」

 ぽかんとする太宰を置いてけぼりにして、私はさっさとワンピースを脱ぎにかかった。そしてじっと見ている男に気が付いて外套を投げつけた。



「ただいま戻りました!」
「はーい、お帰り……って、何その箱」

 急ぎ足できた所為で少し息が上がっている。出来れば走りたかった位なのだが、手に持っている物を考えると其れは出来なかった。

「どうぞ」
「?……開けるね?」

 卓袱台の上に乗せた箱を指し促す。太宰は訝しみながらも其れを開けた。

「…………これ」
「一寸奮発したんですよ。貴方から見れば安物でしょうが」

 実際安物だろう。普段行きはしないその洋菓子店は、平均よりやや高めの様々なケーキが並んでいた。普通の良く見るケーキ用の箱ではなく、これまた綺麗な箱に詰め紙袋に入れられ、一寸した買い物でもした気分になった。

「甘い物嫌いでしたっけ、控えめの物選んだのですが」
「…………」
「酒も少し這入っています。美味しいと思いますよ」
「…………」
「あそこのケーキ、自分で買ったの初めてです。以前一回だけ事務所に差し入れられて」
「…………」
「…………あの」
「…………」
「あの、……………………おめでとうございます」

 黙った侭の太宰に不安になり小さい声で云う。ケーキを選んだのは間違いだったか。蟹等が好物と云う事だったし。とはいえこれ以外の誕生日を私は知らない。決して自分が食べたかったからではない。否、それもあるのだけれど、何と云うか。

「何で?」
「は」
「何故」
「何故って」

 もう此処にはいない人たちが、『おめでとう』と云ってくれて、それだけでも嬉しかったのをよく覚えているから。
 小さな小さなケーキが美味しくて、それは私にとってお祝いの味だったのだ。

「誕生日でしょう」
「…………うん」
「おめでとうございます。『生まれてきてくれてありがとう』なんて云いませんけれど、貴方が居なければ良かったとも思いませんので」

 一寸冷たい云い方になってしまった。然し私と彼の関係を考えればこれくらいが丁度良いだろう。
 ―――――と。

「あ、私の分も、っ!?」
 云い掛けた言葉が驚きに消える。胸の中へと勢いよく飛び込んできた黒い塊は其の侭ぐりぐりと頭を擦りつけてきた。心臓に響いて思わず唸る。痛い。

「一寸…………」
「…………少しだけ」

 黒い塊からくぐもった声が聞こえる。包帯が覗く頭だけが見えて、私にはその表情は判らなかった。

「少しだけ、此の侭」

 その言葉だけもう一度聞こえて、引き剥がす気も失せた私は力を抜いた。その代りポンポンと背中を叩いてやる。私よりは広い背中が何故か、子供の様に見えて。



 結局、ケーキではなく米が食べたくなる時間まで、私達はずっと其の侭だった。

(2017.06.19)
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